第306話 爪牙



昨日は霧狐さんに色々なパターンの幻惑魔法を使ってもらいながら模擬戦をかなりの回数こなした。

念の為俺達三人だけではなく、レギさん達も参加してもらったりもした。

突然仙狐様がやっぱり全員で、と言わないとも限らないからね。

色々な組み合わせで模擬戦をしてもらった為、霧狐さんはかなり大変だったと思うけど......俺達が幻惑魔法に慣れ始めてからは霧狐さんも結構楽しそうにしていた気もする。

娯楽に飢えているのかなぁ......。


『それではこれより、神域間交流試合を行う。代表者三名は舞台上に!』


既に舞台上にいる霧狐さんの言葉に従い、俺達は地面よりも一段高くなっている舞台へと上がる。

舞台の周りはスタンドがあるわけではないけど、ここは若干くぼ地になっているようで仙狐様の眷属の多くが覗き込むような形で観戦しているみたいだ。

そして一際高くなっている所に仙狐様が鎮座してこちらを見下ろしている。

睥睨って感じではないけど、俺と二人で話していた時よりも威圧感のようなものがある気がする。

ナレアさんは俺の隣、マナスは俺の肩の上に乗っているので一見すると舞台の上に上がったのは二人に見えるね。

少し遅れて、俺達の向かい側から舞台に上がってくる仙狐様の眷属が三名......霧狐さんに比べると体はかなり大きいね。

三名ともシャルと同じか少し大きいくらいだ。

しかし、身体の大きさよりも気になるのは......その目、というか視線だ。

完全に初対面のはずなのに、こちらを見下しているというか蔑んでいるというか......そんな雰囲気だ。

しかし......俺も人間以外の表情がかなり分かるようになったものだね......。

まぁ、俺がそう思っているだけで至極真面目な顔かもしれないけどさ。

でも相手が舞台に上がってこちらを見た瞬間、俺の背後......仲間たちがいる側から物凄い威圧感というか怒気のようなものを感じたから間違ってはいないと思う。

ちなみに俺が感じた怒気は、俺が振り返ると同時に霧散した。

誰が発したものか......流石に分からなくはないけど......とりあえず後で注意しておこう。

俺は軽くため息をついた後、意識を舞台の上で対峙する三名へと向ける。

......どうも俺達の背後から放たれた怒気には気づかなかったらしい彼らは、なんともにやにやした雰囲気を崩さない。

いや、気づいた上でその態度を貫いているのなら大したものだけど......霧狐さんでさえ多少の反応を見せたというのに、彼らからはそんな様子は感じられなかった。

俺に向けられたものでもないのに気付けたのだけど......彼らは大丈夫なのだろうか?

俺は相変わらず殺気とかは感じられない......でもすっごい怒っている、みたいなのは何となく分かるものだけどな。


『まさか我らが手ずから相手をすることになるとはな。いやいや、哀れな野猿と言わざるを得ないな。』


念話で三人の真ん中にいる灰色に近い毛並みの狐が右隣にいる金......と言うには若干くすんだ毛並みの狐に語り掛ける。

っていうか念話にも拘らず俺に聞こえているという事はわざと聞かせているのだろうけど......中々趣味が悪い......というか態度が悪い。


『然り。同情を禁じ得ないといった所ですが......おや、猿どころかスライムまでいますぞ?』


話しかけられた方も諫めるどころか更に煽っていくスタイルのようだ。

俺は別に気にしないけど......隣にいるナレアさんは......気にしていないような感じだな。

若干口元が薄く笑みを浮かべているような気がしないでもないけど......気のせいだろう。

この程度の煽りで揺さぶられる人なんて......そこまで考えて俺は後ろを振り返る。

リィリさんはいつも通りニコニコしているけど......レギさんは若干額に汗を流している。

グルフは若干低くうなっているようだけど、俺と目が合って伏せの体勢に移行した。

そして問題のシャルは......物凄く静かだった。

凪いでいる......というか......無だった。

殺気とか怒気とかそういったものは一切感じさせない。

表情も体の動きも、感情さえも何もない。

俺が見ているのに目も合わせないシャルは本当に珍しい。

というかシャルの目の奥に闇が宿っている......いや虚無?


『同情するという所には賛成しますが、お二方......あちらの方は天狼様の神子様であらせられるらしいですぞ?』


俺は寧ろ君達に同情......というか、なんかもう怖いよ。

気付いてくれないかな!?

