第289話 突入



様子のおかしかったリィリさん達の事があったので、俺達は一日探索を中断した。

地下に拠点を作り、さらに色々と魔法で家具を作ってのんびりと過ごした。

水槽にクラゲを浮かべることは残念ながら達成できなかったけど、いつかガラスを手に入れてやってみたいと思っている。

因みに檜風呂をイメージだけで作るのは無理だった。

なんか木が水を吸っていつまで経っても綺麗な壁や床にならないし、なんか踏み心地も悪かった......仕方がないので木は剥がして石造りに変えた。

......大工さんとかに色々と話を聞きたいな。


「また暢気な事を考えておるようじゃな。これから幻惑魔法に挑むと言うのに......。」


「すみません......。」


「......しっかりとな?油断していい相手じゃないぞ?」


「はい。」


お風呂の事を考えていた所、あっさりと見破られナレアさんとレギさんに注意された。

そう、これから俺は昨日見つけた横穴を塞ぐ形で掛けられている幻惑魔法に突入するのだ。

昨日はリィリさんが突っ込むと言っていたが、冷静になって引いてくれた。

レギさんとナレアさんは心配そうだったけど、誰かが調べないといけないからね......しぶしぶと言った感じではあったけど俺が行くことを認めてくれた。

とはいえ、全然関係ないことを考えていたせいで二人の不安を煽ってしまったようだ。


「昨日は色々と苦心していたみたいだからねぇ。後を引いちゃった?」


「あーまぁ、そんな感じです。とは言え、二人の言う様に気を抜いている場合ではないですね。」


俺は気を引き締めるように頬両手で挟み込むようにして叩く。

軽い衝撃が頭に響き、気分がシャキッとする。


「よし、じゃぁ行きますか!」


「うん。ケイ君達に任せることになっちゃうけど......本当に気を付けてね?」


ナレアさん達だけではなく、リィリさんもやっぱり気遣わし気だ。

俺は少しでも皆の不安を払拭出来ればと思い、出来る限り快活に返事をする。


「はい!」


幻惑魔法の中に突入するのは俺とシャル、マナスとファラだ。

他の皆は幻影魔法の前で待機だ。

油断は出来ない......新しいお風呂計画はいったん頭から排除しよう。


「いつでも引っ張れるように腰にロープでも結んでおくか?」


「いや......流石に動きにくいのではないかの?寧ろ動きを阻害して危険が増えるじゃろ。」


「......そうですね......幻がどのくらいの範囲でかかっているか分かりませんし、ロープの長さが足りなかった場合余計に心配させてしまうことになりそうですから......止めておきましょう。」


外したり、切ったりしたら絶対に心配させるし......戻ってくるのもな......。


「まぁ、何かあった場合はマナスを通じて教えてもらえるじゃろ?助けに行けるかどうか......少し微妙じゃが......まぁ、妾がいくのじゃ。マナスは妾とレギ殿の所に分かれておいてくれるかの?」


......絶対に心配させない様にしないとな。

流石にナレアさんでも俺達に何かあった時に来てもらうのは......かなり危険だ。

細心の注意を払って行こう。


「全力で魔法を使っていくので心配しないで待っておいてください。」


「......うむ。くれぐれも気を付けて行くのじゃぞ。」


ナレアさんが非常に心配そうに言ってくる。

いや、ナレアさんだけじゃなくレギさんもリィリさんも物凄く心配そうだ。

まぁ......俺も送り出す立場だったなら間違いなく同じような感じ......いや、もっとおろおろとしていただろう自信があるな。

俺は皆に向かって一度頷くと幻によって隠されている通路へと向き直る。

通路だよね......?

シャルの魔力視では上にあった洞窟ほどの道幅は無いみたいだけど、三人くらいが横並びになって歩けるほどの通路のようだ。


「それじゃぁ、行ってきます。」


幻に向けて一歩踏み出す。

勿論、全力で恐る恐ると言った感じではあったけど。

後ろで皆が苦笑しているような気配を感じる。

とは言え、レギさんが奈落に真っ逆さまになったのは昨日の事だ。

こうなってしまうのも......無理はないよね?

