第337話 大事な話
「まぁ、どうでもいい話はこのくらいにして、じゃ。」
「どうでもよくないよー。」
「このくらいにして!じゃ。」
何やら熾烈な攻防がナレアさんとリィリさんの間で繰り広げられているけど......個人的には飛び火する前に次の話題に行きたい。
「アースよ。そろそろお主が手掛けて追った物を見せてもらえぬかの?」
「おぉ!そうでしたな!すぐにお持ちいたします、少々お待ちください!」
そう言ってばたばたと別の部屋へと向かうアースさん。
強引に話を切り替えたナレアさんだったが、リィリさんも深追いするつもりはないみたいで自分の背嚢をごそごそとやっている。
レギさんも危険はもうないと判断したのか、少し冷えてしまったお茶に手を伸ばしゆっくりと飲み始めた。
「ナレアさん。」
「な、なんじゃ!?」
俺がナレアさんを呼びかけると、思いの外激しい返事を受けてしまった。
俺が面食らっているとナレアさんがバツの悪そうな顔になり咳払いをする。
リィリさんが口元に手を当てて肩を震わせている。
「いや......すまぬのじゃ。どうしたのじゃ?ケイ。」
若干頬を赤らめたナレアさんが一瞬リィリさんを睨んだ後、俺に問いかけてくる。
「えっと......アースさんが手がけた魔道具ってどんなものかなと思いまして......。」
俺がアースさんと言った辺りでナレアさんの表情が消え、リィリさんがため息をつく......俺はそんな悪い事を言っただろうか......?
俺の動揺が伝わったのか、ナレアさんの表情がすぐに色を取り戻した。
「ふむ......あーそうじゃな......以前ケイから聞いた物の試作といったところじゃが......。」
若干奥歯にものが挟まったような物言いだけど......。
「......あれじゃな。風景を記録すると言っておったことがあったじゃろ?」
「あーカメラの話でしたっけ?」
「カメラ......じゃったか?確か監視をするのに後から見直せるとかなんとか言っておったと思ったのじゃが......。」
「あー、思い出しました。遺跡の監視をするのにって話ですね。出来たのですか?」
「いや......それが中々難しくてのう。以前グラニダで視覚共有の魔道具を使ったじゃろ?」
「えぇ、ファラと視覚共有した奴ですね。」
「視覚という感覚を共有させることは出来たのじゃが、魔道具自体に物を見せるというのが出来なくてのう......それが出来れば次の段階に進めると思うのじゃが。」
「なるほど......。」
恐らくカメラのレンズの部分というか......映像として取り込む部分が出来ない感じなのだろうな......恐らく目で見るっていうメカニズムを説明出来れば、ナレアさん達なら応用できるのだろうけど......光が当たってそれが反射したものを取り込んでいるから目で見ることが出来る......とかだっけ?
視覚情報の共有は映像を飛ばしているわけじゃなくって、感覚を繋げる魔道具みたいだね。
そっちの方が俺は理解出来ない気がするけど......。
「それでじゃ、音なら取り込めるのではないかと思ってのう。」
俺が上手く説明できるか悩んでいると話は次の段階に進んでいた。
「音を......あぁ、既に遠距離通信用の魔道具で音を取り込めているからってことですね?」
「うむ。それを元に、音を保存する魔道具を試していたのじゃ。」
「なるほど......それはかなり便利ですね!」
「うむ!中々面白い物が出来たと自負しておるのじゃ。」
レコーダー......いや蓄音機だろうか?
どちらにせよ便利には違いない。
母さん達の手紙......というか魔道具でのやり取りみたいなことが出来るようになるってわけだ。
遠距離通信よりも一般に流しやすい技術ではないだろうか?
