第340話 鬱陶しい



アースさんを見送ったその日のうちに俺達は龍王国の王都に到着した。

相変わらず整理の行き届いた活気というか......グラニダ領都の弾けるような活気とは随分と趣が異なるね。

そんな街の様子を見ながら俺達は以前使っていた宿とは別の宿に入る。

以前来た時にリィリさんが目を付けていた宿の一つらしい。

龍王国は食事処も宿も多いからリィリさんとしては嬉しい限りだろうね。

まぁ、俺達もリィリさんの見つける美味しご飯を楽しみにしているので文句は一つもない。

とりあえずカウンターで手続きをすまし、数日分の宿代を払った後各々の部屋へと向かう。

荷物を降ろしてから食堂に集まり今後の予定を決めるのだけど......ここのお勧め料理は何だろうか?

まぁ、注文はリィリさんに任せておけば問題ない。

準備を済ませて食堂に来たのだが、どうやら俺が最初だったようで、他の客も含めて店内には誰もいない。

夕方前という微妙な時間帯だからかな?

とりあえずテーブルについて皆が来るのをしばらく待っていると、注文を取りに来た店員さんに声を掛けられる。


「何を注文されますかー?」


「あー、すみません。仲間が来るのを待っているので、注文はそれからでいいですか?」


「はーい。」


......何故か元気よく返事をした店員の女の子が離れていかずにこっちを見ている。


「......えっと、なんでしょうか?」


「いやーこの時間帯って暇なんですよねー。」


「はぁ。」


まぁ、俺以外に誰もいない食堂を見る限りそうなのだろうけど......リィリさんお勧めのお店にしては流行っていないのだろうか?


「お昼時と夕暮れ頃からは滅茶苦茶込みますよ?」


「......なるほど。」


今初対面の人に心を読まれたと思う。

この世界の人は本当に標準装備なんだな......。


「まぁ、接客をしていると自然とですねー。」


そんな高度な接客があるのだろうか......。


「それはそうと、おにーさん何処から来たの?冒険者だよね?」


「えぇ、冒険者であってますよ。元は都市国家の方から来ましたが、今回は東方からですね。」


「へー色々回ってるんだね!それにしても都市国家はともかく、東方?すっごく危ないって聞くけど......。」


明るく人懐っこい方だ。

読心術も含めて......この宿の看板娘ってやつだろうか?


「そうですね。噂の通りだと思いますよ。この辺と違って怖いのは魔物ではなく人間ですが......僕が行っていた場所はとてもいい所でしたが......そこまでの道中はやはり荒れていましたね。」


「そうなんだー。王都にいるとそう言うのって遠い世界って感じがするけど......そんなに離れていないんだよねぇ。」


「そうですね。国境を超えたらすぐって感じなので......。」


......普通の人だと国境までどのくらいかかるんだ?

龍王国は山が多いから直線ではいけないだろうし......うん、全然分からん。


「でも、おにーさんはあんまり強そうじゃない感じだけど、よく無事だったねー。」


「あはは。まぁ仲間と一緒ですからね。」


まぁ、見た目弱そうなのは自覚してますけど......客商売でそんなずばっといいます......?


「あーなるほど。確かにおにーさんのお仲間さん、すっごい強そうな人いましたよね。あの大きくて禿げてる......。」


......あれ?

この場にいない人から何故か物凄い殺気が発せられたような......いや、殺気とか読み取れないけど......でも身の危険は感じた......。


「女の子は二人とも可愛かったけど......あんな感じでもきっと腕利きなんですよねー。」


「おや?なんでそう思ったのですか?」


宿の手続きをした時に見たのだろうけど、別に普通に台帳に記入しただけで実力が分かる様なやり取りは無かったと思うけど......。


「ん?だっておにーさんたち東方からここまで来たんでしょ?国境からここまでどういう道で来たか分からないけど、王都の東側はあまり大きな街ってないよね?まぁ途中の村とかで休んで来たにしても、怪我をしている様子が無いどころか髪も艶々で汚れている様子も全然ないんだもん。」