俺はレギさんに借りた槍を両手で持ち、前に突き出しながらゆっくりと進んでいく。

槍で地面や壁をこんこんと叩きつつ前進する。

今はまだ全身が壁の中にいる感じで圧迫感が半端ない......前に突き出した槍も常に何かに当たっている感覚があって、実在する地面や床を叩いているのか幻影を叩いているのか分からない。

ちなみに、両手を自由にするためにシャルの事は簡易おんぶ紐を作って胸に抱いている。

......いつもの俺ならば、おんぶ紐なのに抱っことは如何に......とか考えているだろうが......今はそんな余裕はない......。

いや、本当にこの余計な事を考える癖なんとかしないとな......。

俺は一度深呼吸をして気分を切り替えると歩みを再開する。


『ケイ様。大丈夫ですか?』


ファラから念話が届くが......幻の壁の中にいる間は周りの音も聞こえない。

当然、俺の声は肩に乗っているマナスやファラに届かないだろう。

俺はファラが乗っている肩をすくめてみるが......その感覚が伝わったかどうか......。

とりあえず心の中では返事をしておこう。

色々と不安な状態で進むことしばし、壁を抜けた俺達は通路の真ん中に立っていた。


「どうやら無事に抜けられたみたいだね。」


『そのようですね。一旦シャルにこの辺りがどうなっているか確認するので、少々お待ちください。』


「了解。」


俺達の目には普通の岩肌の洞窟が見えるけど......何が仕掛けられているか......。

俺は槍を伸ばして軽くその辺を叩いてみるが......地面や天井はそこにあるようですり抜けるようなことはなかった。

しかし、レギさんから槍を借りているとは言え......槍は全く使えないからな......何かがあった場合、槍は捨てていいと言われている。

他に長物が無かったので借りたのだけど......これはこれで結構いい槍なんだろうな。


『ケイ様。今目の前に続いている通路は幻影の様です。すぐに行き止まりとなっているようで、地面にも幻影が張られているようです。もしかするとまた崖となっている可能性があります。』


「またか......一応調べておこうか。どの辺?」


『......十歩程前に進んでいただいて、槍を突き出せば幻影に触れられると思います。』


俺は慎重に十歩前へと進んで槍をゆっくりと伸ばす。

二歩ほど前の地面に槍を伸ばしてみると......やはり何かに触れるような感覚はあるものの地面をすり抜けて槍が沈んでいく。


「うん、地面は無いみたいだね。一応目印ロープを張っておこうか。」


『......ケイ様。もしこの幻を作った者がこちらの動きに気付いていた場合、恐らくその目印を罠に使ってくる可能性があります。私でしたら嬉々として利用しますので。』


......なるほど。

もしロープの位置をずらすような幻影を張られたら......うっかり奥に足を踏み入れたり、他の罠への目くらましに使われたりするかもしれない。


「うん、油断せずにシャルの魔力視と俺達の肉眼での視界を頼りに動こう。一度通った場所でも安全が確保できたとは考えない方が油断せずに進められそうだね。」


『その方がよろしいと思います。』


「この先はどっちに進んだらいいのかな?」


『左右の壁は幻です。恐らくどちらも進めると思いますが......。』


槍を突き出してみると、確かに壁をすり抜けていったが......どちらの壁の向こうも地面があるようで槍は床より下には沈みこまなかった。


「うん......両方とも地面はあるみたいだ。一度ナレアさん達に連絡して、それからどっちかを進んでみようか。」


『承知いたしました。』


マナスが念話を使えたらそのまま伝えてもらうことも可能だったけどね。

念話の出来るシャルとファラがこっちにいるから念話でのやり取りは出来ない。

俺はナレアさんの作った通信用魔道具を革袋から取り出して現状報告とそのまま継続して探索を続けることを伝えた。


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