「ナレアちゃん......ノリノリで説明している所悪いけど......その辺、アースさんが実物を見せながら話したかったんじゃないかな?」
「......。」
確かに......共同で研究していたとは言え、今現物を取りに行っている人を待たずに全部発表しちゃうのは......いや、そもそも聞いたのは俺だけど......。
「そ、そんな画期的な代物じゃから......皆、大いに驚いてやって欲しいのじゃ......。」
それどっきり仕掛けますよって事前に知らされているやつじゃないですか......。
うきうきした様子で戻って来たアースさんを見て、俺達は若干げんなりした雰囲気を隠せていなかった。
「アースさんはこれから人里に出るのですよね?」
若干居たたまれないアースさんの研究発表の後、俺はアースさんの今後について尋ねていた。
「えぇ!そのつもりですとも!いや、実に楽しみですな!はっはっは、いや、はっはっは!」
「研究発表はまだせぬのじゃな?」
「そうですな!世間の常識を覚えてからにしようと思っております。そうでないといらぬ混乱を引き起こしそうですしな!はっはっは、いや、はっはっは!」
常識......常識は大事ですね。
俺がこの世界に飛び出した時は、本当におっかなびっくりでしたよ......。
「うむ、それがいいじゃろうな。それに人の世では金もいるしのう。」
「あぁ、お金ですか......概要は知っておりますが......どう稼いで何に使えばいいのですかねぇ?」
「アースは食事も必要じゃないしな......。」
アースさんがお金についてどうしたものかと言うと、レギさんも首をひねる。
基本的にこの世界においてお金は衣食住の確保の以外には殆ど使うことは無い。
後は税を納めるくらいだろうか?
アースさんが人里に出たとして......住む場所の確保くらいかな?
「まぁ、稼ぐのは魔道具を売れば問題ないじゃろうな。稼いだ分を何に使うかといえば......羊皮紙や魔道具、それに魔晶石や研究資料なんかは結構値が張るのじゃ。」
「おぉ、羊皮紙ですか!遺跡にいた頃は本当に苦労しましたからな......好きなだけ使えるのは素晴らしいですな!では、さっそく街に下りますかな。はっはっは、いや、はっはっは!」
そう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとするアースさん。
「待て待て、アースよ。少し落ち着くのじゃ。人里に行くのは良いが、何処に向かうかは決めておるのかの?」
「そうですな......特に何処と決めているわけでは無いのですが......確かこの辺りは龍王国でしたかな?そこの王都にでもいきましょうか。」
龍王国の王都か......魔術師ギルドはあったけど......かなり人材不足に陥っていたし、アースさんが加入したら相当喜ばれそうだけど......魔道具の技術か......。
そう言えば......。
「ふむ。まぁ王都であれば問題ないかのう?その辺の村では材料の入手や魔道具の販売は難しいからのう。」
「それは良かった。ではやはり王都を目指すことにしましょう!」
「まぁ、妾としては魔道国を目指すのも悪くないと思うがのう。古代の魔道具には及ばないとは言え、あそこは今の時代での魔術の最先端じゃ。アースにとってもいい刺激になると思うが......まぁ、西方の国じゃから距離は結構あるがのう。」
「なるほど!それも面白そうですね!旅をしながら人の世に慣れていくのも悪くないかもしれません。魔道国ですか......ふむ。」
「あーそのことなのですが。」
考えがある程度纏まったので提案してみることにした。
これ以上ナレアさん達の話が進んでしまうと確定してしまいそうだしね。
「現代の魔道具の技術を学ぶっていう点では劣ると思うのですが、アースさんにグラニダに行ってもらうのはどうでしょうか?」
「ふむ......なるほど。グラニダか。」
「グラニダと言うと......確か先日まで皆さんが滞在しておられた国ですな。」
「正確には国と言う訳ではないが......まぁその認識で合っておる。」
「だがケイ。なんでグラニダなんだ?」
「えっと、アースさんにとってもグラニダにとってもそれぞれ利点があると思いまして。」
そう言って横に座っているレギさんの方を見る。
まぁ、レギさんと言うよりアースさんに説明する感じではあるけど......。
「まず、アースさんの利点ですが......現在既に攻略済みのダンジョンがあり、また遠くない内に新しいダンジョンが発生することで、グラニダ領内では魔晶石が豊富に流通する可能性があります。これについては西方でも同じことが言えるかもしれませんが......グラニダについてはもう一つ、領主であるカザン君が、魔道具の研究開発に力を入れたがっているという背景があります。」
