第353話 いにしえの不良



応龍様の神域を出た俺達は龍王国内を南下してとある街に滞在していた。

龍王国を横切るように真っ直ぐ西へ向かってしまえば、途中山を越える必要はあるものの、母さんの神域に行くには早いのだが、以前魔術師ギルドへの紹介状を書いてくれたナレアさんのお知り合い、オグレオさんにお礼を言っておきたいと俺が言ったのだ。

こういう機会でもなければあの辺りにはわざわざ行かないと思うしね。


「なんだか凄く懐かしい感じがしますけど......前この街に来てから一年も経っていないですよね?」


「そうなるのう。まぁ、妾も不思議な感じがするのじゃ......随分前の事の様な、つい先日の事の様な......そんな感じじゃ。」


「色々ありましたからねぇ......そう言えばナレアさんと再会したのもこの街でしたね。」


「あぁ、そう言えばそうじゃったな。そう考えると、随分長い事ここには来ていなかった気がするのう。」


そう言ってナレアさんが目を細める。

そうか......ナレアさんとは随分長い事一緒に居るような気がするけど......初めて会ったのがダンジョン攻略のお祭りの時だから、ぎりぎり一年経っているかどうかってところかな?

......そこそこ長くいるような、まだまだ短いような、不思議な感じがするけど......レギさんやリィリさんもそうだけど、今は一緒に居るのが当たり前って感じがするな。


「確か......ナレアさんが財布を無くして泣きそうになっていたのでしたっけ?」


「ちょっと待つのじゃ!それは初めて会った時のことであろう!?そうそう財布を無くしたりしないのじゃ!後、最初に会った時も泣いておらぬのじゃ!」


「いや......確か泣く寸前って感じだった気がしますが......あれって演技でした?」


「そ、そ、そんなことはないのじゃ!妾の様な美少女が困っておったからこそケイは助けたのじゃろ!?演技とかそういうのではないのじゃ!」


いや、まぁ......憐れみを覚えて助けたのは確かだけど......本人普通に財布持っていたしな......。

しかし......憐れみを誘われていたのか......屋台のおっちゃんには効いていなかったみたいだけど......俺が引っかかったのだから見事成功って感じだな。


「......あぁ、そう言えばこの街で再会した時は、罪人への戒めみたいな感じの鎖を巻きつけていたのでしたっけ?」


この街でナレアさんに再会した時の事を思い出した。

それと同時に財布の留め具としてはごつ過ぎる鎖の事も。


「ま、まぁのう......些かやりすぎじゃった気もするが......。」


「些かと言うか、完全にやりすぎでしたよ。攻撃にも防御にも使えそうでしたし。」


俺の頭の中で財布を鎖鎌のように振り回すナレアさんが邪悪な笑みを浮かべている。

まぁ、財布に入っているのもお札とかじゃなくて硬貨だしな......相当な攻撃力がありそうだ。


「......それは良からぬことを考えておる顔じゃ。」


「......っていうか、ナレアさんは細工とか出来るのですから、僕が言わなくても最初から細めの鎖とか作れたと思いますけど?」


俺は八十年代の不良みたいなナレアさんのイメージを振り払うと、鎖について追及する。


「む......いや、あの時はとにかく財布を失う恐怖心に駆られておってな?多少大げさにやっておったのじゃよ。あの鎖で守っておったのは財布ではなく妾の心じゃ。」


うーん、心の守りがごつ過ぎると思うけど......。


「まぁ......心の鎧は大事ですからね。」


「適当じゃのう......。」


ナレアさんが半眼でこちらを見てくる。


「あー、そう言えば......鎖付き財布を商会に持って行かないかって話をしていましたね。」


「うむ。結構儲かると思ったのじゃが......。」


「うーん、お金ってそんなに要りますか?」


「今の所、まったく必要としてないのう。」


本当に使う機会が殆どない......宿に泊まる時、ご飯を食べる時、消耗品の補充の時、街に入るとき......一回街に滞在して金貨二枚も使うことは無いにもかかわらず、ダンジョンを攻略した際の報奨金は七桁もあったのだ。

