第360話 さて、どうする
食事の後片付けを終えた俺達は、石のテーブルを中心にお茶を飲みながら過ごしていた。
少し開けた場所とはいえ、ここは森の中。
日が陰り出したかなと思ったらすぐに暗くなってしまった。
まぁ、火も焚いているし、魔道具による明かりもあるので真っ暗闇と言う訳ではないけど。
「さて、食後の小休憩もそろそろいいじゃろう。明日の話をしておくとするのじゃ。」
俺が当たりの様子を窺っていたところ、ナレアさんが手にしていたコップをテーブルの上に置きながら切り出した。
「そうだな。ファラ達のお陰でゴブリンの居場所は既に把握出来ている。とりあえず、ファラからゴブリンの様子を聞くとするか。」
「そうですね。ファラ、聞かせてもらえるかな?」
俺が傍らに控えていたファラに声を掛けると、テーブルの上に移動したファラが一礼をする。
『承知いたしました。それでは調べてきたことを報告させていただきます。まず、既にゴブリンと伝えてしまっておりますが、村に訪れていた魔物はレギ様の予想通りゴブリンでした。そのゴブリンが皮で作られた靴を履いていたことからも間違いないと思われます。』
やはりゴブリンが靴を履いているのか......アースさんもローブを着たり靴を履いたりはしていたけど......違和感が......いや、どっちもどっちか。
そもそもゴブリンって見たことないからな。
俺の想像の中では俺の腰くらいの身長で肌は暗めの緑。
耳がとがっていて目はぎょろっとした感じのヤツだ。
まぁ、確か肌の色が確か茶色って言っていたからその時点で違うよね。
「やはり靴を履いているゴブリンか......。」
レギさんが顎に手を添えながら顔を顰める。
レギさん以外は特に何も呟くことはなく、ただ表情だけが難しそうというか厄介だって思っている感じになっていた。
今の所、質問が無いようなのを確認したファラが話を続ける。
「身のこなしから察するに、森の中での動きには随分慣れているようでしたが個人的な戦闘力は大したことは無さそうです。私達の誰が相手をしても、一対一で難なく生け捕りにすることが可能です。」
あまり強くはないってことか。
ワイアードさん達に会わせるという意味ではいい情報かな?
まぁ、そのゴブリンにしてみれば辛いことかもしれないけど......。
『ただ森の中にいくつか罠を仕掛けているようです。その事からそれなりの知能を有していると考えられます。』
「その罠って言うのは致死性のものか?」
『いえ、住処の防衛というよりも狩りの為の罠です。ただ近づいてくるものを知らせる、鳴子のような罠も仕掛けられているのを発見しました。』
レギさんの問いをファラが否定する。
「なるほど。毛皮とかも偶に届けられるって言っていたからな。罠を使って捕っていたってことか。」
『恐らくそうだと思われます。今日は罠に小動物が掛かっていたので、それを回収したのを確認しています。』
「ここまでの話だと猟師の人の話を聞いているみたいだね。」
「そうじゃな。とてもゴブリンがそんなことをやっているとは思えぬのじゃ。」
確かに、森に住んで生活している人の話を聞いているみたいだな。
『暫く監視をしていましたが、今お二人が言ったような印象を私も受けました。ただ、人よりも感覚は鋭いようで、私達の監視に気付くようなことは無かったのですが、かなり離れた位置でした物音に対しても警戒する様子を見せていました。それと騎士団がこの数日森で探索をしている事も理解しているようです、獣道に仕掛けている罠を解除して、人が罠にかからない様にしているような様子がうかがえました。』
なるほど......普通は獣の通り道に罠を仕掛けると思うけど......ここ数日、騎士団の人が森に入っているからな。
鎧も着ているし、当然歩きやすい場所を選んで探索をしていたはずだ。
どのような罠かは分からないけど、獣を捕まえる為の罠が子供だましのようなものであるはずがない。
死にはしないだろうけど、怪我くらいはするかもしれないよね。
それをわざわざ解除していたってことは......やはり人に危害を加えるつもりはないって事じゃないかな?