確かにこの世界の旅路で、ナレアさん達程身だしなみを整えられる人達はそうそういないだろう。


「なるほど......よく見ていますね。」


「いやー観察眼には自信があるんだー客商売だからね。」


客商売が万能すぎる......。


「まぁ、髪とかがすっごい綺麗だからつられて色んな所に目が行っただけなんだけどさ。」


「なるほど、そういうことですか。」


ナレアさん達は毎日お風呂に入っているし、その際に髪を洗う油みたいなのを使っているらしい。

何故か俺には分けてくれないのだが、リィリさんと二人で使っているらしい。

まぁ、俺は俺で塩水に香油を少し垂らしたものを使って洗っている。

昔グルフの毛並みを整えるためにシャンプーとかを探した際、教えてもらった方法だ。


「髪や服装もそうだけど......お二人とも凄く可愛いですよねー。」


「そうですね。」


「ちなみにどちらがおにーさんの恋人なんですか?」


「え?」


......こいびと......あぁ、はいはい、恋人ね。


「あ、恋人じゃなくって奥さんでしたか?」


奥さん?

......奥さん?


「......いやいやいや、違いますよ。お二人ともそういう関係ではありません。」


「あれ?そうなんですか?四人で組んでいるみたいだからてっきり......。」


そこまで言った店員さんは何かに気付いたようにハッとする。


「もしかして二人ともあの禿げた人のお手つ......。」


「違いますよ!」


なんか恐ろしい事を口走ろうとした店員さんの台詞を止める様に言う。


「あー、そうですかー、ってことはおにーさん一人であぶれているんですね......。」


同情するような視線を向けてくる店員さん。

いや、何ですかその悲しいにも程がある仲間事情は......。


「いや、違うって言ってるじゃないですか......。」


「またまたー、辛い夜を過ごされていたんですね......。」


「......。」


こいつ人の話聞く気がないな......。

俺の様子が変わったのを察したのかあははと笑いながら手をパタパタと振る店員さん。


「冗談ですよー。怒らないでくださいよー。」


俺はため息をつくと店員さんに一言。


「仕事しなくていいんですか?」


半眼で言う。


「お客さんの相手をするの立派な仕事です!まぁ、休憩みたいなものですが......これから地獄のような忙しさになりますしねー。」


「......。」


いや、明け透けなのはいいと思うけどさ......接客とは一体......。


「まぁまぁ、私の事は良いじゃないですかー。それよりおにーさんはどちらの娘が好みなんですか?」


「......。」


この人はさっきから何を言っているのだろうか......?

流石にちょっとイラっとして来ているのだけど......客相手に突っ込んで来過ぎじゃない?。

いや、客じゃないにしても初対面の相手にここまで突っ込んでくる人がいるだろうか?

......何か狙いでもあるんじゃないだろうか......?


「ねぇねぇ、どっち?どっちを狙っているんですかー?」


「......。」


無言で抗議してみたけど、全く通じていない......最初に言っていた客商売だからってのは何処に行った......。


「栗色の髪をした胸の大きな娘ですか?それとも銀髪の小柄な娘ですか?」


「......。」


「まさか......禿の人狙いですか?」


「そんなわけないでしょ!」


あまりにも恐ろしいことを言われたので反応してしまった。


「じゃぁ、どっちですか?大きい方?小さい方?」


それって体の一部じゃなくって身長の事ですかね?

とりあえず、何も言うつもりはない。

危険すぎる聞き方だ。


「......。」


「二人ともとても魅力的ですよねー。」


「それについては同意しますが......。」


「ですよねーとっても可愛いですよねー。それで本命はどちらで?」


「......。」


この世界に来て......ここまでうっとおしいと思ったのは初めてかもしれない......。

いや、そもそも鬱陶しい人って今までいなかったか......?

ふと、朗らかな笑い声が聞こえた気がするけど、多分気のせいだ。


「ふーん、どちらも好みではないとー。では私はどうですか?」


「いえ、お断りします。」


「あはは!即答ですねー。こう見えても私結構モテるんですけどねー。」


まぁ、明るく人懐っこいし顔も可愛い感じで看板娘として人気はありそうだけど......今の俺にとっては、非常に鬱陶しくてめんどくさい相手だ。


「まぁ、でも大体分かりました......お二人とも、しっかり本命はいそうですよー。」


店員さんはそう言って俺から離れ扉の方に声を掛ける。

嫌な予感を覚えつつ扉の方に振り返ると......こちらを覗くように顔を出していたナレアさんとリィリさんが居た。


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