第362話 未知との遭遇



小さな人影は地面に降りたつと、体をほぐす様に背伸びをしている。

あれがゴブリンか......。

身長一メートルくらいだろうか?

灰色の体に体毛は殆ど無いように感じるけど......長めのポンチョのような毛皮を纏っており体はあまり見えない。

頭はレギさんを彷彿とさせ......いや、なんでもありません。

っていうかその殺気的な何かって気づかれませんか?

あ、そうですか、俺だけにしか届かないのですね、分かりました。

......今これ以上ないくらい明確な言葉がレギさんから聞こえた気がするのだけど......もしかしたら皆も俺の声がこんな風に聞こえているのかもしれないな。

いや、そんなことよりもゴブリンだ。


「どうやって接触しますか?」


俺が小声で皆に聞くとナレアさんがこちらを見て軽く笑いながら応える。


「ほほ、声を潜める必要はないのじゃが......そうじゃな、こちらから声を掛けるにしても十中八九逃げるじゃろうな。」


「まぁ、退路を塞ぎたい所だが、とりあえず四方を塞いでおくか。声を掛けるのは......。」


そういってレギさんがナレアさんの方を見る。


「うむ、妾の役目じゃが......ケイ、どうするかの?」


「そうですね......やらせてもらってもいいですか?」


本来はナレアさんがワイアードさんから受けた依頼だから、俺が率先して声を掛けるものではないのだけど、今後の事も考えて俺が最初に声を掛けさせてもらおうと思う。

まぁ最初だけになるだろうけどね。

レギさんやナレアさんもそう考えたから確認してくれたのだろう。


「うむ、任せるのじゃ。」


ナレアさんがそう言って役目を譲ってくれる。


「ありがとうございます。えっと、シャル。そのままの姿だと怯えさせちゃいそうだから少し小さくなってくれるかな?」


『承知いたしました。』


俺達は打ち合わせ後すぐに行動を開始する。

幸いゴブリンはまだストレッチ中でその場から動いていない。

余程体が凝り固まっていたのだろうね。

皆が素早く展開したのを確認してから、俺はナレアさんに合図を送り幻惑魔法を解除してもらう。

まだゴブリンはこちら気付いていないようなので、俺はゆっくりと歩き始める。

足音を殺すようなことはしていない。

すぐに近づく俺に気付いたゴブリンが、こちらに顔を向け警戒を露にする。

完全に重心が後ろに下がっているし、いつでも逃げられるって体勢だ......これ以上近づくのは無理そうだね。


「こんにちは。これ以上近づかないから、逃げないで欲しいのだけど......こちらの言葉は分かるかな?話がしたいんだ。」


俺の言葉に若干動揺した様子を見せるゴブリン、こちらの言葉を理解している気がするけど......。

しかし腰の引けたゴブリンは俺に背中を見せると、脱兎のごとく駆け出そうとして......突然目の前に現れたシャルに驚いて足を止める。

......ってシャル、いつの間に......声を掛けた時は俺の横にいたはずなのに。

今のシャルは体の大きさこそ大型の成犬サイズだけど、その身からにじみ出る威圧感が半端ない......。

威嚇しているわけでは無いけど......睥睨するかのようなシャルの様子にゴブリンはよろよろと二、三歩後ずさると尻もちをついた。


「......シャル?」


『......申し訳ありません。ケイ様のお言葉を無視するような態度につい......。』


申し訳なさそうにするシャルだったけど......ゴブリンは完全に怯えちゃっているね。

ここから友好的に話が出来るだろうか......?

なんかここから姿は見えないけど、ナレアさん達のにやにや顔が目に浮かぶ......。


「あー驚かせてごめんね?でもこちらに危害を加えるつもりはないから、安心してくれると助かるな。もし俺の言っている事を理解出来ているなら立ち上がってこっちを見てくれないかな?シャル、その子が怖がっているから俺の後ろに。」


こっちを見てとは言ったけど......シャルから目線を切れないようで......シャルの動きに合わせて首を動かしている。

俺の声聞こえているかな......?

ってかシャルに合わせて視線を動かしているから、こちらの言葉を理解しているのかが全く分からないな......。

尻もちをついたままシャルの動きを追っていたゴブリンがゆっくりと立ち上がり、視線をシャルから俺へと移動させる。


「こ、こんにちは。」


立ち上がったゴブリンが挨拶をしてきた。

少し聞き取りづらいけど、ちゃんと分かるな。


「初めまして、こんにちは。少し話がしたいのだけどいいかな?」


まだ少し腰が引けているけど、ゴブリンは俺の言葉にゆっくりと頷く。


「ありがとう。最初に確認するけど、俺の言葉は理解できるかな?難しかったら言ってね。」


「だいじょうぶ。わかる。」


「良かった。じゃぁ、続きを話すけど、近くの村に行って野菜を盗っているのは君で間違いないかな?」


「......。」


ゴブリンは若干後ろに後ずさりながら頷く。


「あぁ、大丈夫だよ。俺は別に君が野菜を盗ったから捕まえに来たわけじゃないんだ。まぁ、それが切っ掛けではあるけど......そのことについて話がしたいんだ。とりあえず、君がこちらに危害を加えたりしない限りはこちらも手を出したりしない。それは約束するよ。」


