第261話 家族の時間



俺達......俺とレギさんが書庫の本棚を調べていると、扉をノックしてカザン君が部屋に入ってきた。

因みに残りの二人も書庫には入るが......いや、この先はもはや言うまい。

部屋に入ってきたカザン君は......少し目が赤い。

どんなことが書いてあったかは分からないけど......悪い内容ではなかったような気がする。

目は赤いものの、少しすっきりしたような表情のカザン君は手に持った鍵を見せてくる。

その手に持ったものは鍵と言うよりも棒って感じだな......鍵ではるのだろうけど、随分の長い鍵だな......二十センチくらい?


「皆さん、本棚の奥の鍵を見つけましたよ。父からの手紙に隠し場所が書いてありました。」


「そうだったんだ。それは助かるね。」


「えぇ、家族にしか分からない様な手がかりの出し方でしたけど......少し不用心ですね。」


「はは、まぁ助かったんだからいいじゃない。」


苦笑しているカザン君だが、やはり嬉しそうだ。

少しではあるかもしれないけど、父親の事を感じられたのかもしれないな。


「私の前では非常に厳格な父でしたが......母に言わせれば、結構茶目っ気のある人だったらしく、手紙ではありましたがそんな一面が見られて少し嬉しかったです。」


そう言ってカザン君は天井を見上げる。

言うまでもなく、今カザン君の胸中には様々な思いが駆け巡っている事だろう。

俺も日本にいる両親の事を想うと、胸を掻きむしりたくなるような焦燥に駆られることがある。

俺の目標はあくまで両親への連絡ではあるが......もう一度会いたくないと言えば嘘になる。

出来る事ならば会いたい、色々なことを話したい。

色々な感謝を伝えたい。

突然この世界に召喚された俺と陰謀に巻き込まれお父さんを失ったカザン君。

俺はまだ両親と連絡を取ることを諦めてはいないけど、カザン君はお父さんと会話することは二度とない......。

今までは状況が状況だったことで、あまりカザン君も考える時間が無かったのかもしれないけど、領都に......家に戻ったことにより、そういった余裕が少し出たタイミングでの手紙だ。

俺達の為に取り急ぎここに来てくれたのだろうけど......もう少しゆっくり家族だけで過ごしてもらった方がいいんじゃないかな?

俺がそう思いながらレギさん達の方を見ると、レギさんは目を閉じて何かを考え、ナレアさんとリィリさんは顔を見合わせていた。


「のう、カザン。」


「あ、すみません。すぐ鍵を使いますね。」


ナレアさんが声を掛けると、物思いにふけっていた様子のカザン君が少し慌てたように返事をする。


「待つのじゃ、カザン。」


ゆっくりと、柔らかくカザン君を押しとどめるようにナレアさんが言葉を発する。


「はい、なんでしょうか?」


止められたカザン君はキョトンとした表情でナレアさんを見る。


「今日の所はここまでで良くないかの?」


「え?ですが折角鍵も見つかりましたしこの先を調べてもいいのでは?」


「ふむ、この鍵を使ったらどうなるかは手紙には書いてあったのかの?」


「......調べたいことが出来たら行ってみろとだけ書いてありました。」


随分と漠然とした内容だな......。

それにしても行ってみろってことは、あの鍵の先は隠し部屋か何かなのかな?


「なるほどのう。確かに今の妾達にとっては是非とも調べたい場所の様じゃな。じゃが、今すぐでなくてもいいのではないかのう?」


「そうでしょうか?」


「今日の所はノーラやレーア殿と一緒に居るべきじゃ。お父君の事があってから、落ち着いて三人で話が出来ることは殆ど無かったはずじゃ。今もノーラとレーア殿は一緒におるのじゃろう?カザンも行ってやるのじゃ。」