「それはつまり、カザンにアースを紹介するっていう事か?」
「はい。アースさんは研究に必要な援助を受けることが出来ると思いますし、何よりカザン君とのつながりが出来れば身元の保証等も得られると思います。勿論、研究成果や方向についてはカザン君達と協議が必要だと思うので、今までのように好き勝手に研究と言う訳にはいかないかもしれません......それに技術指導を頼まれることもあると思います。そういった意味では、利点だけではなく煩わしさも多いかもしれません。」
アースさんは俺の話を静かに聞いてくれている。
そしてレギさんは顎に手を当てながら考え込んでいる様子だ。
皆の様子を見ながら俺は話を続ける。
「グラニダにとっては......まぁ言うまでも無いかもしれませんが、アースさんの高い魔道具の作成能力、知識......後は戦力としても期待するかもしれません。戦争に使う為の戦力ではなくダンジョン攻略の際のといった感じですが。」
グラニダ領内に開発できる場所がまだ山ほどあるみたいだし、わざわざ外に向けて領土を拡大するつもりはカザン君にはないだろう。
「なるほどな......だが、こいつ、アースは......魔物には違いない。それに俺達も付き合いがあるとは言え、そこまで長い知り合いと言う訳でもない。グラニダに災厄をもたらさないとも限らないぞ?」
「グラニダに災厄......いえ、カザン君達に迷惑をかけるようでしたら、僕がアースさんを処分します。」
かなり物騒な物言いだとは思う。
レギさんもきっぱりと言い放った俺に驚いたのか、眉を少しだけ跳ね上げた後目を瞑る。
「紹介した時点で厄介事を押し付けるとも言えますしね。ロクでもないことをする様なら紹介する以上、僕が責任を持ちます。開発する物についてはナレアさんにも確認してもらいたいところですが......趣味で作った物まで監視するつもりはありません......因みに、変な事......しませんよね?」
俺がアースさんを見ながら念を押す様に問いかけると、物凄い勢いでアースさんが頷く。
無表情なのが若干怖いけど、必死な感じは伝わってくる。
「勿論ですとも!こんなスケルトンと普通に会話をし、受け入れて下さった皆さんの......何より名前を与えて下さったお父さんの顔に泥を塗るような真似、絶対にいたしませんとも!」
真剣な様子で言ってくるのだが......呼び名がふざけているようにしか聞こえない......多分真剣だとは思うのだけど。
「ふむ......アースについては分かった。じゃが、カザンにとって魔物であるアースを抱えるというのは、かなりの危険を伴うと言えるじゃろう。アース自身が危険でなかったとしても魔物には違いない。何かの拍子に正体がバレてしまった時、領主としての信用が失墜してしまうことは想像に難くないのじゃ。それについてはどうする?」
レギさんに変わり今度はナレアさんが問いかけてくる。
「そこは結構悩んでいます......カザン君との関わりを薄くするというか、表向きは距離を取るような感じがいいのか、それとも思いっきり懐に入り込む方が良いのか......技術提供をするだけの関係というのも考えましたが......それではアースさんの希望である人と関わるという望みが叶えられません。」
この点については俺一人では考えきれないとは思っている。
アースさんの希望やカザン君の希望、その辺が大事な話だ。
ただ、問題が起こってしまった場合......その火消しには全力で取り組むつもりだ。
「なるほどのう。うむ、分かったのじゃ。その辺はアース、そしてカザンと話し合って決めるべきじゃな。」
「ふむ......話を聞く限り、皆さんにもそしてその御領主にも相当な迷惑や御負担になると思うのですが......よろしいのですか?」
「まぁ、妾達は紹介するだけじゃ。勿論アースの事情、良い点や悪い点も全て伝えた上で判断してもらえばよい。一先ず、お主としてはケイの提案はどうかな?」
「そうですな......私としては特に問題はありません。まぁ出来れば人と関わり合いながら生活してみたいとは思いますが、皆様にご迷惑をかけてまで、とは思いますね。紹介して頂けるのでしたら、是非お願いしたいと思います。」
「わかったのじゃ。では、ケイよ。お主の提案じゃからな、カザンへの紹介は任せるのじゃ。」
「分かりました。魔道具の技術的な事や開発の展開についてはお任せしてもいいですか?」
「うむ、勿論じゃ。そこは任せるがおい。」
「お父さん、よろしくお願いします。」
......どうもこの呼び方をされるとやる気が減衰するのだけど......まぁカザン君の為だと思えばいいか......。
カザン君の為になるよね......?
厄介事押し付けるだけにならないよね?
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