第229話 広がる不安



俺達が領都に戻ってきてから十日程が経過した。

基本的にアザル兵士長の動向や情報についてネズミ君達には集めてもらっているので、街の情報はそこまで重視していないのだが......それでも領都の活気が明らかに減ってきているのが分かる。

リィリさんが気付いた仕入金額の上昇がその屋台だけでなく、領都全域に影響を及ぼし始めたのだ。

実際食材はかなりの値上がりを見せている。

今はまだ混乱が起こるほどではないけど......生鮮食品は流通が滞り始めているらしい。

内乱に呼応した地方軍が治めている地方で治安が悪化、その地方を中心に流通が滞り始めているということらしい。

領都ですらこうなのだから他の場所ではもっと顕著になってきているかもしれない。

コルキス卿が一人で踏ん張るのもそろそろ限界みたいだ......。

......言い方は悪いがこの状況はカザン君達、政権を取り戻そうとする人たちにとっては追い風になるはずだろう。

領地の管理をちゃんと出来ていないって証左なのだから。

とはいえ、この状況を喜ぶような人達ではない。

コルキス卿も頑張っているのだろうけど......一人でやれることには限界がある。

以前話にあった通り、領内の問題がコルキス卿の処理能力を超え始めたのだろう。

反旗を翻した地方軍の治める地方で治安が悪化していると言うことは......その地方軍が反乱に参加した理由はおかしくなった領主を撃つ為とか......義憤に駆られたからと言うような理由ではないのだろう。

......いや、思いだけはあって......そう言った方面が無能って可能性も......あるのかな?

いやいや、確か地方軍の仕事の中には治安維持もあったはず。

通常業務が滞っている時点でやっぱりまともに仕事をしているとは思えないし......義憤に駆られるような人達がそういうことを怠るわけがない。

これもセラン卿達の言う膿の一つなのだろうね......。


「きな臭くなって来たな。」


「......そうですね。」


俺と同じように部屋で留守番をしながら窓の外を眺めていたレギさんがぽつりと呟く。

多分俺と同じようなことを考えていたのだろうな。


「一応定時報告でカザン君には食材の値段が上がり始めているって話はしましたけど......どんどん値段が上がっていっていますね。」


「流石に領都民も事態に気付き始めたみたいだな。商人ギルドがないからその辺の話が広がるのが遅いんだろうがな。」


「あぁ、流通とかの話は商人の寄り合い所みたいな場所があれば情報共有が早くなりますからね。」


「西方とは色々なことが異なるな。まぁ、情報が早く回ると今度は不安になった領民が食料を多く確保しようとしたり、商人が買い占めに走って価格をさらに吊り上げようとしたりするからな。何事にも良し悪しってもんがある。」


「......なるほど。」


利に敏い商人でその人が短絡的かつ利己的な人物であれば、そういったことをするのかもしれない......確か商人に関してもコルキス卿が上手くまとめているって言っていたっけ。


「その辺はコルキス卿がしっかり監視していそうですね。でも流石に限界が近そうですけど......。」


「そうだな......恐らく本当に限界を迎える前にカザン達は動くとは思うが......あまり猶予は無さそうだな。」


「カザン君達ってどういう風に政権を取り戻すのでしょうか?戦争とかですかね?」


「戦争......ではないんじゃないか?槍を交えてって言うのもありかもしれんが、アザル兵士長の目的から考えても兵を率いて戦うって展開にはならないだろうな。」


「なるほど......地方軍や軍部を傘下に入れているならそういった展開になるのかと思っていましたが......。」


となると......どうやって政権をとりもどすのだろう?

選挙とかじゃないよね?