まぁ、本来大規模な攻略隊で分けられる報奨金をたった二人......しかも殆ど経費も掛けずに攻略しちゃったからな......。

ほぼ全部ギルドに預けているとは言え、手持ちしている金貨も全く目減りしている様子が無い。

結構食事なんかは贅沢な物を食べている気がするけど、一番高い買い物ってオグレオさんに紹介してもらったギルドで買った魔道具だよね。


「とは言え、妾がお金を必要としなくなったのはケイと出会ってからじゃがのう。それまでは結構苦しい生活をしておったのう。」


「そうなのですか?」


「うむ。魔道具の開発に旅の消耗品、特に魔道具関係は非常に金を食うからのう。」


「あぁ、なるほど......。」


羊皮紙も決して安いものではないが......魔晶石はその比ではない。

ナレアさんは大量に魔道具を身に着けていたけど......あれって相場はどのくらいなのだろうか?

そういえば、昔デリータさんに魔晶石を見せて怒られたっけ......。


「それが今や、普通の物よりも高純度の魔晶石を使いたい放題......移動時間も短く消耗品の消費も殆ど無い。そして自分用の魔道具も殆ど必要としない様になったときたものじゃ。まぁ、贅沢を言えば強化魔法を使うことが出来ればよかったのじゃがのう。」


そう言いながらナレアさんは自分の手に嵌めている指輪を眺める。

俺の強化魔法が入っている魔道具だ。


「強化魔法は普段からケイが掛けてくれておるがのう。まぁ、そんな訳でケイとい......一緒に居るようになってからは......本当に楽をさせてもらっておるのう。経済的にも、それ以外においてもじゃ。」


「それは良かったです。」


「も、勿論、それが目当てと言う訳ではないのじゃ!」


俺がナレアさんに笑いかけるとナレアさんが慌てたように言う。


「それは分かっていますよ。」


「う、うむ。それならば良いのじゃ。うむ。」


「「......。」」


......な、なんか会話が途切れたと言うか......なんでしょうか?

ナレアさんの方を見ると顎に手を当てたまま顔を背けている。

それから一言も喋ることなく俺達はオグレオさんのお店まで歩き続けた。




扉を開けると鈴の音がなり、カウンターにいたオグレオさんが俺達へと視線を向ける。


「いらっしゃいま......っ!?」


ナレアさんの姿を確認したオグレオさんが目を見開き、慌ててカウンターの奥から飛び出してくる。

その様子を見たナレアさんが片手を上げて挨拶......いや、落ち着くようにジェスチャーをする。

オグレオさんは物理的に止められたようにびくりと硬直すると、胸に手を当てて一度深呼吸をした後落ち着いた笑みを見せる。


「ナレア様、御無沙汰しております。それと......そちらは、ケイさん......でしたね。その後魔術の研鑽に励まれていますか?」


「うむ、オグレオ、久しいのう。」


「オグレオさんの紹介状のお陰で無事に王都で魔道具を購入することが出来ました。ありがとうございます。お陰様で練習は出来ていますが......まだまだ未熟です。」


「ははっ!旅をしながらでは中々捗らないでしょうが、頑張ってください。貴方の作る魔道具を楽しみにしておきます。」


「ありがとうございます、がんばります。」


ちょっと最近練習をやっていなかったとは言い辛い。


「最近さぼり気味じゃないかのう?」


と思ったけど、あっさりとばらされる。


「な、ナレアさん!」


「ほほ、事実じゃろ?魔術の研鑽には日々の努力と言っておるのにのう。」


「うぅ......すみません。」


俺とナレアさんのやり取りを見たオグレオさんが少し驚いたような表情をしていたが、やがて先程よりも少しだけ晴れやかな笑顔を見せる。


「ははっ!どうやら随分と仲良くされているようですね。驚きました。ずっと一緒に旅をされていたのですか?」


「はい。この街でオグレオさんに会ってからはずっと一緒に。」


「そうでしたか......。」


嬉しそうにうんうんと頷くオグレオさん。


「い、いや。待つのじゃオグレオ!二人きりではないぞ!?他にも二人おるからな!?四人で旅をしていたのじゃ!」


何故かナレアさんが慌てながらオグレオさんに言う。

確かにレギさん達の事はオグレオさんに話したことは無かったかもしれないけど、そんなに慌てて言うことですかね?


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