第420話 戦慄のリィリ
「あーーーーーーーーーー!やっぱり!やっぱりだ!失敗したーーーーーー!」
「お、おい。何叫んでるんだ!場所を考えろ!」
俺とナレアさんが宿の食堂で夕食をとっていると、入り口の方から叫び声が聞こえた。
聞き覚えのある声だと思いそちらの方に顔を向けると、何故か頭を抱えたリィリさんとそれを咎めるようにしているレギさんの姿が見えた。
俺達以外にも食事をとっている客はいたので、何事だろうとリィリさん達の方に注目したが、すぐに興味を失い自分達の会話に戻っていく。
注目された二人は、若干気まずそうにしながらカウンターで宿を借りる手続きを行っている。
「レギさん達、予想よりちょっと早かったですね。」
「そうじゃな。シャルの予想では明日ではなかったかの?」
『グルフが頑張ったようですね。彼も成長しているということでしょうが......少し驚きました。』
シャルから聞いていた到着予定は、恐らく今日の街門が閉まった後、合流出来るのは明日の朝だろうって感じだったけど、シャルの予想を上回るって......グルフは中々頑張ったみたいだな。
凄く疲れているかもしれないし、明日にでもグルフを労いに行こう。
「それにしても、リィリは何を叫んでおるのじゃ?」
「さぁ?何かあったのだとは思いますが......あの様子だとすぐこちらに来るでしょうし......。」
俺とナレアさんが話していると受付が終わったのか、レギさん達がこちらに近づいてくる。
「よぉ、またせ......。」
「ナレアちゃん!」
レギさんが俺達に向かって片手を上げて何かを言おうとしたのだが、遮るようにリィリさんが前に出て来てナレアさんに詰め寄る。
「な、なんじゃ......。」
若干身を引きながらナレアさんが応じるけど......意に介さずにぐいぐいと詰め寄り、ナレアさんの手を取るリィリさん。
「こっち!こっちで話を聞かせて!」
そしてそのまま別のテーブルにナレアさんを連れて行く。
一度連れて行った後、こちらのテーブルに乗っていたナレアさんの食事を取りに戻ってきたのは実にリィリさんらしい......。
まぁ、満席と言う訳でもないし、多分お店も文句は言わないだろう......。
「えっと......レギさん、お疲れ様です。」
「お、おう。遅くなっちまったな。」
リィリさんの様子に呆気を盗られた形になったが、俺はレギさんに挨拶をする。
「いえ、僕達の予想では明日合流すると思っていましたから。」
「グルフがいつもより速くてな。少し驚いたぜ。」
「あぁ、やっぱりグルフが頑張ってくれたのですね。明日労いに行ってきます。」
「そうしてやってくれ。後、ファラの奴が街に着いてすぐ別行動するっていって出て行ったぜ。まぁ、後で一度報告には来るって言っていたが。」
「分かりました、ありがとうございます。レギさんも食事はまだですよね?」
「おう、最近魚が多かったから別のもんが良いな......。」
レギさんが店員さんを呼んで、注文するのを待ってから話を始める。
「あれ以降は魔物の襲撃はなかったが、そっちはどうだった?」
「こちらも魔物は一度も遭遇しませんでした。王都のギルドで話を聞いた感じ、そう言った事件は起きていないみたいです。」
「なるほどな。偶発的と考えるには襲撃の規模が大きすぎたが......今の所、他に怪しい点はなしか。」
「一応ファラに調べて貰いたいことは出来ましたが......まぁ、それは後でですね。」
「その方が良いだろうな。ナレアの伝手には連絡できたのか?」
ナレアさんの伝手と聞いて、俺は夕闇に聳え立つお城に目を向けてしまう。
「......えぇ。約束も無しにいきなり突撃して色々と説明していましたよ。」
「この国のお偉いさんだろ?良くそんな強引に話を持って行けたな?」
「......えぇ......本当に。」
お偉いさんと言うかトップでしたよ。
俺がナレアさんの方を見ると、レギさんも釣られて二人が喋っているテーブルの方に目を向ける。
「そう言えば......リィリさんは何を叫んでいたのですか?」
「いや、それがさっぱりだ。宿について、お前たちの事を見つけたと思った次の瞬間騒ぎだしてな......。」
「まぁ、一回、大声上げちゃっただけですけどね。」
