第314話 へこむ地面



『手も足も出ませんでした。』


『然り。真に遺憾である。』


『私達はあまりにも力不足でした。』


爪牙弐と爪牙参を回復魔法で気絶から復活させた後、すっかり意気消沈してしまった爪牙の三人......えっと暁のなんちゃらの面々と車座になって話をしていた。

既にギャラリーと仙狐様は既にここにおらず、霧狐さんと俺達、そして暁......爪牙の三人だけが舞台上に残っている。


「えっと、最初の方はともかく、最後の試合はちゃんと動けていましたよ。」


『......慢心......いえ。神子様!』


慢心と呟いた後爪牙壱が俺に向き直り声を張る。


「ど、どうしました?」


若干気圧された俺が目を丸くして答えると、クレイドラゴンさんを彷彿とさせる勢いで顎を地面に叩きつける。


『数々の御無礼な態度!誠に申し訳ありません!』


爪牙壱の言葉と同時に残りの二人も地面を叩き割らん勢いで顎を地面に打ち付ける。

あぁ、天然でやっていたわけじゃなくって自覚はあったのか。


「まぁ、構いませんよ。戦闘の前に相手を挑発するなんて普通の事ですから。私は気にしていません。」


『慈悲深きお言葉、感謝の念に堪えません!』


気にしていないって言ったのに若干地面にめり込んで行っている気がする三人。

これも見覚えのある光景だ。

眷属達の中ではこれが普通なのだろうか......?

その後何度か顔を上げて欲しいと伝えることで、ようやく三人は顔を上げてくれた。


「三人は、戦闘中に幻惑魔法を使うのは初めてだったのかな?」


俺は三人の正面に座って先程まで行っていた試合の話を始める。

因みに、敬語を止めて欲しいと地面にめり込みながら懇願されたので口調は崩すことにした。


『一応、我々が訓練をする時に使用することはありましたが......その程度でしょうか。』


『えぇ、神域の外で戦う時は魔法を使うまでも無い相手でしたし。』


『それも滅多にあることではありませんでした。』


「なるほど......。もしかして地底湖に近づく魔物を殺したりしていましたか?」


『定期的に見回りを行っているので、その際に見かけた魔物は処理するようにしています。』


俺の質問に横で聞いていた霧狐さんが答えてくれる。

ってことは地底湖に近づいた魔物は皆が皆、落とし穴トラップで死んでいたわけじゃないってことかな?

俺達が通って来た洞窟は地底湖までは行けたけど、下へと安全に降りることが出来そうな壁は無かったと思う。

地底湖の幻に目を奪われて見落としていた可能性は否定出来ないけど......。

霧狐さん達が見回りをする用に、地底湖の方に上がる道もどこかにあるのだろうね。


「まぁ、外の魔物は眷属の方々と比べると数段実力が落ちるし、戦っていてもあまりいい経験にはならないかもね。」


『......はい。』


霧狐さんも、特に若い眷属は同格以上の相手との戦闘経験は身内を除けば殆ど無いって言っていたしね。

手を合わせた感じ、圧倒的に経験不足というか戦い慣れてない感じは凄くあったと思う。

俺が言うのもなんだけどね。


『神子様達にはまだ余裕があったように感じられました。』


『そうですね。我々がどう動いても全て見切られているような。』


『閉塞感というか......全て手の内といった感じがしました。』


へぇ......戦っている最中に弱気になっている感じは受けなかったけど、精神的にもかなり参っていみたいだ。

戦闘中に動揺を表に出さないっていうのは凄くいいと思うけど。


「一応、霧狐さんと先日模擬戦をさせてもらっているからね。皆が魔法をどういう風に使ってくるかは予想させてもらっていたよ。」


『そうだったのですか......だとしてもあそこまで抑え込めたのは、やはり神子様達の技量によるものかと。』


『私もそう思います。例え幻惑魔法について予め知っていたとしても、対処出来るかどうかは別問題です。』


『少なくとも、私ではあのように相手を完封すること等出来るとは到底思えません。』


喋り方も普通になって......いやそれ以上に俺達を持ち上げるような発言は、ちょっとこの三人の口から聞くと違和感が......本人達に含みは無いのだろうけど、馬鹿にされているような気が......。


