第322話 味方零



「えっ!?あ、皆さん帰ってきていたのですね!?」


一瞬時が止まったかのように硬直していたカザン君だったが、次の瞬間破顔して俺達に歩み寄る。


「すみません、不逞の輩が家に入り込んで。」


「約束も無しに領主の館に訪れたのじゃ。文句を言われても仕方ないのう。」


「そうだねぇ......こうやってノーラちゃんの事も拘束している事だし。」


俺とナレアさんの言葉に続けて、ノーラちゃんの事を膝に乗せながら頭を撫でているリィリさんがカザン君に告げる。


「礼を逸しているのは重々承知しているがな。」


レギさんがそう言うとカザン君が慌てる。


「いえ!私が皆さんにはそうして欲しいとお願いしていたわけですから......。」


そこでカザン君が何かに気付いたように動きを止める。


「ケイさん......先ほどからおっしゃっている不逞の輩というのは......?」


「カザン君が俺達の事をそう呼んでいたんじゃなかったっけ?」


「約束もなく訪れた無礼者たちに文句を言ってやるとも言っておったのう。」


俺とナレアさんが先程の台詞を思い出しながら言うと、顔を掌で覆ったカザン君が痛みを堪えるかのように言う。


「......どこから聞いていたのですか?」


「そりゃまぁ、この部屋からだけど......。」


「いや......そう言うことでは無くてですね......。」


「まぁ、レーアさんから客が来たって聞いたところから?」


「......館に入った直後からということですね。」


はぁ、と大きなため息をつくカザン君。


「防諜の大切さって言うのが身に染みた気がします。トールキンもう少し強化出来ないか?」


傍らに控えているトールキン衛士長を見ながらカザン君が言う。


「......申し訳ありません。努力はいたしますが、相手がこの方々だと少し......いや、かなり不安があります。」


「......すまない。無茶を言った。」


いや......無茶って程の事じゃ......いや無茶かな......。

因みに、ノーラちゃんを含めてこの部屋にいる全員の聴覚を強化していたので、カザン君とレーアさんの会話は全て筒抜けになっていた。

壁を隔てて、さらにかなりの距離がある状態の人間が聞き耳を立てるのを防げるとは到底思えない。

出来るとしたら魔道具で会話している音を遮断するとか......?

あ、幻惑魔法を使った魔道具で実現できそうだな。


「まぁ、不審者が今日みたいに館に押し入ってきたら大変だしね。」


リィリさんの台詞にカザン君が頭を抱える。


「......そろそろ勘弁してくれませんか?っていうか母様もグルですね!?」


「あら?何の事かしら?」


「いやいや、それは白々し過ぎますよ!この状況で母様が皆さんのことに気付いていなかったとは言わせませんよ!」


「あら?そう言えばお客様がナレア様達だと伝えていませんでしたね?」


顎に指を当てながら小首を傾げるレーアさん。


「......そう言えば所々不思議な言い回しをしていたような......しかし知らない人だと......。」


「私はお客様の事を見知らぬ人だとは言っていないけど?」


「え?......いや、確か......商人には見えない、としか言ってない?」


一瞬きょとんとしたカザン君だったが、レーアさんとの会話を思い出す様に眉間に拳を当てて台詞を続ける。


「そうねぇ......。」


「そう言えば今更追い返すとか......アレはこちらの反応を見ていたわけですか......っていうか、皆さんが戻ってきていたのならなおの事連絡を下されば......。」