「......わかった。あなた、こわい、かんじ、ない。しんじる。」


「そっか、ありがとう。それで、申し訳ないのだけど、俺には他にも仲間がいるんだけど......ここに呼んでもいいかな?勿論絶対に危害は加えないって約束は破らない。」


「すこし、こわい。でも、はなす、したい。」


腰は引けているけど、受け入れてくれたようだ。


「ありがとう。あ、君に仲間はいないのかな?ゴブリンは群れで生活するって聞いているのだけど。」


「おれ、ひとり。おれ、なかま、でた。」


「そうなんだ。分かったよ、君とだけ話をすれば良さそうだね。」


俺の言葉にゴブリンが頷く。

群れから外に出たって事だろうけど、この辺にはゴブリンは生息していないらしいから随分と遠くから来たのだろうか?

っと、とりあえずナレアさん達を呼ぼう。


「それじゃぁ、今から呼ぶね。皆さん!出て来てください!話は聞いていたと思いますが、決して危害は加えない様にお願いします!」


勿論皆が危害を加えるとは思えないけど、こう言っておけばゴブリンも安心するだろう。

俺が声を掛けるとすぐに皆が姿を現す。

逃げた時の為に四方に散っていたはずだけど、揃って俺の後ろから姿を現した四人を見て、ゴブリンは驚いたように目を見開く。


「いる、わからない。みんな、つよい。」


あぁ、気配を感じ取ることが出来なかったって感じだろうか?

ぎりぎりまでナレアさんが幻惑魔法を使っていたみたいだし......気づかないのは無理ないと思うけど。


「もり、ひと、ふえた。つよい、ひと、たくさん。おれ、つかまえる?」


「えっと......そうだね。君が村にいって野菜を盗っていたからこの森に探しに来たんだ。」


「ごめんなさい。」


「あ、うん。」


物凄く素直に謝られて思わず頷いてしまった。

何か後ろで物凄く笑いを嚙み殺している感じがする......とりあえずファーストコンタクトは上手くいったっぽいし、ここから先はナレアさんにバトンタッチしよう。


「ナレアさん、ここから先はお任せしていいですか?」


「ほほ、了解じゃ。さて、ゴブリンよ、妾はナレアと言う。お主の事は何と呼べばよい?」


俺の横まで出て来たナレアさんが自己紹介をする。

......そういえば俺はしてないな。


「よぶ、ない。おれ、ごぶりん。」


名前はないってことか......まぁ一人で生活していたら名前って必要ないから仕方ないか。


「ふむ......ではとりあえずゴブリンと呼ぼう。先程この者が言っておったが、お主が村に現れたことで少し混乱が起こっておってな。それを解決するために妾たちがお主を探しに来たのじゃ。」


「めいわく、ごめんなさい。」


再び謝るゴブリン。

野菜を盗ったことに対してか、混乱させたことに対してかは分からないけど、言葉を話すことが出来るだけじゃなく、やはり頭もかなりいいみたいだ。


「ほほ、それは良いのじゃ。妾達はお主を探すことを頼まれておるだけじゃからな。まぁそれでじゃ、お主と話をしたいとこの辺を守るものが言っておる。あくまで話がしたいという事じゃ、その場での安全は妾達が保障する。」


「はなし、なんで?」


「うむ、この辺りを縄張りとしておるのは人でお主は魔物じゃ。それは分かるかの?」


ナレアさんの言葉に頷くゴブリン。


「そして人は魔物を恐れておる。お主は違うようじゃが、魔物は基本人や動物を襲うじゃろ?」


再び頷くゴブリン。

身長の低さも相まって子供にものを教えているみたいな感じだな。

言葉が拙いせいもあるかな。


「基本的に魔物は人にとっては敵じゃ。じゃが、今回お主が取った行動は普通の魔物の枠から外れておる。それ故、お主と話し合いがしたいと言っておるのじゃ。お主がどうしたいか、これからどうするのか、そして人としてはどうして欲しいのかをな。」


「......はなし、する、わかった。」


「感謝するのじゃ。話し合いの結果、この森を出て行かなければならないこともあるが、いいかの?」


「ひと、たたかう、いや。もり、でる、だいじょうぶ。」


喋り方は拙く単語だけだけど、こちらの意図をかなり正確に把握している感じがするな。


「そうか、すまないな。この森を出なければならない事態になっても、妾達が力になると約束するのじゃ。」


「ありがとう。はなし、すぐ、する?」


「そうじゃな、今すぐに連絡を取れば今日中に会合が出来そうじゃ。お主が良ければすぐに連絡をするが、良いかの?」


「だいじょうぶ。」


「では、ケイよ。妾は野営地にいってハヌエラにこのことを話してくるので、お主はこの者と一緒におってくれるか?」


「了解です。マナス、ナレアさんに付いて行ってもらえるかな?」


流石に通信用の魔道具をワイアードさんの前で使う訳にはいかないだろうし、マナスにナレアさんに付いていくようにお願いしておく。

意外とすんなりとゴブリンとの話が進んだおかげでこの後の展開も早そうだ。

後はワイアードさんがこの子と会ってどうするかだな......。


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