第434話 心配



蜘蛛の魔物が見えた瞬間、俺は駆け出し一気に魔物に接敵する。


「よりにもよって蜘蛛かぁ......。」


ボスが蜘蛛だから他の魔物も蜘蛛が多いのだろうけど......それにしても俺が戦う相手の蜘蛛率、高すぎませんかね?

皆は蜂とかトカゲとかと戦っているのだけど......俺は九割蜘蛛、残り一割がムカデである。

このダンジョンは俺の心を削りに来ていると思う。

俺は走り込んだ勢いのままに蜘蛛に槍を突き出したが、狙いが甘かったようで避けられてしまった。

俺は槍を地面に刺してナイフを伸ばして構える。

この三日間蜘蛛とばかり戦ってきてなんとなく慣れてきた気が......しないな。

どうしても嫌悪感が拭いきれないけど......やるしかない。

俺は大きく息を吸い込み、意を決して踏み込む。

飛ばされた糸を躱しつつ前進を続け相手の懐......には潜り込みたくないので手前で足を止めて斬りかかる。

蜘蛛は前足を伸ばしてきたが、俺は気にせずナイフを振りぬく。

抵抗は感じたけど、前足を斬り飛ばすことに成功した俺は、続けてナイフで蜘蛛の顔を斬り上げる。

しかし、足を斬り飛ばしたことで痛みを感じたのか、身をよじった蜘蛛に追撃は避けられてしまった。

蜘蛛って痛覚とかあるのかなと、どうでもいい思考が頭を過ったが今はそれどころではない。

動きが不自然にならない様に、身体強化や思考加速の為の強化魔法を緩めにしているから対応が遅れるな。


「しまっ!?」


蜘蛛の魔物と戦っている俺に、背後から悲鳴のような叫びが聞こえてくる。

聞き覚えの無い声だから、恐らくボスを囲んでいる誰かだと思うけど......流石に魔物を前によそ見をするわけにはいかない。

はやる気持ちを抑える様に俺は息を吐き、蜘蛛の足をもう一本斬り飛ばす。


「あっぶなー!」


って今度の声はリィリさん!?

一体何が......!?




View of リィリ


レギにぃが警戒している所に魔物が現れた。

普段のレギにぃだったらすぐにあのくらいの魔物を退治出来ると思うけど、今回は強化魔法も魔道具も控えめだからね、少し時間がかかるはず。

素早く魔物に近づいたレギにぃは、愛用の斧を使って相手を牽制しながら戦い始める。

まぁ、強化魔法が控えめであってもレギにぃが後れを取る様な事はまずありえないし、心配はないけど......流石に数が増えると突破されるかもしれないな。

そう考えているとケイ君がレギにぃの方に近づいていくのが見えた。

どうやら持ち場の警戒はクルスト君に任せて、レギにぃの方を補うようだね。

ケイ君に任せておけば問題ないだろうし、私は自分の持ち場を警戒しながらボスの方に視線を向けた。

私の持ち場はボスの後方なので正面で戦っているギルド長の姿は見えないけど、一人でずっと正面を抑えているみたいで凄いね。

流石に強化魔法が無かったらレギにぃでも無理だと思うけど......ボスの動きを見る限り完璧に抑え込んでいるみたい。

苦し紛れなのか、さっきからボスが糸を吐き出しているみたいだけど、流石に前方には飛ばすことが出来ないみたいで効果はなさそうだ。

ボスの出した糸は背後にある大木や地面にまき散らされているだけで、今の所誰かが身体に受けたりはしていない。

まだ誰も怪我らしい怪我はしていないみたいだけど......体力は削られているし油断は出来ないと思う。

交代で休んでいる人達もかなり疲労しているみたいだし......蜘蛛は足の数が多いし、正面を受け持っているギルド長以外の人も気は抜けないと相手だと思う。

そんな風に考えながら見ていると、蜘蛛の足を避けた冒険者が横に跳んだ。

ってそっちは駄目だよ!?

その冒険者が避けた先にあったのは蜘蛛の糸。

地面に撒かれた糸は縫い留める程ではないにしても、相手の動きを阻害する。

戦闘中にその一瞬の隙は致命的な隙になりかねない!

私はその冒険者が着地する前に駆け出した。

自分の出した糸に獲物が掛かったのが分かるかどうかは知らないけど、一瞬でも糸に足を取られた所に攻撃を受けたらただでは済まない。

私達は他の魔物の抑えとしてボスとの戦いに参加しているけど、万が一の時の補助要員でもある。

割り込んでも問題はないよね!