「クルストに説教したばかりだってのによ......。」
レギさんが憮然とした表情で言う。
まぁ、クルストさんの場合は......なんか駄々っ子みたいになっていたからな。
あれに比べたら、リィリさんの大声くらいどうという事はない気もする。
「そう言えば、クルストさんは船で分かれたのですか?」
「あぁ、あいつはのんびり船で王都に向かってくるってよ。まぁ、一緒に行くって言われたら困る所だったがな。」
「あはは、すみません。色々と誤魔化してもらって。」
「気にするな。急ぐに越したことは無かったからな。」
レギさんが手を払う様に振る。
「ところで、もう二人はギルドに行ったんだよな?」
「えぇ......先ほどの魔物の話はギルド長から直接聞いた物です。」
「ギルド長と会ったのか?」
「えぇ、ナレアさんの昔馴染みだったようで。」
「あぁ、あいつは魔道国出身の上級冒険者だったな。知り合いなのも当然か。」
レギさんは納得したように頷いているけど......どちらかと言うと先代魔王の時の知り合いって感じだよね......。
なんとなく......リィリさんはナレアさんの素性は知っていた気がするけど......レギさんには教えないといけないよね?
まぁ、俺から言うのはあれだけど......後で誰かの部屋に集まって話をする必要もあるし、その時かな?
幻惑魔法で音を消したりできるとは言え、個室で話す方が落ち着くしね。
ナレアさんの事もそうだけど......俺達の二人の事もちゃんと報告する必要がある。
後、ついでに檻の話もね。
「この街のギルドに行くのは久しぶりだな。」
「そういえば、以前仕事で王都に来たことあるのでしたっけ?その頃と比べて街の様子はどうですか?」
「そうだな......前に来た時よりも街の外の、整備された街道が長くなっているな。街並みには流石に数年じゃ大して変わってない様に思うが......なんか、偶に馬の牽いてない箱が走っているのを見かけるようになったな。」
「あぁ、あれは魔道馬車って言うらしいですよ。以前来た時は見なかったのですね。」
この世界には重機なんかないし、街並みが数年でガラッと変わったりはしないのだろう。
特に魔道国は元々発展しまくっていたみたいだし。
「あぁ、以前は一度も見かけなかったと思う。なんか......箱だけ走っているのは気持ち悪いな。」
顔を顰めながら言うレギさんがおかしかったので少し笑ってしまったが......自動車を知らなかったら確かに気味が悪いかもね。
「あはは、僕も初めて見た時は驚きましたよ。まぁ、レギさんが物凄い場所だって予め教えてくれていたので受け入れやすかったですけど。」
「そりゃよかった。ケイはちょっと特殊な事情があるから違うかもしれないが、初めてこの国の王都に来た人間は、暫く呆気にとられることは不思議じゃないからな。」
「まぁ......それはそうでしょうね。魔道具が街の至る所に配置されていて、日が暮れてからでも道が明るい。しかもその道は隅々まで舗装されていて、道幅も広い。馬車道と歩道がきちんと分かれているのも他の国では見なかったですね。」
交差点に信号までは無かったけど、交通に関するルールが作られているのを感じる。
他の国では、馬車が人を轢いたりすることって結構あるみたいだしな......。
「道が安全なのはいいが、リィリは屋台が少ないって不満を漏らしていたな。」
「あぁ、そう言えばそうですね。」
道路と歩道が明確に分かれているので屋台を出そうにも歩道を占拠してしまう形になる。
そんなもの邪魔以外の何物でもないだろうし、許可も下りないだろう......。
リィリさんとしては、食べ歩きをしながら情報を集めることが出来る貴重な機会を損失しているって感じだろうね。
俺とレギさんは、これでもかと言うくらい真剣な雰囲気で話をしているナレアさん達の方を見る。
......まぁ、何の話をしているかは......流石に想像がつくけど......後が大変そうだなぁ。
でもリィリさんはどうやって気付いたのだろうか?
俺はリィリさんの洞察力について考えて......少しだけ、ほんの少しだけ戦慄した。
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