「なるほどな......。」
そういう話を聞いても皆の表情が晴れることはない。
というか、そのゴブリンが理性的な行動を取れば取るほど表情は険しくなっていく。
まぁ、仕方ないとは思うけど......。
『生活の拠点はいくつか用意しているようでしたが、基本的には木の上で休めるようになっている程度の物でした。』
森の中は危険が多いし、安全に休める場所って言うのは少ないのだろう。
そのゴブリンはファラが言うにはあまり強くないとのことだし......比較対象として俺達が一対一で捕獲できるかどうかってところは物差しとしてはどうかと思うけど......まぁ、丁度いい比較対象って難しいよね。
最近は仙狐様の眷属とか応龍様の眷属とかとしか戦闘していないし......その前は......グラニダでアザル達だっけ?
「各拠点には多少の食糧と水がある程度でしたが、木で作られた器もいくつか見受けられました。現在の所ゴブリンについて報告出来る事はこの程度になります。」
ファラの報告を聞いてレギさん達は難しい顔をしていたが、そんな空気を打ち払うようにナレアさんが一度手を叩く。
皆の視線が集まる中ナレアさんが軽い様子で話を始めた。
「まぁ、妾達がここで頭を悩ませても仕方がないのじゃ。この件についてどういう対応を取るかはハヌエラ......いや、龍王国が考えることじゃ。妾達が気にするところはそこではなかろう?話を聞くにやはりそのゴブリンは理知を備えておると思われる。人への配慮も見られることから考えて対話も可能じゃろう。その上で妾達はそのゴブリンを会合の場に連れて行くことになる。そこで、最低限安全を保障してやりたいのじゃ。」
「なるほど......それは最低限の......会合中の安全という意味ではなく、人前に引っ張り出すことに対する安全って意味だよな?」
「そうじゃのう。正直、ゴブリンが変なことをしない限り会合中に害される心配はほぼないじゃろう。ハヌエラが会合の場で、例え相手が魔物であろうとそのような暴挙に出ることはありえぬからのう。」
確かに、ワイアードさんは正に騎士って感じの人だからな......ある一部を除いて......。
まぁ、それは王都にいる時だけの病気だろうし......ナレアさんがここまで信頼しているのだから心配は必要ないと思う。
「まぁ、会合中は俺も心配していなかったが......龍王国として受け入れられなかった場合だよな?しかし、ワイアード卿との会合でそこまで話が進むか?」
「流石に部隊長という立場では龍王国としての対応をどうこう言う権限はないがのう。一応ワイアード家は名家じゃが......だからと言ってこのような問題を押し通すわけにはいかぬからのう。」
「だよな?じゃぁどこまでの話をしているんだ?」
レギさんが少し身を乗り出しながらナレアさんに問いかける。
そんなレギさんの様子にナレアさんは肩をすくめながら答える。
「なに、そう難しい話ではないのじゃ。ハヌエラが受け入れられないと言うのであれば妾達で代案を用意してやろうという事じゃ。龍王国がどうこうという所までは流石に口は出さぬ。というよりもハヌエラが受け入れると言った時点で奴が全力で責任を持つ。龍王国が受け入れないとしてもな。」
「それでいいのか?っていうか、さっきワイアード家と言っても押し通せるような問題ではないって言ってなかったか?」
「ほほ、貴族として国にゴブリンを受け入れさせると言う話ではないのじゃ。責任を持って匿う、もしくは面倒を見ると言う話じゃ。」
「あぁ、個人的にってことか。」
レギさんが納得したように頷く。
「うむ。じゃから、妾達が保証してやるのは龍王国の外に出るまででいいと思っておる。」
ワイアードさんが受け入れるなら後の事は任せる、ワイアードさんが受け入れないのであれば会合の場に連れて来たものとして最初の状態までは戻してあげるってことか。
「なるほどな......。」
「勿論、人に危害を加えないという事を妾達が納得できた場合に限るがの?それに流石に、妾達にそのゴブリンの望みを叶えてやる義理は無いからのう......と、妾は思うのじゃが、ケイは何やら言いたそうじゃの?」
そう言って流し目でこちらを見る。
うん、何を言いたいかも既に分かっている感じだ。
わざわざ望みを叶えてあげる義理は無いって言っているしね......。
皆が俺に注目する中、俺はゆっくりと口を開いた。
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