第415話 魔術研究所といふ所



「魔術研究所と檻が関係しているということですか......?」


ナレアさんの幻惑魔法によって周囲を覆われた事を確認した俺はナレアさんに問いかける。


「何度も言っておることじゃが、魔道国は魔術において大陸の最高峰じゃ。これは驕りではなく純然たる事実じゃ。」


ナレアさんが真剣な面持ちで歩きながら言う。

但し、手は繋いだままなのであまり格好いいとは言い難い。

いや、今は茶化すところじゃない。

真面目に聞こう。

一瞬ナレアさんから呆れたような目で見られた後、繋いでいた手をぺいっと振り払われた俺は真剣な表情で頷く。


「......勿論、個人として魔道国の研究者以上の人材が居ないとは考えておらぬ。多くの人間がそれぞれの場所で研鑽を重ねておる。じゃが、研究機関というのは人も大事じゃが環境も大事じゃ。切磋琢磨する同僚。機材や資材、先人たちの研究成果、そして資金。これらは個人ではどうすることも出来ない物であることが多いのじゃ。」


それはそうだろう。

国と個人では規模が違い過ぎる。

特に動かせる資金が違い過ぎるのだ。

ナレアさんですら、俺と会って魔晶石を潤沢に使えるようになるまで資金繰りに苦労していたと以前言っていた。

国の研究機関で湯水のごとく......かどうかは知らないけど、少なくとも個人に比べれば潤沢な資金で研究できる環境と、お金を稼ぎながらする研究では違いがあって当たり前だ。


「そしてどんな天才であっても与えられた時間は有限じゃ。分割して作業を行うことでより先に進むことが出来る。余程の運と実力、根性があれば一人で偉業を成すことも可能じゃろうが、その難易度を可能な限り下げるのが研究所という機関じゃ。」


俺は黙ったままナレアさんの話に頷く。

ここまではただの研究機関の説明、本題はこれからだ。


「当然、魔道国以外の国にも魔術の研究所はある。魔道国としても独自の研究機関が他所に生まれることは歓迎しておるからの、要請があれば立ち上げに協力したりもした。まぁ、流石に研究機関の立ち上げに協力して欲しいと他国に言われたことは一度しかないが......。」


「一度だけでもあることが驚きです。」


流石に相手の国は胸襟を開きすぎじゃないだろうか?

いや、俺が気にすることじゃないけどさ。


「ほほ。まぁ、妾達がそもそも他国の人間を研究所に招き入れ、それを持ち帰ることを咎めもしていなかったからの。お互い様、と向こうは思ったのじゃろう。まぁ、それは良い。問題は、どの国の研究機関であっても、それなりに妾達は規模を把握しておるという事じゃ。交流が少なからずあるからのう。そしてその中で魔道国の研究機関以上の規模を持つ研究機関は存在せぬ。」


「......つまり、以前も話していた......檻の技術力の高さが不自然過ぎるという話ですよね?」


「そうじゃ。そもそもどこぞの国であれ、あれ程の魔道具を作り出せたのなら間違いなく頭角を露にしておる。秘匿しておく理由がないのじゃ。」


「暗躍に使っているのでは?」


少なくとも檻は暗躍しまくっているし、檻が使っていた魔道具はそれに非常に適しているよね?


「普通、結果が欲しいから暗躍するのじゃぞ?どこぞの国が豊かになったとか、戦争に勝利したとか......ついぞ聞いたことがないのじゃ。そもそも東方以外で戦争は起きておらぬしの。」


「では、東方にある国が檻なのでは?」


「技術格差があり過ぎなのじゃ。檻が使っているような魔道具を作り出せる機関を保有しておるなら、東方は既にその国が統一しておるじゃろ。」


「......では西方の国でこれから発表するとか?」


「少なくとも龍王国で魔物を操る実験をしたり、聖域を侵そうとしたのじゃぞ?特に聖域を侵そうとした国を龍王国が許すはずがないのじゃ。しかもどうやってか知ったかは分からぬが、王都の傍にある聖域と言われている山ではなく、神殿を狙ったのじゃ。その情報を知っておるというだけでも全面戦争ものじゃな。」


