第284話 冷静ではいられない



完全に閉ざされた視界......いや感覚の中、眼前を埋め尽くす青い魔力......

視界が閉ざされているのに見えるって不思議な感じがするけど......この青く見える魔力が幻惑魔法によって作られた幻か。

そして完全に暗くなっている部分......恐らく本物の天井、というか崖かな?

俺は本物の崖の部分に手を伸ばしてみる。

触覚を切っているので触った感触は当然ない。

今度は青い魔力の方......幻惑魔法の方に手を伸ばすと......土の感触を感じる。

恐らく匂いもあるのだろうね......五感を切っているにも拘らず感じることが出来る。

これが母さんから教えてもらった幻影を見分けるコツ。

弱体魔法によって五感を殺しているにも拘らず見えて、聞こえて、触った感触がある。

確かにこれで幻惑自体には気づくことが出来るけど......俺は感覚を元に戻す。

戻った視界には変わらずに天井が見えた。


「レギさん、幻が判断出来ました......でも正直使いどころが難しいですね......咄嗟には無理だと思います......幻以外の全てを感じ取れなくなってしまうので。」


「......そうか......。」


「でも今回みたいな地形を使った罠みたいなのは予め調べられそうです。」


『ケイ様。戻りました。しっかりと確認出来ました。』


レギさんに使用感を伝えていると、五感を戻したシャルが俺に声を掛けて来た。

戻りました、か......確かにそう言いたくなる気持ちは分かるな。

五感を完全になくした状態は、なんとなく世界から切り離されたというか物凄く遠くに行ったような感覚がした。

実際は一歩も動いていないのにね。


「お疲れ様、シャル。俺はこの状態だと動けそうにないけど、どうだった?」


『そうですね......辛うじて動くだけと言った感じでしょうか?視覚だけを最初消して試したのですが、見破ることが出来ませんでした。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚......五感を順番に消していって最後の一つを消したところでようやく感じることが出来ました。』


「やっぱりシャルも五感の全てを消さないと無理か......うん、ありがとう。じゃぁ、とりあえず上に戻ろう。マナスの意見も聞きたいけど、まずは合流しないとね。」


『承知いたしました。』


俺達は上昇を再開する。

天井に体が潜り込んでいく不思議な感覚を味わいながら上昇を続けると、やがて体が軽くなり、幻影で作られた地面を抜けた。


「ケイ!」


「レギにぃ!」


俺とレギさんが幻で作られた天井を抜けた瞬間俺達の名前を呼ぶ声が聞こえた。

確認するまでもなくナレアさんとリィリさんだ。


「ただいま戻りま......!?」


俺が体の向きを声の聞こえた方に変えた瞬間、巨大な何かが俺に伸し掛かってくる。

咄嗟に打ち払おうとして、その物体の正体に気づいて慌てて受け止める!


「ぐ、グルフ!危ないよ、こっちは!」


「くぅーん、きゅーん......。」


俺よりも遥かに大きいグルフが、子犬のように甘え鳴きをしながら俺にしがみつく。

俺はグルフと背中にいるレギさんを落とさない様に支えながら、ナレアさん達の傍まで宙を移動する。

そっと地面に降り立ち......うん、ちゃんと地面があるな。

しがみついているグルフを引きはがして、地面に立たせた後わしゃわしゃと撫でる。


「心配かけたねグルフ......レギさん、もう大丈夫です。」


「おう、ありがとうな。」


背中におぶさっていたレギさんが地面に降りる。

その両足がしっかりと地面を踏みしめたのを見てリィリさんが近づいてくる。


「レギにぃ!大丈夫!?」


「あぁ、ぎりぎりだったが、ケイが来てくれたおかげでな。」


レギさんの言葉を聞いたリィリさんがレギさんのお腹にしがみつく......いや、抱きしめる。

レギさんは目を丸くして手を上げたり下げたり......いや、レギさんそこは俺でもどうするべきか分かりますよ?

