第268話 出来るやつは動きが早い



順番に皆のお手入れをした後、暫く鬼ごっこをやって体を動かした俺達は領都に戻ってきた。

別れ際のグルフがとても寂しそうにしていたのには後ろ髪が惹かれる思いだったけど、また遊びに来るからと我慢してもらった。

身体を小さくする魔法......シャルに頼み込んで魔道具にしてもらいたいな......。

龍王国の時もそうだったけど、こうやって長期間街に滞在する場合、グルフが可哀想なんだよね......。

よし、今日の夜にでもシャルに頼んでみよう。

俺が一人外に残してきたグルフの事を考えていると、通りの向かい側にレギさんの姿を発見した。


「レギさん、お疲れ様です。」


「おう、そっちはもう終わりか?」


俺が近づいていくとレギさんもこちらに気付いていたようで片手を上げてくる。


「えぇ、しっかりと皆のお手入れをしてきました。」


「確かに、随分と毛づやが良くなったように感じるな。」


シャルやマナスを見ながらレギさんが言う。

シャルもそうだけど、なんかマナスも少し光り輝いて見えるもんな。

陽光を反射させてつるっとした感じがいつもより......いやいやいや、マナスの話ですよ?

レギさんの目が細められるのを感じて心の中で否定する。


「レギさんの方は、まだ仕事中ですか?」


「あぁ、今日はこれからスラムの方の外壁の調査だ。」


「崩れているのですか?」


「いや、老朽化しているらしくてな。どんなものか調査して、報告書を作ってって感じだな。カザンは以前俺達が話していた、雑用系の仕事を領民に依頼する仕組みを導入しようとしているみたいだな。今回俺がやっているのは先行導入というか......試験だな。」


「あぁ、そういえば冒険者ギルドについて色々と話を聞かれていましたね。」


「どうやら簡単な公共事業なんかをスラムの住人に斡旋したいらしいな。」


「なるほど。」


レギさんの言葉を聞き、俺は通りに目を向ける。

以前よりも少し活気を取り戻した様子の街並みは、それでもまだ俺達が初めて領都に来たときほどの賑わいは無いように感じる。


「食料の高騰には歯止めが利いたみたいだがな。こういう時影響が一番出るのは下の方だ。そして下の方が荒れれば治安は一気に悪化する。金持ちと貧乏人、当たり前だが数が多いのは貧乏人だからな。」


「そういえば、配給というか炊き出しも行っているのですよね?」


「あぁ。そっちは......俺が手伝うとちょっとな......。」


そう言いながら顎を撫でるレギさん......。

まぁ、レギさんはちょっと......いや、結構......いや、かなり見た目が優しくないからな......。

列の整理とかそっちで手伝えばいいような気もするけど......レギさんが三角巾を......つける意味はないけど、つけながらご飯をよそって配っている姿を想像すると......中々来るものがあるな。


「まぁ......俺が言いだしたことだからな。あまり文句は......いや、やっぱ文句あるな。」


レギさんが指の骨を鳴らしながらこめかみに青筋を浮かべる。

想像させたのレギさんじゃないですか!?

あまりの理不尽さに俺が涙を流しそうになっているとレギさんが怒りを収める。


「まぁいいか、そろそろ行かねぇといけねぇしな。ケイはもう戻るのか?」


「そうですね......少し街の様子を見てから帰ろうと思います。」


通りの向こうに視線を向けたレギさんが今後の予定を聞いてくる。

カザン君が進めようとしている政策の手助けになるなら、俺もレギさんみたいに冒険者として仕事を受けた方が良いかもしれないけど......所詮は数か月程度の冒険者生活。

レギさんみたいに的確なアドバイスをカザン君にしてあげられないからな......。

仕事をするのは冒険者ではなく一般人だから素人意見も大事かもしれないけど、そういうのは別途カザン君が試しに雇っているらしい。

つまり中途半端にこなれただけの俺はあまり役に立たないのだ。


「俺もあまり遅くはならないと思うが。まぁ館にはリィリもいるしな、問題はないだろう。」


「そうですね。まぁ、僕もあまり遅くならないようにしますけど。」


「それがいいだろうな。じゃぁ俺は行くぜ。」


「はい、お気をつけて。」


片手を上げながら路地へと入っていくレギさんの後ろ姿を見送ってから俺は街並みに視線を戻す。

カザン君達が......というか地方軍の方々が食料やそのほかの物資を領都まで運んでいるので、それなりに食糧事情は改善されてきているし、先程レギさんと話した時に出たように、炊き出しも行っているようだ。

