第238話 銀髪の美しき方



View of ナレア


飄々とした態度で逃げ回る男を追いかける。

幸い活気のない領都は夜も早く、静かで人通りは全くない。

先程この男がいた店も数える程度しか客は入っていなかったからのう。


「ふふ、この楽しい時間をいつまでも過ごしていたくはありますが......申し訳ありません。少し予定が押しているので、失礼しますね!」


そう言った男は礫をばら撒きながら建物の外壁に足をかけて一気に屋根へと駆け上がる。

むぅ、ケイみたいな身のこなしじゃな。

いや、強化魔法をかけてもらっておる妾達も同じことを出来なくはないが......何かしらの魔道具を使っておるようじゃが......ふむ、捕まえて解析じゃな。

妾は追いかけるべく、屋根へと上がる。

空を飛ぶのは流石に自重したが、追いかける分にはケイの強化だけで問題ない筈じゃ。

問題はどう捕まえるか、じゃが......。


「驚きましたね。まさかここまで追いついてくるとは......それほどまでに私の事を......?」


......なんとも含みのある言い方じゃな。

本気ではないと信じたい所じゃが......。


「しかし、ここまで追ってこられるとなると......これ以上逃げるのは難しそうですね。仕方ありません。逢瀬の舞台としては些か色気に欠けますが、今日の所は我慢していただけますか?後日、とても素敵な所へご招待いたしますので。」


......背筋が物凄くぞわぞわするのじゃ。

なんというか......生理的に受け付けない相手じゃな......。

あまりこやつの話を聞くのは精神衛生上よくなさそうじゃし、急いで気絶させるとするのじゃ。

こちらに向き直った男は懐から魔晶石のついた棒......魔道具を取り出した。


「あまり女性に乱暴なことはしなくないのですが......痛かったら申し訳ありません。なるべく痛みが無いようにいたしますので。」


そう言って魔道具を構えた男じゃったが、ふと何かに気付いた表情を浮かべる。


「あ、申し遅れました。私、トリステッド=ハウエンと申します。以後お見知りおきを。」


「......。」


「よろしければ、美しい貴方のお名前をお聞かせいただけませんか?」


「嫌じゃ。」


「ふふ、にべもなく断られてしまいましたね。まぁ、いずれ教えて頂ければ嬉しいです。」


「......。」


「とりあえず、今日の所は銀髪の美しき方とお呼びしましょう。」


「......。」


......あまりの呼び名に思わず名前を教えそうになったのじゃ。

湧き上がる寒気を抑え込んで男を睨む。

......あぁ、何故ケイが今ここにおらぬのじゃ。

ケイがおれば全力で強化をかけてもらった上であの男の顔面に拳を叩き込めると言うのに......!

生け捕りが条件でなければ岩を顔面に叩き込むのでも良かったのじゃが......流石にこの者にあからさまな魔法を見せるのは得策ではないのじゃ。


「それでは銀髪の美しき方......参りますよ!」


予想以上の踏み込みの早さを見せて接近してくる......なんと言ったか......まぁ、男。

手にしている魔道具の効果は分からぬが、武器であることは間違いなかろう。

迎撃するように斬撃型の魔力弾を撃ちつつ別の魔道具を起動する......振りをする。

相手は一瞬警戒するような様子を見せたが、速度を緩めることなく突っ込んできた。

西方の冒険者にとって魔道具は切り札ではあるものの、複数所持していることは珍しくはない。

そして対人戦において相手の魔道具を警戒するのは基本中の基本じゃが......この男は未知の魔道具の危険性を理解していながら対応できると踏んで突っ込んで来ている。

余程対応力に自信があるのか......それとも手にした魔道具の効果を信頼しているのか......どちらじゃ?

互いの距離が後十歩といった所で男が右手に盛った魔道具を振りかぶる。

中距離攻撃用の魔道具かの?