暫く挙動不審なレギさんを眺めていたのだが、ナレアさんが近づいて来たので俺はそちらに向き直る。


「無事に戻ったようじゃな。ケイが飛び込んだ時は肝を冷やしたのじゃ。」


軽い笑みを湛え、いつもと変わらぬ様子を見せるナレアさんだけど、俺達の事を心配してくれていたのがなんとなく分かる。


「すみません。レギさんが落ちていくのが見えたので、説明する時間がなかったのですよ。」


「うむ、あの瞬間何が起こったか妾は理解できなかったのじゃ。ケイが飛び込んでようやく幻惑魔法の事に気付いたのくらいでのう。リィリとグルフを抑えるのに苦労したのじゃ。」


「二人を止めて下さってありがとうございます。ばらばらに落ちて来ていたらちょっと大変でしたから......。」


ナレアさんであれば飛べるから問題ないと思うけど、グルフやリィリさんがばらばらに落ちてきたらかなり危険だっただろう。


「落ちてきたらということは、あの先はやはり崖だったのかの?」


「えぇ、相当高さがありました。まぁあれだけの高さがあったから、なんとかレギさんを助けられたって所もありますが。」


「なるほど......。」


「ついでに幻惑魔法を見分けるコツを試してきました。幻であることだけは判断出来ましたが、幻以外の全てを一切関知出来なくなるので使い方が難しいですね......。」


「ふむ......御母堂が言われていた、自らに弱体魔法を掛けて五感を殺すという方法じゃな。」


「はい。僕とシャルは二人とも確認出来たので......僕がシャルを抱っこして移動すれば、動きながら幻惑魔法の感知も出来るかと思うのですが。」


五感を完全に殺した状態では、ちゃんと自分が動いているかどうかも分からない。

先程も、天井を触る為に手を伸ばしたつもりだったけど実際触れていたかどうか......幻の方は魔力が見えていたからちゃんと触れたし、感触もあったけど......実在する天井に感触が無かったのは、空振りしていたからだったりしたらちょっと恥ずかしいな。


「ここから先は、シャルに幻を確認してもらいながら進むと言うことじゃな......。」


「はい、ですが一度上に戻ろうと思います。幻惑魔法がここで使われていると言うことは、神域はそう遠くないとはずですし......ファラにも戻って来てもらって全員でこの先に進みましょう。」


「了解じゃ......が、リィリが落ち着くまでもう少しかかりそうじゃな。」


ナレアさんがリィリさんの方に目を向けながら言う。

俺も同じようにそちらに目を向けたのだが......うん、確かにまだ時間が必要そうだね。

俺達の視線の先でレギさんの胸に顔を押し付けてリィリさんが何やら叫び、色々とレギさんの脇腹やら胸やらお腹やらを叩き続けている。

うん、リィリさんの為にも見たり聞いたりするのはやめておこう。

俺はリィリさん達に背を向けて大空洞の様子を観察する。

決してレギさんを見捨てたわけでは無い。

というかあそこに首を突っ込む人は存在しないだろう。

ナレアさんも俺と並ぶようにして大空洞に視線を向ける。


「しかし、ケイよ。リィリがあぁなる気持ちも分かるのじゃ。妾もリィリとグルフがいなければ飛び込んでおったじゃろうしな......先にリィリが飛び出していこうとしたから妾が止める役になったに過ぎぬのじゃ。」


「すみません......。」


「いや、レギ殿の命が掛かっておったからな。ケイの判断が正しかったのじゃ。じゃからまぁ......これは八つ当たりみたいなものじゃ。」


「......。」


明後日の方を見ながらナレアさんが後半の台詞を若干早口で言う。

随分心配をかけてしまったようだけど......なんとなく返事に詰まってしまう。

俺が若干うろたえていると、咳払いをしたナレアさんが言葉を続ける。


「まぁ、全員が無事に戻って来てくれて何よりじゃ。シャルも飛び込んでおったのじゃな?」


「僕より先に、シャルがレギさんを追いかけてくれていましたよ。」


俺は横でお座りをしているシャルの事を撫でる。


「ふむ?一瞬過ぎて分からなかったがそうじゃったのか?」


「僕が飛び込んだ時には既にシャルの方が下に居ましたからね、間違いありません。」


「ふむ......そういえばカザン達が最初に襲われていた時もシャルが先頭を走っておったかの?」


『......私が行かなければケイ様が危険に飛び込むと判断したからです。』


「今回はともかく、カザン君達の時はそこまで危険じゃなかったと思うけど......。」


カザン君達は命の危機だったけど、追いかけている兵はどう見てもただの兵士だったし......。


『......。』


俺の突っ込みにシャルが明後日の方向に視線をやる。

照れているのだろうか?

シャルが俺以外の事を咄嗟に守ろうとしてくれたことを嬉しく思いながら、俺はシャルの頭を撫で続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る