また、問題の地方軍には矢継ぎ早に投降の勧告を行っているらしい。

相手の上層部はそれを突っぱねているようだが......末端では離反が相次いでいて、もはや軍としての体裁は殆ど残っていないらしい。

その状態でよく勧告を突っぱねることが出来る物だとは思うけど......何があっても手に入れた権力を手放したくないと言うことなのだろうか?

とは言え、末端から数が減って行っている以上、振るう権力もじきに無くなるのではないかと思うのだけど......流石にそこまでは崩壊しないものだろうか?

まぁ、その前に物理的に潰されると思うけど。

カザン君達の問題である地方軍と治安の悪化、どちらも改善に向かって行っているようだけど、もう少し時間がかかりそうだね。

それともう一つ。

ここまで一人でグラニダの政治方面を支えていたコルキス卿が、カザン君の演説の後倒れてしまったそうだ。

こういう権力争いの後に排斥された勢力のトップが病気療養と言う名目で蟄居させられることはよくある話だと思うけど、コルキス卿の場合は本当に倒れてしまっているからな。

しかも全力で味方だし......。

カザン君達としては早く復帰してもらいたい所だろうけど、獅子奮迅の活躍をしていたコルキス卿には療養は必要だろうとも思う。

もしカザン君から要請があればコルキス卿を治療することも厭わないけど......恐らくその依頼はこないだろうね。


「あの屋台って、確かリィリさんが最初に味が変わっていることに気付いたお店だったよね?」


『確か、肉が変わったとか言っていた覚えがありますね。』


俺の呟きにシャルが返事を返してくれる。


「食料の値段は落ち着いてきたみたいだけど......このお店のお肉は元に戻ったかな?試しに買ってみようか。」


領都の異変をいち早く知るきっかけになったお店だ。

正常に戻ったかどうかを確かめるにはいい店かもね。

そう思い、俺は屋台へと近づいていく。

まぁ、リィリさんみたいに食べて違いが分かる様な人間ではないけど......お土産として買って帰れば判断してくれるはずだ。

串焼き肉を何本か購入して領主館の方へと足を向ける。

値段は以前見かけた時と同じ気がするけど......まぁ、味は帰ってからのお楽しみと言うことで。


『ケイ様、少しよろしいでしょうか?』


不自然にならない程度に辺りを見渡しながら大通りを歩いていると、物陰からついて来ていたファラが話しかけてきた。


「どうしたの?ファラ。」


俺は立ち止まらずに返事をする。

流石にそこまで器用ではなく、自然な感じに辺りの様子を窺いながらファラとの会話は出来ないので前だけを向く。


『本日はお心遣いありがとうございました。』


「いや、そんな。こっちこそ沢山お世話になっているんだから、このくらいはさせてよ。」


『......本当にありがとうございます。それで、お話しなのですが......先日ケイ様達がお調べになられた黒土の森ですが......そろそろ先行させていただいてもよろしいでしょうか?地図を見せていただいた限りでは、探索には時間が掛かると思います。神域を発見することは難しいかもしれませんが、ケイ様達が来られるまでに、少しでも探索範囲を狭められるようにしたいと思います。』


「あぁ、それは確かに助かるけど......ファラはまだ戻って来たばかりなんだからもう少し休んでもいいと思うよ?」


『いえ、本日まで十分休ませていただきました。今日中に出発させてもらいたいと思います。』


んーもう少し休んでもいいと思うけど、ファラは仕事モードで提案してきたら基本止まらないからな。


「んー、分かったよ。くれぐれも無理はしないでね。」


つまり、こう言うしかない。

まぁファラが色々調べてくれるのは本当に助かるからね......頼り過ぎな感は否めないけど。


『はい!何か分かり次第、マナスを通じて連絡させていただきます。』


「うん、よろしくね。」


張り切ったファラが走り出したのが見えた。

今日中って言っていたけど......もう行くんだね......。


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