「......。」


「またすぐに忙しくなるのは目に見えておる、今日の所は三人でゆっくり過ごすと良いのじゃ。」


「......いいのでしょうか?」


「良いも悪いもないのじゃ。これはしなければならないことじゃ。」


言葉は強めではあるが、非常に柔らかな声音でナレアさんが諭すようにカザン君に告げる。


「そう、ですね。おっしゃる通りだと思います。」


カザン君も言われた言葉をゆっくりと反芻するように頷きながら応えた。


「妾達は書庫におるが......。」


「はい、私は二人の所に行きたいと思います。」


「うむ。鍵があると好奇心に負けそうじゃからな、持って行ってくれると嬉しいのう。」


「あはは、承知しました。それじゃぁ、皆さん。今日は失礼させていただきます。また夕食の時に。」


おどけた様子で言うナレアさんに明るい感じで応じるカザン君。


「ノーラちゃん達によろしくね。」


リィリさんの言葉にカザン君が笑顔で一礼して書庫を出ていった。


「もう少し早く気付くべきだったのじゃ......。」


「そうだね......今日まで慌ただしかったってのもあるけど......。」


「......言い訳にしかならないが......まぁ丁度良かったのかもな。」


カザン君の後ろ姿を見送った後、ナレアさん達が思わずと言った感じで慚愧の念を口にする。


「そうですね。休む時間もなかったみたいですし......家に押しかけている僕が言うのもなんですが、今日くらいは家族でゆっくりしてもらいたいですね。それはそうと、まだ書庫で出来る事もありますからね。そろそろナレアさん達もちゃんと調査に参加してくださいよ。」


ナレアさん達がカザン君達の事を気にして少し気落ちしているようなので話題を変えてみた。


「む......仕方ないのう。真面目にやるとするのじゃ。」


「そうだねぇ......黒土の森の事もあるけどノーラちゃん達の為にも色々調べないといけないしねー。」


顔を見合わせたナレアさんとリィリさんが頷き合う。

遂に二人がちゃんと調査に乗り出してくれるようだ。

ナレアさんが先ほどまでとは違い凄い勢いで本を調べて行く。

はっや......速読ってやつだろうか?

それを見たリィリさんは自分では調べずにナレアさんの元に新しい本を持って行き、調べた本を整理している。

その間もナレアさんはどんどんと本を調べて行く。

このペースだともう間もなく、俺が調べた分よりもナレアさんが調べた分の方が多くなりそうだ。

俺も真面目に調べよう......そう思い次の本を手に取って開いた。

......魔道具を使った簡単料理法。

この代の領主さんはご飯が相当好きなようだね......。

後、真剣に調べ物をしていたはずの二人が無言でこちらを見ているのは......いや、それはもういいってば......。




「昨日はありがとうございました。皆さんのおかげで、母やノーラと色々話すことが出来ました。」


「それは良かった。こっちはナレアさんが凄い頑張ってくれたおかげでかなり捗ったよ。」


カザン君がすっきりした表情で、開口一番お礼を言ってきた。

昨日は結局夕飯も一緒には取らなかったし、様子は気になっていたけど......昨日よりもさらに顔色が良くなっているし、雰囲気も明るくなっている。


「本を読むのは好きじゃが、こういう読み方は勿体なく感じるからあまりやりたくないのじゃ。あまり頭にも残らぬ感じがするしのう。」


昨日大活躍だったナレアさんが、不満そうにぼやいている。

目にも止まらぬ......とは言い過ぎだけど、読む速度という意味では目にも止まらぬって感じではあったもんな。

しかし、ナレアさんとしては腰を据えてじっくりと読書したいのだろうね......。


「あはは、すみません。面白くないやり方をさせてしまって。」


「まぁ、仕方ないのじゃ。それに改めてちゃんと読みたいものに関しては、分けて整理してあるしのう。」


いつの間に......っていうかナレアさんが調べた本はリィリさんがせっせと片付けていたような......あーでも何か仕分けのようなことをしていたような気もする。

一言も会話を交わしていなかったけど......まぁそれ自体は今更だね。


「いつでもお好きに読んで下さい。」


「うむ、改めて楽しませてもらうとするのじゃ。」


柔らかく笑みを浮かべながらナレアさんと話すカザン君。

昨日もかなりすっきりした表情をしていたけど、今日はそれにも増して雰囲気が柔らかくなっている、やはり家族との時間は大事ってことだね。


「どうかしましたか?ケイさん。」


「いや、何でもないよ。」


「そうですか?」


カザン君は俺の返答に疑問を覚えたようだが、気にしないでという俺の言うことを受け入れたようだ。


「それじゃぁ、そろそろ鍵を開けてみましょうか。」


カザン君が二ッと笑いながら鍵を取り出す。

昨日から非常に気になっていたけど、流石に調べるわけにはいかなかったからね。

さて、この向こうには何があるんだろうね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る