第416話 頂点
「ナレア殿ぉ、お久しぶりですねぇ。それでぇ、今日はどのような研究成果をもってきていただけたのでぇ?」
なんとなく間延びした喋り方というか......鬱陶しい感じの喋り方をしているこの人はヘッケラン所長。
魔術研究所の最高責任者......らしい。
何と言うか......大きい人だ......主に横幅が。
それと頭の方が......少々散らかっている。
いや、具体的にどうとは言わないけど......レギさんのような整頓された感じではない。
......それはさておき。
ナレアさんと二人で魔術研究所まで来たのだが、受付でナレアさんが顔を見せただけですぐにこの部屋に通された。
閉じ込められたと言ってもいい勢いではあったが。
そして殆ど待つ事無く飛び込んできた彼......自己紹介はしてもらっていない......予めナレアさんからヘッケラン所長の名前を聞いていたのだが......俺達が部屋に入って五分もせずにヘッケラン所長が現れ、第一声がこれである。
「相変わらずじゃな、ヘッケラン。とりあえず座るのじゃ。お主がおかしいのは理解しておるが、せめて初対面の相手には挨拶くらいせい。」
「おやおやぁ、それは失礼しましたぁ。そちらの方はぁ、もしや、助手......いや、下男さんですかぁ?」
下男って......後、何で助手を否定したんだ......?
いや、どちらでもないけどさ。
俺がそう思っていると、ナレアさんが徐に目の前にあったテーブルにかかと落としを入れる。
何か、昨日も見たな......これ。
「ふひっ!?」
「おい、ヘッケラン。随分な物言いをするのう。まぁ、お主が配慮や機微といった言葉から縁遠い人間とは理解しておるのじゃ。しかし、じゃ、許せる言葉と許せぬ言葉がある。」
「......。」
ヘッケラン所長は顔面を蒼白にしながら、神妙な面持ちでナレアさんの言葉を聞いている。
ナレアさんは過去にどんなことをしてきたのだろうか......。
「大抵のことは気にせぬ。じゃが、妾の連れてきた人間を軽んじる発言は許さぬ。二度目は無いのじゃ。」
「......。」
ガクガクと震えるようにヘッケラン所長が頷く。
出会って数秒でこの二人のパワーバランスが分かったな......。
まぁ、ナレアさんより上位の人って会ったことないけど......。
何せ、他国で崇められている存在に対して、その国の人......しかも巫女の目の前で対等と言った感じでやり取りしている人だからな......。
「次の言葉には細心の注意を払うのじゃ。下手なことを言えば妾は二度とここには来ぬ。」
「......。」
......脅しの内容はここに来ないだけなのか。
いや、部屋に飛び込んできた時の様子から、ヘッケラン所長にはそれだけでも物凄い罰になるのかもしれないけど......。
大きく深呼吸をしたヘッケラン所長は意を決したように声を出す。
「......は、初めましてぇ。当魔術研究所の所長をやっておりますぅ、ヘッケラン=アルアセスと申しますぅ。ヘッケランと呼んで下さぃ。魔術研究所の所長ですぅ。」
俺の胸元辺りを見ながらヘッケラン所長が自己紹介をしてくれる。
所長って二回言ったのは、大事だからじゃなくって......緊張からっぽい。
かなりガチガチに力が入っている様子が見て取れる。
先程までと変わらず間延びした口調ではあるけど......汗が凄いことになっているな。
「初めまして、ヘッケラン所長。私はケイ=セレウスと申します。ケイとお呼びください。」
俺が挨拶を返しても硬直しっぱなしのヘッケラン所長。
しかし、目が泳ぎ始めている......この後どうしたらいいか分からなくて狼狽えている感じだろうか......?
「......ヘッケラン。」
「は、はひ!」
「......それで終わりかの?」
ナレアさんが底冷えするような声で問いかける。
正直横で聞いている俺も怖いです。
「......。」
当然、当事者であるヘッケラン所長はどんどん挙動不審になっていく。
先程まではクロールあたりで泳いでいた目が、今ではバタフライの如き躍動感で泳いでいる。
「......えっと、ヘッケラン所長。一応言っておきますが、僕はナレアさんの助手でも下男でもありませんよ?」
俺がそう言うと、横に座るナレアさんから軽く睨まれる。
ま、まぁ......話も進まないし勘弁してもらえませんかね?