「現在執政を担っているのはコルキス卿だ。そういう意味ではカザンが領都に戻って来た時点で政権を取り戻すことは可能だろうが、上層部を納得させるだけの力が必要だな。今セラン卿達が必死でやっているのは政権を取った後に周りを納得させるための準備、カザン派閥を作っているって所だろう。」


「なるほど......。」


「勿論、前領主の名誉回復も同時に進めているんだろうがな。恐らく領民にはカザンが復権した後に発表するんじゃないか?」


「ってことはそれまでにアザル兵士長を捕らえる必要がありますね。」


「殺す以上に難しい話だがな......。」


そう言ってレギさんは窓の外に視線を戻す。


「アザル兵士長の捕縛ですか......話で聞く限り相当な実力者って感じですし、どうやるのでしょうね。」


「状況にもよるだろうが......俺達だろうな。」


「僕達ですか?」


「あぁ。辺境軍の事は分からないが、恐らく動かせる人材の中で単体でアザル兵士長を捕まえることが出来る奴はいないだろう。もしそれが出来るようであればとっくにやっているだろうからな。そして大勢で囲むって言うのも今の状況では難しい。そんな雰囲気を見せたら恐らくアザル兵士長は領都から姿を消すだろうしな。」


「取り逃がして裏に潜まれるのが一番怖いって奴ですね。」


「あぁ、少人数で取り押さえるなら俺達が一番適任だ。一応全員が怪しいと踏んでいたとは言え、アザル兵士長が黒幕だと確定させたのも俺達だしな。」


アザル兵士長の部下を二人捕獲したことで証言を得ることも出来た。

最悪アザル兵士長を捕まえられなくてもカザン君のお父さんの名誉は回復できるかもしれない。

ただ、カザン君達の安全の為にはアザル兵士長の持っている情報が必要になる。

それに個人的にも聞きたいことはあるし、色々と思う所はあるのでアザル兵士長との直接対決は願ったり叶ったりといった所だ。


「部下を捕まえるのは上手くいきましたし、もうセラン卿に引き渡してありますからね。カザン君から聞いている感じだと魂が抜けたような状態らしいですけど、聞かれたことには素直に答えているみたいですね。」


「......いや、魂が抜けたようなっていうか完全に抜き取りに行っていただろ。魂抜いて抜け殻相手に残った情報抜きとっていっただけじゃねぇか?」


......まぁ、確かにあの尋問には恐怖しか感じなかったけど。


「......彼らがしたことを考えれば何をされても文句は言えないと思いますけど。」


「それはそうだけどな......民衆の前で証言するには不適切な状態かもしれないが......。」


「まぁ......魂抜けた感じですからね......。」


恐怖政治になりかねない......。

そんな風に俺とレギさんがファラの尋問に戦慄していると、ナレアさん達が部屋に帰ってきた。

ってことはそろそろカザン君への定期連絡の頃合いかな?


「街の雰囲気はかなり悪くなって来てるねー。」


「うむ、そろそろ動き始めなければグラニダ自体が相当な痛手を負いそうじゃ。」


部屋に戻ってきた二人は少し困ったような表情をしながら感想を言う。


「二人ともおかえりなさい。丁度僕達もその辺の話をしていたのですよ。」


「そうじゃったか。そろそろ次の動きを考えた方が良さそうじゃ。カザン達の準備がまだ出来ていなかったとしても、妾達がこれからどうするかを決めねばな。」


「......レギさんの予想ではアザル兵士長の確保を僕達がやることになりそうだと......。」


「ふむ、恐らくそうなるじゃろうな。後はタイミングじゃろうが......セラン卿の最大の懸念は地方軍の存在じゃろうな。」


地方軍......アザル兵士長を支持して反乱に加わった連中。

そして現在、自らの職務を全うせずに治安を悪化させてグラニダの経済......ひいては、領民の生活や安全を脅かしている残念な軍。


「地方軍の全てが腐っているわけでは無いじゃろうが......現在それを切り分けていっている最中なんじゃろうな。」


アザル兵士長を俺達が抑えたとしても、それに呼応した軍が残っていると言うのは危険か......。

確かに膿を全て出すのは大事だろうけど......コルキス卿の処理能力が追い付かなくなり始めた以上、ナレアさんの言う様にこれ以上時間をかける余裕はないのだと思う。

カザン君から連絡が入ったら今後の動きについて相談してみよう。

もしかしたら一度センザに戻った方がいいかもしれないね。


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