第260話 手紙



「......あれ?こんなところにドアがあるのです。」


本棚の下の引き戸の中に顔を突っ込んでいたノーラちゃんが声を上げる。

流石にそういう場所はノーラちゃんじゃないと潜り込もうとは考えないだろうな......。

それはそうと、若干くぐもっていたけど本棚の奥にドアがあるって言ったような。


「ノーラちゃん、そこにドアがあるの?」


「はいなのです!」


埃で鼻の頭を黒くしたノーラちゃんが本棚から出てくる。


「開けられそう?」


「うーん、鍵がかかっていたのです。」


ここにも鍵が......当然と言えば当然かもしれないけど、鍵だらけだな。


「ちょっと見てみますね......。」


ノーラちゃんに変わってカザン君が本棚の下にもそもそと潜り込んでいく。

体の小さいノーラちゃんはともかく、細身とは言え流石にカザン君は窮屈そうだな。


「それにしてもノーラちゃん。あんな所にあるドアによく気付いたね。」


俺はポケットに入れてあった布でノーラちゃんの顔を拭きながら話しかける。


「中にあるものを出していたら見えたのです。」


俺達だと床にはいつくばって、棚の奥まで身体を突っ込んだりはしないからな。

精々屈んで、覗き込むようにして中の物を出すくらいだろうか?

ノーラちゃんは小柄な体を生かし、棚に体ごと突っ込んで中身を引っ張り出していたから見つけることが出来たのだろう。

中に何が入っているか分からないけど、探そうと思っても俺達じゃ中々目につかない場所ではあるね。


「......確かに鍵が必要ですね......書庫の本棚とはまた形状の違う鍵ですが......もしかしたらここの鍵は束についているかも......ちょっと試してみますね。」


本棚に顔を突っ込んで、お尻を突き出した状態のカザン君がくぐもった声で言っている。

この姿は領主としてオッケーなのだろうか?

スマホとかあったら写真で取って後で見せてやりたいところだけど......残念ながらそんなオーバーテクノロジーなアイテムは......神域にしかない。

魔道具で再現できるかもしれないけど......カメラの仕組みなんて何も分からない......。

ナレアさんにカメラの話をするだけでいけるだろうか......?

今度話してみよう。


「うーん、父様......鍵が多すぎます......これも違う......。」


どうやら一つ一つ鍵を試しているようだけど......パッと見た感じ十個くらいは鍵が付いていたのではないだろうか?

カザン君がぼやくのは珍しい気がするけど......体勢がきついのかもしれないな。


「......あ、入った......回った!ケイさん!あきまっ!いった!」


どうやら鍵が開いて興奮したカザン君が、勢いよく本棚から出てこようとして後頭部を強打したようだ。


「兄様......大丈夫ですか?」


ノーラちゃんが心配するような声を出すが......どこか呆れたような声にも聞こえるな。

なんかその声が、リィリさんとかナレアさんにも似ているようで......これは絶対良くない影響を受けているような......このままではノーラちゃんがあの人たちのようになってしまうのでは......。

恐ろしい未来だ......。


「う、うん、大丈夫。」


頭を掻きながらカザン君が立ち上がる。

若干顔が赤くなっているな。


「えっと、何かあった?」


「はい、この小箱がありました。」


カザン君が本棚に手を伸ばして一つの箱を引っ張り出した。


「へぇ......これにも鍵掛かっているのかな?」


「あー、どうでしょう?」


俺が複雑な思いを込めて問いかけると、若干カザン君も嫌そうな表情で苦笑している。

ここでこの箱を開けるためにまた新たなる鍵が必要だとしたら......いや、その可能性は低くはない気がする。

嫌な予感を抑えられない俺の視線を受けながら、カザン君が蓋の部分を持ち上げるように力を入れると......俺達の心配に反してあっさりと箱は開いた。

中に入っていたのは......羊皮紙?