そうか......何かしら檻とつながる様な技術が発表されれば龍王国が黙っていないか......。


「そう考えると国ぐるみの組織と言うのは考えにくくなりますね......。」


「うむ。そうなると公的機関に属さない組織という事になるが......。」


「資金の問題が出てくるわけですね。」


「ただの犯罪組織が、あれ程の技術力で開発するのは不可能じゃ。主に金銭面じゃが......そんな巨大犯罪組織、各国が黙っておらぬ。」


「そうなると......複数の組織の集合体のような感じでしょうか?」


「組織としては、恐らくそうじゃと考えておる。しかし研究機関としては一極集中させておると思うのじゃ。」


元の世界と違って電話も無ければメールもないし......離れていては研究成果の共有どころか軽い相談すら物理的な距離によってスムーズに行うことは出来ないだろう。

そう考えれば研究者が集まって研究している方が間違いなくいい。

そして資金、環境、人材、技術......全てが揃っているのが......。


「魔道国王都にある魔術研究所と言う訳じゃ。」


「檻の研究機関と繋がりがある......もしくは研究機関そのものが檻と睨んでいるのですか?」


「可能性は零ではないが......流石に研究所自体が檻と関係を持っておるとは言わないのじゃ。設立したのは妾より前の魔王じゃが......妾も関わり合いが薄いわけでもない。あそこの研究員は......魔族であれ人族であれ......良くも悪くも変人ばかりじゃ。興味本位で人に迷惑をかけることはありそうじゃが......檻のやったようなやり方はせぬのじゃ。」


それは安心できる情報なのか全く安心できない情報なのか微妙な感じですが......ナレアさんの研究者に対する信頼のようなものは感じる。


「まぁ、清廉潔白とは程遠い奴等じゃが......組織ぐるみであんな大それたことは出来ぬじゃろう。関わっておったとしても数人......若しくは元関係者あたりじゃろうな。」


「そんな少人数でいいのですか?」


先程からの話だと、人数は大事って感じだったけど......。


「環境さえあればいいのじゃ。魔術は複数の術式を組み合わせて一つのものを作り上げるからの。手を貸してもらうのに、自分の作りたい魔術を一から十まで説明する必要は無いのじゃ。」


「なるほど......じゃぁ知らない間に檻で使われている魔道具の開発に手を貸している可能性があるってことですか。でもそれなら魔道国ではなく、他国の研究機関でもいいのではないですか?」


「妾は一番怪しいのはここじゃと思っておる。一番の要因は技術力の高さじゃが......他国の研究機関に比べて特に優秀な変わり者が多いし、気づかぬうちに片棒を担がされておるとか物凄くありそうじゃ。まぁ、勿論......檻の事だけが目当てで行くわけでは無いがの。」


「そう言えば、研究成果の公表をするとかでしたっけ?」


「うむ。それに今どんな研究をしておるかも気になるからの。」


「なるほど......。」


「ファラが王都に来たら魔術研究所は念入りに調べて貰うが......今日の所は気楽にしておるのじゃ。」


「これを聞いた後に気楽にしろと言われても難しいのですが......。」


「ほほ、連日大変じゃな。」


そう言ってナレアさんが俺の手を取る。

触られたことで手が痛かったことを思い出し、じんじんとした痛みがぶり返してきた。

ナレアさんがそっと青あざに手を添える。


「少しやり過ぎたかのう?」


「......まぁ、失礼なことを考えたのは僕ですからね......まぁ、若干......考えただけにしては、と思わなくもないかなぁとか思ったりしますが。」


冷ややかな笑みを浮かべながらナレアさんがこちらを見つめてくる。

もういつもの事なので一々気にしなくなっている自分が怖いですが......普通に考えていることに正確に返事をしますよね?

若干、無意識の内に念話が出来ているんじゃないかと疑っているのですが......。


「まぁ......誤魔化そうとした分の罰だと思っています。」


「ほほ、反省は大事じゃな。」


そう言ったナレアさんが青あざになっている手の甲に口づけをする。

驚きと恥ずかしさから辺りを見渡したけど......よく考えたらナレアさんの幻惑魔法のお陰で俺達の事は色々と誤魔化されているのか。

俺が挙動不審になっていると、ナレアさんが俺から手を持ったまま顔を上げる。

青あざは綺麗に無くなっている......回復魔法を掛けてくれたようだ。


「......そこは、妾のキスで治ったと考えるべきではないかの?」


「......なんか、お礼を言うのもおかしい気がしますが......ありがとうございます。」


俺はナレアさんの手を握り直すと、どこか釈然としないながらもお礼を言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る