第307話 まずはコレで



うーん、物凄い名乗りだった。

しかし困った......結局全員爪牙だ。

爪牙の前に何か付いていた気もするけど......正直覚えていない。

というか、確か一言一句変わらない名前が二人いたはずだし......とりあえず爪牙壱、爪牙弐、爪牙参とでも呼んでおくか。

っとしまった。

色々と突っ込みどころのある名乗りだったとは言え、名乗り返さないとな。


「私は天狼の子、ケイ=セレウスです。」


「妾はナレアじゃ。」


最後に肩に乗っているマナスが一度弾む。


『これはご丁寧に。これから私達は爪を交えなければなりませんが......。』


いや、爪はあるけど......交えられるほどこっちは長くありませんよ?


『悲嘆することはありません。そもそも私達とあなた方では存在の格が違い過ぎるのですから!』


『然り。精進あるのみですぞ。』


『神子様であればいずれたどり着けますとも。』


どうやったらよく知りもしない相手をここまで舐められるのだろうか?

俺にはとても真似出来ないな......。

自尊心の強さなのか調子に乗っているのか......うーん、俺達と戦ったくらいで是正されるとは思えないけど。

横目でちらりと霧狐さんを見てみるが......ため息をつきたそうな雰囲気だな。


『仙狐様が見ておられる。我らにとっても実力を見せる良い機会だ。』


『然り。この試合、我らには模擬戦以上の意味があります。』


『是非とも神子様達には頑張っていただきたいものですな。』


眷属だけあって態度はアレだけど、仙狐様への忠誠はあるみたいだ......アピールの場と思っているらしいけど......何かいいことでもあるのだろうか?

まぁそれはいいか......とりあえず、意識を試合の方に向けよう。

俺達の基本戦法は昨日の霧狐さんとの模擬戦で固めた、先手を取り続けるやり方だ。

前衛は俺。

身体強化をメインに一気に距離を詰めて相手の余裕を削り、相手の実態を捉えることが出来たら、弱体魔法による相手の無力化も狙っていく。

母さんは強化魔法をメインにしていたって聞いているし、仙狐様もあまり弱体魔法については詳しくなかったようで、霧狐さんも弱体魔法への警戒は全くしていなかった。

そこに不意をついて弱体魔法を思いっきり掛けたのだから、流石の霧狐さんも相当驚いていたね。

多分昨日の模擬戦で一番霧狐さんを追い詰めることが出来たのは、弱体魔法を使った時だ。

なので今日も積極的に狙っていきたいと考えている。

マナスは対幻惑魔法の切り札で、基本的に本体は俺と一緒に行動するのだが、基本的に攻撃には参加せずに幻惑魔法を消すことに専念してもらう予定だ。

ナレアさんは勿論後衛だが......ナレアさんは幻惑魔法を見破る目がないので昨日もかなり攻めあぐねていた。

昨日の模擬戦のようにスローペースな戦いであれば俺が指示を出したり出来るけど、どうしてもテンポが遅れるし......今日は相手の数も多いから一瞬の隙が命取りとなりうる。

でも今日は昨日と違い、かなり限定された空間内での戦闘だ。

舞台は決して狭いわけではないけど、それでも範囲が絞れているので姿を消していてもある程度いる場所に当たりが付けられる。

それを元に、壁や穴を使って相手の行動を阻害することをメインに動いてもらう。

勿論、隙があったらガンガン攻めてもらうって話だけどね。


『......双方、位置に着くように。』


霧狐さんがそろそろ始めるぞと言った感じで促してくる。


『注意点は一つ。決して相手を殺めない事。降参した相手には追撃を仕掛けない事。以上を守れば後は特に制限を設けない。』


殺さなければ後は好きにしていい、か。

中々物騒なルールにも聞こえるけど、これはどちらかというと俺達に有利だろう。

まぁ向こうは向こうで、三人がかりで幻惑魔法を使い放題でもあるけど......こっちは手の内を知られていないからね。

強化魔法の事は知られているみたいだけど、天地魔法を使える事は恐らくばれていないはずだし、弱体魔法については存在すら知らないかもね。


『それと分かっていると思うが戦闘可能範囲は舞台上だけだ。舞台上から降りた者は降参したとみなす。』


......うん、ルールは問題ない。

っていうかこの子たちはそのまま招き猫ポーズで三人固まった状態で始めるのだろうか?

