第315話 居たたまれない
『神子様。私の使った......お連れの方の声を模した魔法はいかがでしたでしょうか?』
爪牙弐の閃光事件から回復した俺達は感想戦を再開していた。
とりあえず爪牙弐は先ほどの光の威力を......文字通り目の当たりにして、何とか魔法で再現して見せると息巻いている。
その横にいた爪牙参が少し自信なさげに魔法の出来を俺に訪ねてくる。
その様子から自分でも上手くいったとは考えていないようだけど。
「そうだね......残念だけど、あれじゃ引っかかる相手はいないと思う。声も似ている気がするって程度だったし、声が聞こえてくる方向も君のいる方向からだった。あの場合最低でも声は俺の背後から聞かせないと反応しないね。」
『そ、そうですか......神子様があの一瞬動きを止めたようでしたので、何か動きを止めることのできる要因があったのかと思ったのですが......。』
あー確かに一瞬突っ込みどころが多すぎて動き止めちゃったけど......この子が望んでいるのはそういう事ではないだろう。
「確かに意外性があって一瞬動きが止まったかな?でもあれは、あの状況で相手が俺だったから、としか言いようがないかな。こちらに油断があったのだと思う。」
『油断、ですか......そこを突いて行くと言うのも悪くないのでしょうか?』
「油断を突くというのは非常に良いやり方だと思うよ。でもさっきの魔法じゃダメだね。十中八九失敗すると思うよ。相手の意表を突くやり方なら、最初の一発を確実に成功させないと駄目だ。」
『最初の一発......。』
最初の一回を確実に取っていく。
これはかなり大事だ。
相手を騙す上で成功率が一番高いのは、最初の一回なのは言うまでもないことだろう。
最初の一回にどれだけアドバンテージを取れる隙を作ることが出来るか、そこに注力するべきだ。
勿論、霧狐さんみたいに戦闘中にもひょいひょい幻惑魔法を使えるのであれば、あまり気にしなくていいかもしれないけど......。
それにしても爪牙参が随分と難しい顔をして悩んでしまっている。
まぁ、爪牙弐にもアドバイスというか、アイディアを渡しているし爪牙参にも何か参考になる様な事がないか考えてみよう。
音で隙を作るか......単純に耳元で大音量っていうのもありだけど......爪牙弐と組み合わせてフラッシュバンとして非殺傷制圧が出来そうだな。
しかし気絶させるほどの大音量となると......味方へもダメージがありそうだよね。
光の方は目を瞑って顔を逸らすとか幻で遮光するとか出来るだろうけど......いや、そう言えば幻で音を通さない様にも出来たな......いけるか?
いや、まてよ。
空が見えているとは言え、本来ここは地下だ。
そこで大音量の音爆弾なんてやれば......崩落してもおかしくないな。
ん?
幻の音は振動しているのだろうか?
さっきの爪牙参の魔法も、肉声のように聞こえた気はするけど......鼓膜を揺らして聞こえたかどうかは......流石にわからないな。
まぁ、その辺は自分で使えるようになってから検証したほうがいいか。
その辺が分からない以上、無闇に爆音による攻撃は地下では進めない方が良いだろう。
あ、でも音の範囲を相手の耳付近だけにすればいけるんじゃないか?
いや、それだと魔法の制御が複雑になって難易度が上がるかも知れないな......。
もっとシンプルに音を使う方法か......確かに霧狐さんが昨日やったみたいに、完璧に相手の仲間の声で話しかけるって言うのはありかもしれないけど......かなり技術がいるみたいだし......何より相手が一人だったらその手は使えない。
うーん......音......音か......。
後ろから自分に向かって誰かが走り寄ってくる音なんてどうだろうか?
振り向かせるまではいかなくても、一瞬の隙を作ることは出来そうだ。
いや、足音じゃなくても......草木を揺らす音、石を蹴る音みたいな......何かがそこにいると一瞬でも思わせることが出来ればいいかもしれない。
これなら、誰かの声を真似たりするよりも簡単ではないだろうか?
