第359話 好きな香り



「いやー今日のお風呂は良かったよー!いや、いつものお風呂も凄くいいんだけどね?今日のお風呂はいつにも増して良かったよ!」


「うむ。あれは以前話しておった、果物を湯に浮かべると言う奴じゃな。話を聞いた時はピンとこなかったのじゃが、アレは確かに素晴らしいのじゃ。香りもさることながら、いつもより湯がしっとりと肌に馴染む感じがすると言うか......うむ、実に良いものじゃった。」


リィリさんとナレアさんがお風呂から戻ってきて、興奮しながら今日のお風呂を絶賛してくれた。

何度か果物の木を育てるのに失敗して枯らしちゃったけど、上手くいって良かった。

失敗した子達には悪い事をしたけど......それをわざわざ喜んでくれている二人に言う必要は無いだろう。


「あはは、ありがとうございます。色々試行錯誤はしましたが、今後はもっと簡単に作ることが出来ると思います。」


「そりゃいいな。俺も今日の風呂は楽しめたからな、そのうちまたやってくれたら嬉しいぜ。」


「レギさんがそう言ってくれるのは珍しいですね。是非、また今度やります......まぁ、ちょっとシャルとグルフは苦手みたいなのですが......。」


『申し訳ありません。ケイ様......。』


俺がそう言うとシャルが尻尾と耳を垂れ下げながら謝ってくる。


「いや、しょうがないよ。シャルやグルフにはちょっと柑橘系の香りや汁は刺激が強すぎるみたいだからね。」


二人に限らず、マナスもファラも綺麗好きで水浴びやお風呂は積極的に入りたがるのだが、今日のお風呂はグルフもシャルもちょっと無理だったようで、別に用意した水風呂に入っていた。

自分の体からずっと柑橘系の匂いがするのは二人には厳しかったのだろう......ちょっと配慮が足りなかったね。

珍しくシャルが、きゅーんと甘え鳴きの様な声をだしたのでシャルの頭を撫でる。


『す、すみません!』


「いやいや、こちらこそごめんね。俺は柑橘系の香りって好きだからすっかり失念していたよ。」


『っ!?ケイ様がお好きな香りだったのですか?』


シャルが凄い反応で聞き返してくる。


「う、うん。果物の中でも好きな方だね、甘さよりも酸味がある香りって言うのかな?そういうのが好みなのかも。」


「ほほ、そうじゃったか。どうじゃケイ?妾の髪もいつもの香油の香りとはまた違った感じがしておっていい感じなのじゃが、どうじゃ?」


そういってナレアさんが手櫛で自分の髪を掬う様にこちらに差し出してくる。


「......いや、流石にその髪を匂うのは変態っぽいですよ。でもいい香りがしているのなら良かったです。」


「ふむ、残念じゃの。しかし、柑橘系か......この手の香りの香油を作れんかのう?リィリ。」


「うーん、今度やってみようか?確かに爽やかでいい香りがする気がするよ!」


どうやらナレアさん達は新しいシャンプーの開発を始めるようだ。

俺もいつもの塩水系シャンプーに果汁を垂らしてみるかな?

いや、待てよ......たしか柑橘系の汁って酸性だよね......?

中和しないと髪がきしむかもしれないな......アルカリ性の物ってどうやって作ったらいいのだろうか......?

よくテレビのコマーシャルとかで弱酸性とか弱アルカリ性とか聞いていたけど......何がそれなのかさっぱりわかんないな......理科やら化学やらで色々勉強したはずなのに全く身に付いてないな......所詮テスト用の暗記だったということか......。

俺がそんなことを考えていると、肩に乗っていたマナスが俺の頬にすり寄って来た。


「ん?どうしたの?マナス......あ、マナス凄い柑橘系の香りがしているね!あはは、オレンジスライムってところかな?ちょっとおいしそうだよ。」


俺の顔に近づいて来たマナスから柑橘系の香りというよりも果物その物と言った香りがしてくる。

何か、オレンジとかグレープフルーツ系のゼリーみたいでちょっとおいしそう......。


『......ケイ様。申し訳ありません。もう一度お風呂に行ってきてもいいでしょうか?』


「え?なんで......って駄目だよ、シャル。いくら俺の好みの香りだからって無理はして欲しくない。でも、そうだね......他にも好きな果物の香りはあるから、シャル達も大丈夫な果物を今度探してみようか。」


