第363話 ワイアードの決断



ワイアードさんとゴブリンの会合......ゴブリンにとっては命がけの、そしてワイアードさんにとっても全くの未知との遭遇ってやつだろう。

俺達が間に立つとは言え、お互いに警戒を緩めることは出来ず、非常にぴりぴりとした緊張感に包まれた会合になることは想像に難くない。

どうやって双方の話をスムーズにやり取りさせるか......少し前まで俺はそんなことを考えていました。


「なるほど......あの薬草にそのような使い方あるとは。素晴らしい知識です。」


「もり、きけん、おおい。やくそう、だいじ。」


「然様ですな。我々は森での活動に造詣が深くなく、ゴブリン殿の探索にも手を焼いていたのですが......話を聞く限り見つけられないのは当然でした。」


和やかに会話をするワイアードさんとゴブリン。

俺が想像していた会合とは全く違う雰囲気だ。

レギさんとリィリさんも最初は驚いていた様子だったが、ナレアさんは最初からこんな雰囲気になることを予想していたみたいで、俺達の様子を見ていつものように軽く笑っただけだった。


「もり、さがす、いろいろ、みない、だめ。まえ、よこ、した、うえ。かくれる、たくさん。おと、におい、だいじ。」


「なるほど......確かに我々は目に頼り、自分たちの目線の高さでしか調べていませんでした。音や匂い......五感を駆使して変化を見つけなければ森での探索は無理ということですね。」


ワイアードさんがめっちゃゴブリンの単語会話を理解している節があるな......。

ゴブリンも俺達と話している時よりも饒舌というか、凄く楽しそうにしている。

相性がいいのかもしれない......。

ワイアードさんの人柄の良さとゴブリンの素直さが見事に嵌った感じがするな。


「ハヌエラよ、盛り上がっている所悪いが、そろそろ話を進めぬかの?まだ日は高いが、もう昼過ぎじゃ、日が傾き始めれば一気に暗くなるのじゃ。」


「そうですね。申し訳ありません、皆さん。」


そう言うとワイアードさんは一度俺達に頭を下げた後、ゴブリンへと向き直る。


「申し訳ない、ゴブリン殿。このまま色々と話を続けたいのは山々なのですが、先にここまでご足労していただいた用事の方を済ませようと思います。」


「わかった。はなし、する。」


背筋を正したワイアードさんに、緊張した様子で答えるゴブリン。

うん、これからが本番だね。


「まず、貴方が行った村の農作物への盗難ですが......これ自体については対価も十分以上に貰っているという事から、被害を受けた村の方もどうこう言うつもりはないとのこと。」


「......。」


ワイアードさんの言葉に頷くゴブリン。

まぁ、野菜の盗られた量よりも、森で採って来た対価の方が何倍も価値があったみたいだしね。

野菜は一回で二、三個だけだったみたいで子供の悪戯程度の物だったらしいし。


「ですが、村人が気にしているのはそこではありません。野菜を盗んでいったのが魔物である貴方という所です。」


「......。」


理解はしていたのだろうし、予めナレアさんからも話を聞いていたので動揺はしていない様だけど......やはり辛そうだ。


「ここまで話をさせてもらったことで、私には貴方がとても聡明で善良な方だと分かっています。それはこの場にいる皆が同じだと言えるでしょう。」


ワイアードさんの言葉に俺達は頷く。

このゴブリンはワイアードさんの言う様にかなり聡明だ。

ファラ達を含め、今まで意思の疎通の可能な魔物は何体もいた。

彼らは皆本当に聡明で......正直俺よりも賢くて色々なことを知っていると思う。

そして自分達が異質な存在であることも十分理解していて......。


「ですが、多くの人にとって貴方は魔物、人々に害をなす魔物なのです。貴方にそのつもりが無くても、今までの人と魔物の間にある歴史がそれを否定するのです。」


「......。」


ワイアードさんの言葉を聞く内にゴブリンは俯いてしまう。

個人ではどうすることも出来ない、今までの歴史と言う積み重ね......それはこの場にいる誰も抗うことが出来ない流れのようなもの。

それが間違った流れというのならまだしも、魔物が危険というのは紛れもない事実だ。


「その事から、貴方があの村に行き、人と関わり合いながら生きていくことは不可能です。仮にあの村が貴方の事を受け入れたとしても、いずれ遠からず、貴方は命を狙われることになるでしょう。」


ワイアードさんの辛辣な言葉が色々と突き刺さる。

確かにゴブリンが人と関わりを持とうとすれば必ず問題が生じる。

人の口に戸は立てられないと言うけど、喋るゴブリンの噂なんてネタは簡単に広がっていくだろう。

そうなった場合、例え国が放置したとしても、その珍しいゴブリン自体を狙うような悪人は......正直、絶対にいると思う。


「それは貴方がこの森を離れ、新天地に向かったとしても付きまとう問題です。貴方が人と関わりを持とうとする限りね。これから逃れるには、人との関わりを完全に断つしかないでしょう。」


ワイアードさんの言う通りだろう。

この子がその知性をもって人と関わろうとするならば必ず問題が生じる......それを避けるには人と関わってはいけない......もし関わりを続けたいと言うのであれば......やはり俺達が連れて行くしかないだろう。


「ですが、貴方は人と関わりを持ちたい。そうですね?」


「......うん。」


俯きながらもワイアードさんの問いに応えるゴブリン。

その姿は非常に弱弱しく感じるが、その想いだけは強く感じられた。


「私もそれを望みます。」


「......?」


ゴブリンが顔を上げてワイアードさんの顔を見る。

ワイアードさんはいつもの爽やかな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「貴方は人との関わりを望む、私はそんな貴方の手助けを......いや、貴方と友人になりたいのです。」


「ゆうじん......。」


「えぇ。貴方が良ければ、私の所に来ませんか?国として貴方を受け入れるのは難しいですが、私個人の裁量で貴方を私の従者には出来ます。」


従者!?

ワイアードさんって龍王国の貴族......当主だか次期当主だよね?

そんな人の従者って......大丈夫なの?

レギさんも目を丸くしているけど......ナレアさんは笑っているな......。


「じゅうしゃ?」


「えぇ、私の身の回りの世話や部隊の仕事を手伝ってもらうことになります。特に今回、森での活動について不安を感じました。貴方が部隊に来てくれるなら、その方面での手助けは是非やって頂きたいですね。」


「もり、とくい、たすける、できる。」


ゴブリンの言葉にワイアードさんは嬉しそうに頷き、話を続ける。


「ただ、私は騎士で、貴方が従者となった場合、ほぼ間違いなく戦いに巻き込まれます。貴方が争いを好まないことは理解していますが......力を貸していただけないでしょうか?」


「たたかう、こわい、でも、いっしょ、いたい。」


「ありがとうございます。これから学ばなければならないことは多くありますが、一緒に頑張っていきましょう。だから私にも色々教えてくださいね?」


「おれ、がんばる。いっしょ、いる。」


「えぇ、これからよろしくお願いします。」


そう言ってワイアードさんは手甲を外して右手を差し出す。

差し出された手を不思議そうな顔で見ているゴブリン。

握手までは知らなかったみたいだね。


「これは握手といって、挨拶や親愛の証として......こうやってお互いの手を握るものですよ。」


ゴブリンが不思議そうに出した手をワイアードさんが微笑みながら握る。

最初は不思議そうにワイアードさんの手を握っていたゴブリンだったが、やがて嬉しそうに顔を歪めた。


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