「しまっ!?」


着地した冒険者が驚きの声をあげる。

両足ともしっかりと蜘蛛の糸を踏んでしまったようで、次の動きをしようとした瞬間に体勢を崩してしまった!

私は身体能力を抑えるのをやめて思いっきり地面を蹴る。

体勢を崩している冒険者を串刺しにするように蜘蛛がゆっくりと足を振り上げていく。

両足を取られ、四つん這いになった冒険者がその足を見上げる様に顔を上げる。


「......ぁ。」


かすれた様な小さな声が私の耳に届く......間に合えー!

全力で飛び込んだおかげで蜘蛛が足を振り下ろす直前に冒険者の所に辿り着いた。

冒険者の襟をつかんで後ろに引っ張ろうとしたら、思ってたよりも糸の抵抗が強くて一瞬動きが止まってしまった。

次の瞬間蜘蛛が足を突き刺す様に振り下ろしてきて......私は冒険者の体を抱える様にして体を捻った。

大きな野菜を引っこ抜くように冒険者を投げ出すと、間髪入れずに蜘蛛の足が私の体を掠める様に地面につきたてられた!


「あっぶなー!」


首筋を掠るように通り過ぎた攻撃に思わず声が出る。

私は地面に撒かれた蜘蛛の糸を踏まない様に一気に飛び退ると、先程投げ飛ばした冒険者を助け起こす。


「大丈夫?」


「す、すまん。助かった!」


「そのまま戦闘に戻るのは危なそうだね。一回下がって糸の処理をした方が良いと思うよ?」


四つん這いになった時に手にも糸が付いてしまっているし、靴の方もかなりべっとりと糸が付いている。

このまま戦いに戻れば動きを阻害されて先程みたいなことになりかねない。


「そう、だな......。」


ちらりと休憩している子達の方を見た後、私の言葉に同意する冒険者。

先程まで戦っていた子達はまだ休憩が必要そうだね。


「後方の警戒しながら糸の処理をしてもらっていいかな?処理が終わるまでは私がボスを攻撃しておくから。」


今ボスを横から攻撃しているのはこの冒険者を含めて三人、この人が抜けてしまうと流石にマルコスさんでも支えきれないかもしれないしね。


「すまん。すぐに戻るからそれまで頼む!」


「りょーかい!」


私は後ろに下がった冒険者の代わりにボスの側面に立ち、剣を振るう。

救援はしっかり出来たのでここからは全力を出す必要はない。

相手の動きを抑える程度にしておかないと、後でレギにぃに怒られちゃうよね。

私がちらりとレギにぃの方を見ると、ケイ君と並んでこちらを見ているのが見えた。

さっき私が声を上げたからだろうか?

少しこちらを心配しているようにも見えるけど......大丈夫だよ?

流石に他の人も見ているし、ボスと戦っている最中に手を振ったりは出来ないけど......そんなに心配しなくても怪我したりはしないよ?

そう思ってレギにぃの方をもう一度ちらりと見ると目が合った。

うーん、変わらずとても気遣わしげというか......こっちはレギにぃの方を見る余裕があるんだけどな?

......あれ?

なんか今、ピンときたんだけど......。

レギにぃのあの視線って......私を心配している......正確には、私がやり過ぎないか心配しているんじゃない?

い、いや、そんなことないよね?

レギにぃは私が怪我しないか心配しているんだよね?

私は一縷の望みに賭けてもう一度、蜘蛛の足を弾き飛ばしながらレギにぃの方をちらっと見てみる。

先程よりも少し眉を顰めるような感じでこちらを見返してくるレギにぃ。

......。

......やっぱりだ。

レギにぃは私がやり過ぎないかどうかが心配なだけだ!

......おかしくない?

相手はダンジョンのボスでこんなでっかい蜘蛛だよ!?

普通、いたいけな少女を心配する場面......いや、寧ろ私を助けに駆け付ける場面じゃない!?

なんでケイ君と二人でのんびり雑談しながら観戦してるの!?

私は振り下ろされた蜘蛛の足を斬り飛ばしながらもう一度レギにぃの方を見ようとして......。


「す、すまん。待たせた!交代......する、ぜ?」


糸の処理を終えた冒険者が声を掛けてきたので場所を交代した。

......あ。

苛立ち紛れに足一本斬り飛ばしちゃった。


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