「あまり古い物では無いみたいですが......。」


そう言いながらカザン君が丸められている羊皮紙を手に取る。


「......これは、どうやら父から私宛の手紙の様です。」


「お父さんからカザン君宛の?......そっか、じゃぁちょっと俺は席を外すよ。書庫の方に行ってるね。」


「......私も、ケイ兄様と一緒に書庫に行ってきます。」


亡きお父さんからの手紙だ、落ち着いて読みたいだろうからと思い席を外そうとしたのだが、ノーラちゃんも同じ考えのようだ。

でもノーラちゃんにとってもお父さんの手紙なわけで......いいのだろうか?


「あ、ノーラ待って。ノーラ宛の物もあるみたいだ......それに母様宛の物も。」


カザン君が箱から他の手紙を取り出しながらノーラちゃんを呼び止める。


「私の分もあるのです?」


俺と一緒に部屋を出ようとしていたノーラちゃんがカザン君の元に近づいていく。


「うん、全員に宛てた物もあるし......ケイさん、すみません。一度母の所へ持って行って中を確認しようと思います。」


「うん、それが良さそうだね。じゃぁ、さっきも言ったけど俺は書庫に行っておくね。こっちは気にしなくていいからゆっくりしておいで。」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」


俺はカザン君達に先んじて書斎を後にする。

お父さんからの手紙か......何が書いてあるか分からないけど......家族としての言葉なのか、領主としての言葉なのか......それとも現状を打破するための情報が書かれているのか......興味は尽きないけど立ち入っていい話ではないよね。




「なるほど、父親からの手紙か......。」


レギさんが俺の話を聞いた後、ぽつりと呟く。

俺は書庫に戻った後、書斎で発見したカザン君達のお父さんからの手紙の事を皆に話した。

ナレアさん達も作業の手を止めて考え込むようにしている。


「家族全員に宛てた物と個人に宛てた物があったので、もしかしたら色々と知りたかった情報が書かれているかもしれませんね。」


「俺達としてはそれを期待したいところだが......故人の手紙だからな。何にせよ、カザン達にとっていい物であるといいな。」


「そうですね......。」


レギさんの言葉に相変わらず打算的な自分の考えにへこみかけるが......気にしない様にしておこう。


「まぁ、今回の件に関係があるような内容だったら教えてもらえるだろ。俺達は調べ物を続けるとしようや。」


レギさんの言葉で俺達はそれぞれ作業に戻る。

戻る、のだが......リィリさんは料理本、ナレアさんは手近な本を一冊一冊丁寧に。

......お二人は何を調べているのですか?

いつもなら一瞬で俺の心の声に気づいて突っ込みを入れてくるにも拘らず、今の俺の視線を含んだ思いは全力でスルーしてくる。

レギさんは最初から完全に二人の事を放置しているし......俺も触れない方がいいのだろう。

俺は二人から視線を外し、元々俺が調べていた本棚の中身をチェックしていく。

鍵穴を見つけて、本棚の中身を全部引っ張り出したからどこまで調べたか微妙だな......この本の内容、さっきも見たし。

鍵穴の前にあった料理の本だ。

ここでこれは料理の本って呟くと、リィリさんが食いついてくるからな......俺は本をそっと閉じて調べ済みの山に本を乗せる。


「......ケイ君。それ......料理の本?」


......何故わかるし。


「え、えぇ。そうですよ。」


俺が答えると、リィリさんは読んでいた本を持ったまま俺が置いた本を回収していく。

......リィリさんの行動自体は非常に分かりやすいのだけど......何故その行動を起こすことが出来たのか理解できない。

魔法なんかよりもよっぽど物凄いことじゃないですかね?

どこからどうみても集中して本を読んでいるリィリさん、それにナレアさんはこちらの事なんかまったく気にしていない様に見えるのだが......。

まぁ......いいか。

俺は未調査分の山に手を伸ばし次の本を手に取る......この本は、魔道具に関する本......。


「ケイ。その本、妾に見せてもらえるかの?」


......いや、分かっていましたけどね?

分かっていましたけど......言わずにはいられない。

だから、なんで分かるんですかね!?


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