「いくらなんでも客人を優先することは無いって言っていなかったかしら?」


「ぐ......。」


カザン君がレーアさんにめっちゃいじめられているな。

レーアさんは物凄く楽しそうだけど......カザン君はグギギと言わんばかりに歯を食いしばっているような。


「しかし......それでわざわざトールキンを護衛に......というかトールキン!知っていたな?」


「......はい。」


「いやー流石に部下の人に詰め寄るのはどうかとー。」


俺が言うとカザン君の動きがぴたりと止まる。

何かを堪えるようなしぐさを見せた後、カザン君が深いため息をつく。


「そうですね......すまない、トールキン。」


「いえ......奥様に申しつけられたとはいえ、申し訳ありませんでした。」


「母様!」


「あら?」


打てば響くって感じだな。

トールキン衛士長も若干楽しんでいる節がある気がする。


「はぁ......まぁいいです。というか色々と突っ込みどころが多くて遅くなりましたが......おかえりなさい。無事戻って来てくれて嬉しいです。」


そう言ってカザン君は嬉しそうに笑った。




俺達はカザン君の誘いで食事を共にした後、サロンに集まってのんびりしていた。。

レーアさんが昼から用意するように言っておいてくれたらしく、中々豪勢な食事だったのだが......やはり皆のテーブルマナーとの格差を感じました。

流石に母さんはテーブルマナーは教えてくれなかったしね......。


「戻って来たという事は、目的は果たせたのですね。」


「うん。なんとか無事にね。」


食事中は給仕の方もいたのであまり突っ込んだ内容は話せなかったのだ。

因みに今近くにいるのはカザン君とレギさんだけで、残りの女性陣は四人で固まっておしゃべりをしているようだ。

近づくと碌なことにならないのは目に見えているので、向こうに行くつもりは三人ともない。


「地形や生息していた動植物なんかの情報は纏めてあるから後でやるよ。」


レギさんがそう言うとカザン君は頭を下げる。


「とても助かります。まだ領内には魔物の情報が少ないので......。」


「魔物が少ないってわけでもないんだろ?」


「そうですね......巡回している部隊が発見次第仕留めているのですが......あまり詳しい情報が残っていないのですよね。魔物がいたので討伐した。みたいな報告なので。」


「ふむ......今後は積極的に情報を集める方が良いだろうな。カザンが進めている事業もあるだろ?」


「そうなのですよね......。」


冒険者ギルドのような組織を作るのであれば、今後魔物の情報や狩る時のノウハウなんかは大事だろうからね......軍で処理するとどうしても軍隊としての戦い方をするから少し違うと思うし。


「昼間にレーア殿と話した時にな、一つ話を受けたんだが......。」


レギさんが木彫りの人形を出しながら、昼間レーアさんと話した内容をカザン君に告げる。

真剣な表情でレギさんの作ったデフォルメ木彫り人形を見るカザン君だったが、やがて顔を上げてレギさんに向き直る。


「レギさん。今の話を事業として買い取らせて貰えませんか?」


「買い取るも何も......今話したのは俺の案じゃないし、こんな木彫りの人形くらい誰でも作れるだろう?」


いや、この人形は誰でも作れませんよ......?

これ相当出来がいいですし......結構な職人技が必要だと思います。


「ですが......。」


「まぁ、落ち着け。魔物の情報を集めやすくする仕組みが大事なのは俺も重々理解している。そしてレーア殿の意見は確かにいいものだと思ったからお前に伝えたんだ。事業として立ち上げたいわけでも、権利を主張したいわけでもない。お前の裁量で好きにしろ。」


「私の裁量でいいなら、是非対価を支払わせて下さい。」


「そういうのはいいって言ってるだろ?」


「しかし......。」


「俺は人形をノーラに土産として持ってきただけだ。そこから案を出したのはレーア殿だ。どうしても対価を支払いたいならレーア殿に払え。」


「......分かりました。」


「ったく頑固な奴だ。」


「レギさんがそれを言いますか?」


レギさんとカザン君が睨み合っている。

まぁ、払いたいと無料でいいがせめぎ合っている不思議なやり取りだけど......まぁ二人らしいと思うし、二人とも頑固だ。


「......では次の話なのですが。」


「次?」


椅子に深く座りなおしたカザン君がレギさんに話しかける。


「流石に魔物の木彫りがこれだけじゃ足りませんからね。出来れば知っている限りの魔物の姿を彫って欲しいのですが......。」


「あぁ......そりゃな。これじゃ足りないってのは分かるが......俺を殺す気か?いくら何でも十や二十じゃ効かないぞ?」


カザン君がにやにやしながらレギさんに伝えると、レギさんが顔色を変えて身を乗り出す。

対照的にカザン君は先ほど椅子に深く腰掛けて余裕の態度だ。


「えぇ、僕も心苦しいのですが......魔物の情報が手元にない物で......職人に依頼しようにも何を彫ったらいいものか伝えられないのですよ。」


「......それは......確かに......そうかもしれねぇが......。」


「これは領民の安全に関わることですから......早急に何とかしたいと考えていた所、いい案をいただいたので、これは是非とも......。」


「いや......それは分かるが......しかしな......。」


珍しくレギさんが依頼を受けるのを躊躇っているな......まぁ、冒険者が受ける依頼とはちょっと毛色が違うしな。

先程までかっこよく金はいらねぇと言っていた人とは思えない程、苦渋に満ちた表情をしているレギさんを見ながら俺はお茶を一口飲んだ。


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