第320話 お説教



「ごめんなさい......少し興奮し過ぎました。」


意気消沈してしまったノーラちゃんが俺達に向かって謝っている。

ノーラちゃんが窓から飛び出した時、俺達は慌てて飛び出してしまったが、ノーラちゃん的には俺の渡した魔道具があったので問題ないという認識だったようだ。

まぁ、実際魔道具はちゃんと効果を発揮していたし、シャルの背に一度は乗ったように見えたけどシャルが言うには接触せずに少し浮いていたらしい。

大事が無くて良かったとは思うけど、魔道具を渡した手前俺はあまり叱れないというか胃が痛い......。

いや、本当は魔道具を渡した俺が怒らないといけないのかもしれないけど......。


「ノーラ様!魔道具をケイ様から貰って嬉しいのは分かります!ですがいつも高い所から飛び降りない様にと申しているではありませんか!」


ネネアさんが大激怒中だしな......。


「......ごめんなさい。」


ネネアさんの様子を見るにノーラちゃんが高所から飛び降りるのはこれが初めてではないらしい......まぁ、怒られるのは仕方ないと思うけど......俺が渡した道具のせいで怒られているのを見ると居たたまれなくなるというか......俺も怒られている気がして謝りたくなる。


「まぁまぁ、ネネア。そのくらいにしてあげて。ノーラもちゃんと分かっているわよね?」


館の前でネネアさんのお説教を聞いていると、扉からレーアさんが出て来てノーラちゃんをかばう様にネネアさんに言った。


「......はい。」


「しかし奥様......大怪我をしてからでは......。」


そこまで言ったネネアさんの言葉を止めるようにレーアさんが手を上げる。

そして俺達の方をみたレーアさんがにっこりと笑う。


「皆様、長い旅路お疲れさまでした。無事の御帰還、心より嬉しく思います。」


「ほほ、レーア殿も壮健そうでなによりじゃ。突然ではあったが立ち寄らせてもらったのじゃが......。」


「我が家に皆様に対して閉ざす門はありません。皆様の良き時にふらりと訪れて頂ければいつでも歓迎させていただきます。ノーラもカザンも、そして勿論私も皆様と会えることを本当に楽しみにしていますので。」


レーアさんがノーラちゃんの頭を撫でながら言う。


「ありがとうございます!行った場所が場所なのであまりお土産はありませんけど......どんな場所だったかお話しはいっぱいあるので!」


リィリさんが元気よく言うと、若干レーアさんの笑みの種類が変わった気がする。

外行きの笑顔から家族や友人に見せるような素直な笑顔と言った感じだ。

リィリさんはリィリさんで、しょんぼりしちゃったノーラちゃんに聞かせるようにいつもより明るく言っている感じがするね。


「さて......ノーラ。貴方が大怪我をすることでここに居る全員が悲しみます。それは分かりますね?」


「......はい、母様。」


「それに貴方がケイ殿から頂いた魔道具の事を信頼しているのはよく分かります。ですがあなたが危険な使い方をすることで......御覧なさい、ケイ殿がさっきからお腹が痛そうな顔になっていますよ。」


「っ!ご、ごめんなさい!ケイ兄様!」


ノーラちゃんが一瞬目を真ん丸に見開いた後、深々と俺に向かって頭を下げる。

俺そんな顔に出ていましたか......?