『......はい、お手数おかけしますが......是非お願いいたします。』


余程悔しかったのかもしれない、遠慮しながらも強い意志を感じる......。

青りんごとかブドウとかも好きなのだけど......似たようなフルーツあるかな......今度リィリさんに付き合ってもらってフルーツ巡りでもしよう。


「あー、盛り上がっているところ悪いが、飯が出来上がったんでな。続きは食いながらでどうだ?」


そう言ってレギさんが出来たてのご飯を器によそっていく。


「あ、すみません。手伝います。」


俺はコップを用意して水を注いでいく。

ナレアさんは皆が座る場所を整え、リィリさんはレギさんから食事を受け取り石のテーブルの上に並べていく。

テーブルはナレアさんが天地魔法で作り出したもので、平らな大き目の岩でしかないけど、ちゃぶ台のような使い方が出来れば十分だ。

そんな感じですぐにご飯の準備が出来た俺達は、思い思いに食事を始める。

先程の......ゴブリンの件を話してもいいのだけど......食事中にする話でもないかと思い俺は静かに食事を勧めていく。

他愛のない話ならともかく、真剣な打ち合わせをする際に食事をとりながらではね......。


「そう言えばケイ君。あの果物って王都にあったやつだよね?買って来てたにしては随分新鮮な感じがしたんだけど。」


「あぁ、あの果物は種だけ持って来ていまして。天地魔法を使って収穫出来るようになるまで育てました。」


「あーなるほど。だからあんなに沢山あったのかー。」


「なるほど、確かにそれならば嵩張らぬしいいのう。」


「でも、土壌とか気候とかも同時に調整しないといけないので......予め育て方を教えてもらっているような果物じゃないと難しいですね。今回は育て方を教えてもらっていたので何とかなりましたが。」


「育て方かぁ、流石にそこまでは知らないなー。でも、美味しい果物を見つけて、育て方を教えてもらえれば魔法で育ててもらえる......。」


リィリさんが頭の中で何やら計画を立て始めたような気がするけど......先ほどの失敗を考えると結構大変じゃないかな......。

さっき育てた果物も、香りは問題なかったけど......味は......酸っぱすぎて食べられなかったし......。

美味しい果物にするには日差しとか剪定とか、もっと色々と気を使わないと出来なさそうだ。


「流石に農家の方ではないので美味しく育てるのは難しいですよ?」


「うーん、やっぱりそうだよねぇ?さっきの果物も王都で食べた奴に比べたら物凄い酸っぱかったもんねぇ。」


既に食していましたか......お風呂に浮いていたやつじゃないよね?


「いやいや、流石に浮いてたやつじゃないよ。横に積んでおいてあった奴だよ。」


「あぁ、なるほど。追加で湯船に浮かべる様に置いておいた奴ですか。」


流石のリィリさんも湯船に浮かべているやつは食べなかったか。

まぁ、皮ごとお風呂には投入しているから汚くはないだろうけど、温まっているし、気分的に食べるのは微妙だ。


「うん、水で洗って食べてみたけど......酸っぱかったなぁ。」


「ほほ、あの時のリィリの顔は中々見ものだったのじゃ。」


「あぁ......強烈な酸っぱさでしたからねぇ。」


きっと物凄い顔だったのだろうな......


「ケイ君も食べたんだ。」


「えぇ......美味しければ食後にでも出そうかと思ったのですが、あれはちょっとそのまま食べるのは無理でしたね。」


「料理には使えそうだけどねー。やっぱり農家の人みたいにはいかないかー。」


「そうですね、魔法を上手に使うにはやっぱり知識が大事ですから......。」


特別美味しい物は無理だろうけど、芋とか育てやすい野菜だったら普通に食べるくらいは出来るかな?

野菜関係の種とかも常備しておくといざって時に役に立ちそうだ。


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