『あの風や土を操っていた応龍様の加護による魔法ですが......私達の魔法にはかなり相性が悪いように思いました。』


『はい。試合前に打ち合わせした時も対応方法が思いつかず......。』


『結局、一気に接近戦に持ち込むくらいしか思いつきませんでした。』


作戦会議はかなり紛糾したみたいだね。

三人で頭を捻って考えたって感じが凄く伝わってくる。


「そうだね。こちらもそれは考えていたけど......それでも俺達じゃ霧狐さんには手も足も出なかったなぁ。」


『そうだったのですか!?一体どうやればそのようなことに......。』


『幻惑魔法では飛び道具を防ぐことは出来ません!』


『......そもそも的を絞らせない......とかでしょうか?』


「うん。霧狐さんは姿を消したり分身を作ったりして、こちらに的を絞らせない戦い方をしていたね。」


俺の言葉を聞いた三人はちらりと様子を窺う様に霧狐さんの方を見る。

何かアドバイスを求めているような雰囲気はあるけど......霧狐さんは何も言うつもりは無さそうだ。


「的を絞らせないって意味では、あの最後に使った炎の幻は良かったと思うよ。まぁ熱や音があったらもっと良かったと思うけど。」


俺がそう言うと、炎を放った爪牙弐が若干嬉しそうにする。


『ありがとうございます。まだ私では複数の感覚を騙そうとすると視覚の方の精度が下がったり、発動までに非常に時間がかかったりします。』


「なるほど、幻による再現度を上げると実戦の中では実用に耐えられないって感じかな?」


『そうなります。炎のように動きが複雑な物ではなく、暗闇を作り出す方が良かったでしょうか?』


「どうかな......その状態でも相手の場所が把握できるなら、一考する価値はあると思うけど......相手を怯ませる、一瞬でも思考を奪うという意味では炎の方が意表をつける気がするな。特に相手が暗闇を意に介さない相手だと......。」


爪牙弐の案に対して俺なりに意見を言う。

それを聞いた爪牙弐は、なるほどと呟きながら考え込む。

因みに俺の横にいたナレアさんは爪牙壱と話し込んでいるようだ。

さっきの試合で二人は一騎打ちみたいになっていたから、話しやすいのかもしれないね。


「これは一つの案だけど。強烈な光を目の前にいきなり発生させるというのはどうかな?暗闇に対する対策をしている事は多いけど、突然発生する光に対応するのは難しいからね。」


『なるほど!それであれば複雑な魔法の構築は必要ありませんね!』


俺の提案を聞いて表情を明るくした爪牙弐が早速と言った感じで少し離れた位置に魔法を発動させている。

まだまぶしいって程ではないけど、何やら色々と試行錯誤しているようだ。


「眩しさにも段階があるんだ。光源を出し続ける必要は無い、一瞬でもいいから相手の眼前に強烈な光を出すことが出来れば相手を無力化できるよ。」


『一瞬の光......爆発のような感じですか?』


「そうだね。参考にするなら爆発はいいかもしれない。」


フラッシュバンみたいな......ん?

そう言えば、以前ナレアさんと模擬戦をした時に食らった気がするな......。

俺が隣に視線を向けると、考え込むようにしている爪牙壱とそれを見ながら優しく笑みを浮かべているナレアさんがいた。

今なら大丈夫かな?


「ナレアさん、少しいいですか?」


「なんじゃ?別に構わぬぞ。」


「確か、僕達が初めて模擬戦をした時だったと思うのですが......魔道具で閃光を放って僕の目を潰したことがありましたよね?」


「うむ。以前の妾の奥の手じゃな。」


「あの魔道具って持っていますか?」


「うむ、一応持っておるぞ。」


そう言ってナレアさんは懐から革袋を取り出すと中から一つの指輪を取り出す。


「これじゃな。」


そう言って俺に魔道具を渡してくれる。


「貰ってもいいですか?」


「構わぬぞ。すぐに作ることが出来るからのう。」


「ありがとうございます。」


ナレアさんにお礼を言ってから爪牙弐の前に魔道具を置く。


「その魔道具で参考となる魔術が使用できるから試してみるといいよ。軽く魔力を流せば使えるから......。」


『ありがとうございます。やってみます!』


そう言った爪牙弐が地面に置いた魔道具に顔を近づけて魔力を流し込む。

いやいや!

ここでいきなり使ったら......!

次の瞬間俺達の目の前で閃光が炸裂する!


『あああああぁぁぁぁぁぁっ!め、目がぁぁぁぁぁぁっ!』


絶叫がこだまする。

先に今は使っちゃダメだよって言うべきだった。


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