でも舞台上には草木や石は落ちていない......戦う場所、地面の状態に応じて工夫をしないといけないことを考えると難易度は高い気がする。
そう考えると爪牙弐に教えたような単純な方法の方が今は良い気がする。
......待てよ?
気を逸らすだけなら何も大音量である必要はないか?
フラッシュバンとか考えたから気絶させる勢いの音を考えていたけど、別に耳元である程度の破裂音をさせるだけでいいのでは?
「例えば、耳元で少し大きめな破裂音を聞かせるっていうのはどうかな?」
『破裂音......なるほど!単純な音で十分という事ですね......音の発生位置の調整さえできればすぐにでも出来そうです!』
そう言った爪牙参は隣の爪牙弐と同じように試行錯誤を始めたようだ。
二人の為に案を出したような感じではあるものの、これは俺が仙狐様の加護を貰った後に色々と試行錯誤しなきゃいけないことを前倒しにしているだけだ。
恐らくナレアさんも爪牙壱と話ながら色々と出来そうなこと、試してみたいことを考えていることだろう。
光も破裂音も単純な一撃だと思う......それを幻として発現させるのがどのくらい難しいのかは今の俺では分からないけど......色々手立てを考えておいて損はしないだろう。
爪牙の二人が悩みながら魔法の練習を開始したのを見て、傍で様子を見ていた霧狐さんが俺の方に向き直る。
『神子さま。本日はありがとうございました。先程までいらっしゃった仙狐様も大変満足されていたように存じます。』
「そうですか。仙狐様の意に沿えたなら良かったです。」
爪牙の三人は最初の方の態度は中々凄いものがあったけど、後半は特に問題なかったと思う。
寧ろシャルがいつ爆発するかっていう心労の方が大きかった。
そのシャルはまだ不機嫌の極みと言った感じだけど、身体の大きさを小さくしてもらって今は俺の膝の上にいる。
俺の手はずっとシャルの事を撫でているので、不機嫌そうではあるものの尻尾は若干嬉しそうにしている気もする。
グルフも最初怒っていたけど、俺の試合中もリィリさんにずっと撫でられていたおかげか落ち着いているように見える。
レギさんとリィリさんは......いつも通りだね。
寧ろ昨日霧狐さんと模擬戦をやった時の方が難しい顔をしていたと思う。
『この者達を中心に、下位の若い者達には私達も困っていたので本当に助かりました。』
「......そう言えば、何故注意というか......あぁ言った態度はやめる様に言わなかったのですか?」
仙狐様の事は崇拝しているような感じだったし、一言口に出せばすぐに態度を改めると思うけど......。
『......まぁ、多少......あのような態度はやめる様にと......強く言い難い理由が......ありまして......。』
霧狐さんの歯切れが、かつてないくらい悪くなったな。
「強く言い難い理由ですか?」
他人を馬鹿にするような物言いは止めなさいと一言言えば終わるような気もするけど......。
『......その......嘗ては我々......いえ、仙狐様があのような口調で語られておられたので......。』
「......。」
仙狐様が......先程までの三人みたいな口調で......?
......あの仙狐様が?
『眷属である我々からすると......憧れのようなものがありまして......私も含めて皆があのような物言いを真似していたと言いますか......。』
皆であの口調......!?
それは......なんというか......非常にうざいというか......。
『......いつの事だったか定かではありませんが、ある日仙狐様から直々に......あぁいった物言いは止めようと思う、と言われまして......。』
......それは、自分を真似して皆があんな感じになったのを見て、居たたまれなくなったのでは......。
『上位の者は仙狐様と直接話す機会もありましたので......徐々に仙狐様に従い改めていったのですが......下位の者は......。』
......仙狐様が、母さんや応龍様の言っていた雰囲気と全然違った理由は分かったけど......。
なんだろうか......この、居たたまれない空気は......。
『神子様!改めてお手合わせお願いしてもいいでしょうか!』
「う、うん。いいよ......。」
なんとも言えない空気の中、爪牙の三人が嬉しそうに尻尾を振りながらこちらを見ていた。
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