野生......って言うのは失礼かもしれないけど......そういう何かで気づいてよ!


『ほう、天狼様の......ということは......ふふ。』


『何がおかしいのですか?』


『いや、何......天狼様の加護の話は以前聞いたことがあってな。力だけで全てを解決しようとする野蛮な魔法と。』


......まぁ、そういう部分が無いとは言わないけど力だけで全てをって程ではないような。

ってかなんか母さんに対して悪意がある様な......これはもしかして仙狐様が言っていたんじゃ?

俺が仙狐様の方をちらっと見るとすっと目を逸らされた。

恐らく、仙狐様が言っていた悪口をこの眷属の方が聞いたってところじゃないかな?

しかし、この場合眷属の人が悪いというよりも仙狐様が言ったことだろうからなぁ......普段だったらイラっとしそうなところだけど悪いのは仙狐様だし......そもそも母さんも色々言っていたからな......まぁだからと言ってその眷族が馬鹿にしていいものではないと思うけど......。

とりあえず、今回については飲み込みます......だからシャルも少し落ち着いてください。


「ナレアさん、すみません。少しだけ舞台から降りますね。」


「うむ。早く戻った方がいいじゃろう。このままではあやつら毛皮も残さぬ死に様確定じゃ。」


俺はナレアさんに一言断りを入れてから進行役になっている霧狐さんの方を見る。

俺のやりたいことが伝わったようで霧狐さんは俺を見返しながら頷く。

俺は一度舞台から降りてシャルへと近づく。


『ケイ様......もう、よろしいでしょうか?』


「駄目だよ。」


何が、とはちょっと怖くて聞けなかった。


『しかしケイ様......!』


「昨日約束したでしょ?どんな相手でも俺に任せるって。」


『それは......はい......申し訳ありません。』


血でも吐きそうな様子でシャルが謝ってくる。

シャルが怒る気持ちは分からなくもないけど、シャルが本気で威嚇を始めたらいくら彼らが鈍感でも気づくよ。


『おや?猿......いや、神子様ともあろうお方が、もしや恐れをなして下がってしまわれたのかな?』


『ははっ、我らの風格は抑えようにもあふれ出てしまっていますからな。致し方なし。』


いや、ほんと止めてくれないかな!?

ほんと死ぬぞ!?

俺が少しでも怒ったりしたら......シャルは間違いなく飛び出すだろう。

俺は未だかつてない程感情を抑え込みながらシャルに言い含めた後、舞台上に戻る。


『まぁまぁ。ほら、戻って来ましたよ。やはり最低限の意地や恥を感じる心くらいは持ち合わせているようですよ。』


確か......増長しているって霧狐さんが言っていたけど......これは増長......なのだろうか?

いや、まぁ尊大ではあるけど......。

とりあえず、精神的にダメージを与える作戦だったのなら大成功だよ!


『さて、相手になるかどうかはさておき......これから戦う相手には名乗りくらいはさせて頂こうか。』


おや......?

この子達は名前があるのかな?


『我が名は漆黒の爪牙!』


真ん中にいる眷属の方が名乗りを......ん?

尊大な感じ悪い系から急に厨二っぽくなったぞ?

しかも漆黒っていうか灰色だし......。


『我が名は疾風の爪牙!』


爪牙二人目だし!


『そして我が名は千里を行く神狐!』


『い、いや......待ちたまえ......流石に神狐は......。』


『うむ......それは......不味かろう。』


三人目が名乗った瞬間、残りの二人が急にきょどりだした。

まぁ、確かに仙狐様の前で神狐を名乗るのは、眷属としてどうだろうね......?

二人に指摘されて自分の失言に気付いた三人目がおろおろしながら名乗りを訂正する。


「え?あ......、いや......わ、我が名は疾風の爪牙!」


結局全員爪牙だし!

っていうか疾風の爪牙二人目だし!


『『我ら三人揃って、暁の焔!』』


爪牙どこ行ったし!

暁の焔を名乗ると同時にポーズを取った三人は......どう見ても招き猫ポーズだし......突っ込みどころが多すぎて処理しきれない......。

ってかこれは何だろう......誰の影響?

俺が霧狐さん、そして仙狐様の方をそれぞれ見るが......二人とも決して目線を合わせてくれなかった。


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