微動だにしないけど......。

俺は一息で踏み込めるくらいの距離をとって三人と対峙する。

ナレアさんは俺から少し下がった位置にいる。


『双方、準備はいいか?』


俺は霧狐さんに軽く頷く。

若干、霧狐さんの声音が訝し気というか......お前らそれでいいのか?って雰囲気を滲ませている。


『いつでも構いませんよ。』


いいのか......。


『......そうか。では試合を始める、双方構え......始め!』


霧狐さんの掛け声に従い、俺は未だポーズを取り続ける三人に一気に詰め寄る。

因みに今回はナイフを抜いてはいない。

相手の体は大きいので霧狐さんの時と違い、ナイフも当てやすいと思うけど......昨日模擬戦用のナイフであることを忘れ、魔力を流して剣先を伸ばそうとしてエラい恥をかいたからなぁ......。

当然、間合いを間違えて物凄く隙だらけになるし......なので今日は無手でいくことにしたのだ。

それにしても......俺が急速に接近したにもかかわらず、三人は身動きどころか、表情すら変えずに招き猫ポーズを続けている。

これは、恐らく既に幻と入れ替わっているね......俺を一瞥することすらしない三人を見て俺はこれを幻と判断する。

しかし、俺はこのまま攻撃を続ける。

ナレアさんも相手の反応は見えているし、幻だと気付いているだろうけどはっきりさせておくのは悪くない。

本体は姿を消して隙を伺っているだろうけど、そちらはマナスが既に補足しているはずだ。

俺は隙を作って相手を釣り出せばいいだけだ。

踏み込んだ勢いのまま左右にいる爪牙弐と爪牙参にフックを連続で打ち込む!


『ぐぼっ!』


『ぶきゅ!』


思った通り手ごたえは......あれ、ある?

俺は拳にずっしりとした感触に疑問を感じながら前蹴りを中央の爪牙壱に放つ。


『おぼぇ!』


これ以上ないくらい現実感のある感触を足の裏に感じる......これは......三人とも本物?

なんで?


『そこまで!』


ここまで!?

霧狐さんの宣言に俺は思わず声を上げそうになる。

しかし、霧狐さんの宣言通り俺の目の前には顔を殴られて白目をむいている爪牙弐と参。

そしてお腹を蹴られて悶絶している爪牙壱が倒れ伏している。

後方に控えているナレアさんの方に顔を向けると......物凄く微妙な表情をしたナレアさんと目が合う。

......終わり?

昨日の特訓は一体なんだった......いや、遥か格上の相手との貴重な戦闘訓練だったと思えば問題はない......問題はないけど......釈然としない。

幻がどうとか......そういう問題ですら無かったよ?

俺はナレアさんの方に近づいていきながら先ほどの攻防......いや一方的に攻撃しただけだな......とりあえず一連の流れを思い返す。

彼らは戦闘開始の合図の後もポーズを付けたまま、微動だにしなかった。

魔法を使う素振りも無ければ、俺の接近に気付いている様子もなかったように思う。

でもいくらなんでもそれは無いよな......?

仙狐様か霧狐さんが幻惑魔法で何かした......はずがないよね......でもそのくらい不思議な感じがした。

狐に騙されているみたいな......。


「随分あっさりだったのう。」


考え事をしながら歩いていたらナレアさんの傍まで戻ってきていたようだ。


「あっさりと言うか、不自然じゃなかったですか?」


「不自然?どういう風にじゃ?」


「近づいた僕に気付いた様子もなく、ポーズを取り続けていたのですよ?」


「まぁ......そうじゃが......単純にケイの早さについてこられなかったのではないかの?」


「そこまで早くないと思いますが......。」


シャルが全力で動いた時のように、動きが目で追えないって程では無い筈だ。


「いや、ケイよ。強化魔法無しで先程の自分の動きに反応出来るかの?」


「......言われてみれば、出来ないかもしれません。」


霧狐さんは普通に反応していたから失念していたけど......強化魔法無しだったら反応出来ない気がしてきた。

いや、グルフなら避けられないにしても、こちらに顔を向けるくらいは出来そうだけど......。

ってことは彼らにとっては何が何だか分からない、あっという間の出来事だったってことか......。


『やり直しを要求する!』


どうやら、悶絶していた爪牙壱が復活したみたいだね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る