それに僕は気にしていませんから......。
そんなことを考えながら苦笑すると、ナレアさんが小さくため息をついた。
「......あ、し、失礼しましたぁ!申し訳ありませんでしたぁ!」
そう言ってなんか首だけで頭を下げるヘッケラン所長。
うん、まぁ......なんとなく分かっていたけど、色々とコミュニケーションに問題のありそうなかただね。
ナレアさんは最初になんで怒ったかを説明したはずなのに......その原因をすっかり忘れていたようだ。
ナレアさんが今度は大きくため息をつくと口を開く。
「まぁ、分かったと思うが、こういう奴じゃ。すまなかったの、ケイ。」
「いえ、お二人ともお気になさらないでください。僕は気にしていませんから。」
そもそも下男ってシステムがよく分からないからな......小間使いとかそんな感じだっけ?
ナレアさんがそこまで怒るような感じでもない気がするけど......まぁいいよね?
「ぷ、ぷふぅ......。」
俺の言葉を聞いて安堵のため息を吐くヘッケラン所長。
ナレアさんはその様子を見て若干眉を顰めたけど......俺が気にしていないと言ったからこれ以上は何も言わない様だ。
そんなナレアさんの様子を窺いながらおずおずとヘッケラン所長が話始める。
「そ、それでぇ、今日は一体どんなご用件でぇ?あ、いや!分かっていますよぉ?ナレア殿がここにきたということはぁ、新しい魔術を開発されたのですよねぇ?」
「......お主と話しておると無性に帰りたくなるのう。」
なんだかナレアさんが物凄く嫌そうにしている。
ナレアさんが人と相対していて、そういう様子を見せるのは珍しい気がするな。
「ふひっ、そんなこと言わないで下さいよぅ。我々魔道研究所の人間は、ナレア殿の開発した数々の魔術を心酔しているのですからぁ。」
......ナレアさんを心酔しているわけじゃないのか......。
いや、この人の様子を見る限りナレアさんの事も心酔していそうだけど......怖がっている部分もあるだろうか?
ナレアさんは面倒くさそうに手を振ると懐からブローチの様な魔道具を取り出し、テーブルの上に置く。
ヘッケラン所長は身を乗り出し、テーブルの向こう側からマジマジとそれを見ている。
「......確認させてもらってもいいですかぁ?」
魔道具から目を逸らさずにナレアさんに許可を求めてくる。
「好きにせい。」
ナレアさんが答えるとほぼ同時に手を伸ばしたヘッケラン所長は、首に下げていたルーペのような物を使いながら、ブローチの中心に嵌め込まれている魔晶石をじっと見つめ始めた。
先程までせわしないくらいに聞こえていた、ヘッケラン所長の呼吸音すら聞こえない。
......呼吸しているだろうか?
いきなり倒れたりしないよね?
優に五分以上無音の状態が続いた頃、扉がノックされて一人の男性がお盆にお茶を乗せて部屋に入って来た。
「失礼します。」
部屋に入って来た男性はヘッケラン所長とは真逆と言っていい感じの人で、細身で長髪......身だしなみも清潔で、爽やかな感じのタイプだ。
眼鏡をかけているけど......この世界で眼鏡をかけている人って初めて見たな。
俺が眼鏡を見ていたのに気付いたのか、こちらを見てにっこりとほほ笑まれた。
ちょっと不躾に見過ぎたか。
俺は目礼で謝るけど、気にしていないという様に笑みを浮かべたまま俺達の前にお茶を置いていく男性。
お茶を配り終えた後、ヘッケラン所長の様子を窺い苦笑すると俺達に向き直り口を開く。
「ヘッケラン所長はこうなると周りの声が聞こえなくなりますし......自己紹介をさせてもらってもいいでしょうか?私は魔術研究所所属、研究第六班班長のキオル=エラルディと申します。」
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