「う、うん。レーアさん達の言うことを聞いて安全に使ってくれると嬉しいな。」


「はいです!」


謝るノーラちゃんの姿を皆が優しい目で見守っている。

単純だけど、少しだけ気が楽になったような......もう少し魔道具を渡す時は慎重にならないといけないなと反省が募る様な......。


「ノーラ。最後に一つ。」


「はい。母様。」


若干緊張した面持ちでレーアさんに返事をするノーラちゃん。


「皆様に言うことがあるでしょう?」


そう言いながら軽くノーラちゃんの頭をぽんと叩くレーアさん。

一瞬言われた意味を考える様に固まったノーラちゃんだったが、すぐに俺達の方に向き直り満面の笑みを浮かべる。


「リィリ姉様、ナレア姉様、ケイ兄様、レギ兄様!おかえりなさいませ!」


約一か月振りの、ノーラちゃん達との再会だった。




「そうですか......やっぱりカザン君は相当忙しいのですね。」


俺達はレーアさんの部屋に招かれていた。

一応お土産として色々と黒土の森で採取した果物を渡したのだが......まぁ、相変わらず微妙な味だ。

レーアさんは面白がって色々な果物に手を出していたけど......そのたびに百面相をしている。


「えぇ。まだ領内を安定させるには時間がかかります。父は領都を離れ各地の地方軍との折衝を続けております。一部を除き治安は安定しておりますが......あの地方はもう少し時間がかかりそうですね。」


あの地方......反乱に加わった地方軍の治めていた場所か。

確か上層部は全部潰して......無体を行っていた兵も全員別の軍に編入、かなりきっつい更生メニューを課されているって聞いたっけ。

反乱に加わったにしては軽い刑罰のような気もするけど......いや、軍隊のきついしごきって奴を知らないからそう言えるのかもしれないけどね。

カザン君曰く、死ぬほどキツイって事だったし......まぁ、犯していた罪の重さによってはそのまま牢屋送りらしいし......軽いって言うのは話しか聞いてないから出てくる意見なのかな。


「流通の方はもう問題ないのかの?」


「安定はしてきたと言った所でしょうか?商隊の護衛を地方軍が行っている所もあるのですが......その辺は私の方ではあまり詳しくなくて......申し訳ありません、ナレア様。」


「いや、妾の方こそ無粋であった。軽々しく首を突っ込むことでは無かったのじゃ。すまぬのう。」


「いえ、ナレア様達に二心があるとは考えておりませんので。心配してくださっている事は十分理解しております。」


そう言って紅茶を一口飲むレーアさん。

そのしぐさ一つとっても気品がある......って言うかレギさんやリィリさん、ナレアさんも当然のように優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。

その隣ではこれまた当然のようにノーラちゃんも上品な仕草で......あれ?

俺だけなんか格が違う......自分だけ格が違うって言うと凄そうな感じがするけど......この場合下向きだからな......気を抜くと紅茶啜りそうになるし......。

そんな俺の様子に向かいに座っているレーアさんが気付いたのか、こちらを見ながら柔らかく微笑んでいる。

......レギさんとかにこういったマナーとか習おうかな......。

そんなことを考えていると、レーアさんがテーブルの上に置かれたレギさんお手製の木彫りの人形に目を向けた。

因みにいくつか人形はノーラちゃんの膝の上に置かれている。


「それにしても本当に可愛らしい魔物ですね。このような魔物がいるのでしたら私も是非会ってみたいものです。」


「いやいや、レーアさん流石にこんなに丸っこくて可愛い魔物じゃなかったですよ。これは私達が見た魔物をレギにぃが可愛く加工したんですよ!」


「レギ殿が作られたのですか。とてもお上手ですね。」


「ちょっとした手すさびですよ。折角ですので話のついでにこのような魔物がいたと見せるのにいいと思いまして。」


「ふふ、でもこんなに可愛くては少し危機感が薄れてしまいますわ。」


膝の上で人形を撫でているノーラちゃんの様子を見ながらレーアさんが笑う。

ノーラちゃんが持っているのは、招き猫ポーズをしている爪牙のデフォルメ人形だ。

まぁ......確かにアレに危機感は持てないな。

因みに三人並んでポーズをとっているバージョンもある。

全員同じポーズではあるのだけど......一瞬、見ざる聞かざる言わざるの工芸品を思い出したよ。


「すみません。魔物は基本危険な生き物ですから......教育に悪いですかね?」


レギさんもノーラちゃんの様子を見ながら若干眉をハの字にしている。


「......教育......ですか......なるほど......。」


そう言って少し考え込むように口元に手を当てて小首を傾げるレーアさん。

その様子を見てナレアさんやリィリさんも小首を傾げる。


「どうしたのじゃ?レーア殿。」


「いえ......少し思いついたことがありまして。」


レーアさんが表情を変え、真面目な雰囲気で言葉を続ける。

木彫りの人形が何かまずかったのだろうか?


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