しかし、男が振りかぶった棒状の魔道具ではなく、左手に持った魔道具が強烈な光を発し妾の目を潰しにかかる。

ケイだったら思いっきり引っかかっておったかものう......まぁ、この辺は経験じゃな。

妾は手をかざして光をさえぎった為、辛うじて視界は潰されずに済んでいる。


「素晴らしい反応速度ですね!」


狙いを外されたと言うのに嬉しそうな声を出すのう。

妾は屋根から落ちぬ程度に後ろに下がりつつ魔力弾を放つ。

あの距離で牽制用の魔道具を使ってきたと言うことは、右手に持っている魔道具は近距離で効果を発揮するものと予想した。


「おっと、バレてしまいましたか。魔道具を用いた戦闘に随分と慣れているようですね!」


たたらを踏んで一度立ち止まり、飛んでくる魔力弾を避けた男が声を上げる。

東方においては魔道具そのものが珍しいと言える。

実際カザン達は初めて会った時、魔道具を所持していなかったのじゃ。

セラン卿の溺愛振りを考えるに、二人を街から逃がした時に魔道具を持たせないはずがないのじゃ......渡せる物があるのであれば。

生活用の魔道具はそれなりに存在するようじゃが......戦闘用はそこまで普及していないようじゃな。

戦闘用魔道具の絶対数が少ないと言うことは、それだけ経験を積める機会が少ないと言うこと......恐らく妾が東方の人間でないことはバレたじゃろうな。


「美しく、賢く、強い。これほどまでに素晴らしい女性に巡り合うことが出来たというのに......戦わなければならないなんて......これほど運命と言う物を呪ったことはありません!」


......これだけ褒められているにも拘らず全く心に響かないのじゃ。

全く受け付けない相手から賛辞されたとしてもただの音としてしか感じぬからのう......どうせならケ......いや、早い所この者を捕らえるとしよう。

うむ、それがいいのじゃ。


「また一人、女性の心を奪ってしまったようですね......そこまで顔を赤らめて恥じらわれるというのも嬉しい物ですよ、銀髪の美しい君よ。」


それは勘違いと言う奴じゃ。

そもそも妾の顔は赤くなってはおらぬ。

とりあえずこの愚か者の間違いを正してやるとするのじゃ。

しかし......近接用の魔道具か......切り札をわざわざ使わせる必要はないからのう。

妾は捕獲の為の作戦を組み立てる。

といってもそこまで大仰なものは必要ない、とりあえず屋根の上から移動させんとな......妾から移動した場合、この男は妾を無視して逃げるだろうことは想像に難くないのじゃ。

上手く下に落とさねばな......。

屋根を崩すのは......ここに住む者に悪いからのぅ......接近せずにとなると中々骨じゃからここは......。

くるくると杖のような魔道具を手の中で回している男は何とも言えない視線を妾に向けてくる。

なんかもう、建物への被害とか魔法の隠蔽とか考えずに全力で吹き飛ばしてやりたくなるのじゃ......。


「それでは、仕切り直しも済んだので今度は最後までいかせてもらいますね。」


気勢を削ぎ、機を制する為に足を踏み出そうとしたその習慣を狙い、今度は妾の方から相手に近づく。

上げた足を地面に下ろすよりも早く接敵した妾の動きに、目を見開いて驚いた男。

そのまま次の行動を起こさせることはさせずに、見せかけだけの魔道具を光らせながら以前ケイとの模擬戦で放った突風を起こす。


「なんとぉ!?」


妙な悲鳴を上げながら男が吹き飛ばされていく。

それを見送りはせず、落下地点を目指して移動を開始する。

ケイに放った時程の威力は出していないのでそこまで遠くには飛んでいかない。

あくまで地面に下ろすための一撃じゃ。

上手いこと路地に落とすことが出来たので急ぎ追撃を仕掛ける。


「驚きましたよ!とんでもない突風......凄まじい威力のまどうっ!」


相手に最後まで喋らせず、相手が背にした家の外壁を変形させて後頭部を勢いよく殴りつける。

白目をむいて倒れた男をさらに魔法を使って拘束......これで妾の任務も完了じゃな。

思いのほか手強かったが......他の皆も無事に捕獲できたじゃろうか?

リィリ達はともかく、トールキン衛士長の部下の方が心配じゃな......。


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