第207話 信頼



「お爺様、レギ様とケイ様をお連れしました。」


「入りなさい。」


扉の向こうからセラン卿の声が聞こえる。

カザン君が扉を開けて部屋に入り、俺とレギさんがカザン君に続く。

ここは、応接室のようだね。

大きなテーブルとそれを挟むようにソファーの置かれた部屋は、龍王国でヘネイさんに通された部屋に酷似しているように見える。

やっぱり応接室って言うのは何処でも同じような感じなのだろうか?

エルファン卿は今回はいないみたいだね。

ってことは家族としてのセラン卿の話ってことだろうか?


「エルファン卿とカザンから話を聞いたのですが改めてお礼を言わせていただきたい。本当に危ないところを助けて頂いたようで......ありがとうございます。」


椅子に座っていたセラン卿が立ち上がり、深々と頭を下げる。

その声音からも姿からも、全力で感謝してくれているのが分かる。

本当にカザン君とノーラちゃんは大事にされているんだな......。

二人だけで逃がす決断をしたのも本当に苦渋の決断だったのだろう......カザン君の話ではセラン家の全てを囮にして逃がしてくれたって話だったしな......。

結果的に領都にいるコルキス卿が上手く立ち回ってくれてセラン家は大丈夫だったけど......もしカザン君達がセラン家に匿われている状態であったなら悲惨な結果になっていたかもしれない。


「頭をお上げください、セラン卿。私達にとってはただの偶然で、そして当然の事をしたまでです。先ほどから何度もお礼を言っていただいていますし、感謝の気持ちは十分伝わっています。」


「そう言っていただけると......この子たちは以前事故に巻き込まれたことがありまして、私達も少し過敏になっている所はあると思うのですが......。」


「その話はカザン様から少し聞いております。ご心配されるのも無理からぬことと存じます。」


「そうでしたか。カザンから......。」


少しだけセラン卿は考えるそぶりを見せた後俺達を正面から見据える。

何かを決心したようにも見えるな。


「話は聞いていましたが、出会ってから左程時間が立っていないと言うのに、カザンもノーラもあなた方を心の底から信頼しているように感じます。」


そこまで話してセラン卿は一呼吸置く。

この話の展開はなんとなく......。


「ですが、私があなた方に全幅の信頼を置くにはお互いの事を知らなさすぎます。これから先私達には一つの失敗、一つの不安要素すら許すことが出来ない状況となります。能力は勿論、人として信頼できる相手でなければ、作戦を任せるどころか情報の一つさえ聞かせるわけにはいきません。」


「それは、その通りですな。」


セラン卿の言葉にレギさんが応じる。

カザン君は......感情を殺しているようだけど......若干不満そうな感じが出てしまっているな。


「しかしカザン達があなた方を信頼しているのも事実。正直私達はあなた方の扱いを悩んでいるのですよ。」


そこでセラン卿は相貌を崩し苦笑する。


「孫達の信頼するあなた方を無下にするのも......心苦しいですね。私個人としてはあなた方の事を信じたいと思っていますが......事はこのグラニダの行く末に関わること。個人的感情で動くわけにはいきません。」


レギさんが軽く頭を下げた後に言葉を紡ぐ。


「信頼と言うのは余程特別な事情が無い限り、積み重ねた時間が物を言いますのでセラン卿のご懸念はもっともだと存じます。私達冒険者は根無し草のようなものですしね。東方では馴染みのない存在だと言うのもよく理解しているつもりです。」


「確かダンジョンの攻略をしながら日々の糧を得るためにギルドで様々な依頼を受ける、何でも屋のような側面もあると聞きましたが......。」


セラン卿が思い出す様なそぶりを見せながら冒険者の事を語る。


「はい、そうですね。冒険者は基本的にギルドに斡旋された仕事を受けて日々の糧やダンジョン、遺跡に向かうための準備をするための資金を稼ぎます。しかし私達冒険者は、ギルドに所属はしていても組織に縛られているわけではありません。ギルドに所属しているのはあくまでサポートを受ける為です。ですがそこには契約を必ず完遂するという信頼関係が必要になります。依頼主を裏切るような冒険者に仕事を回したとあってはギルドの信用は地に落ちますからね。」


「個人やその集団のみで契約をする傭兵とは違い、ギルドを通して契約するために依頼人とギルドの信頼、ギルドと冒険者との信頼がそれぞれを監視していると言うことですな。」


「おっしゃる通りです。契約は私達冒険者にとって何よりも守るべきものです。それは例えギルドを通さない個人間の契約であっても......いえ、個人を尊重する冒険者として個人間の契約だからこそ絶対に順守する所存です。」


「......。」


「私達はカザン様から依頼を受けています。それはカザン様がこれから成そうとすることに力を貸すという内容です。報酬についても......既に提示されていますしね。」


「ふむ......。」


「勿論、今話している内容がセラン卿の懸念を払拭するものでないことは理解しております。今話しているのは私達の想い、矜持です。」


「いや、その真摯たる思い久しぶりに清々しささえ覚えるほどです。」


そう言って屈託ない笑みを浮かべるセラン卿。


「しかしどうしたものか......正直、優秀な戦力は喉から手が出るほど欲しくはあります。カザンからあなた方の能力は聞き及んでおりますし、こちらから改めて依頼をしたいくらいなのですが......。」


セラン卿の葛藤が分かるな......。

戦力は欲しいがどこまで信用できるか分からない......こちらとしても信用してもらえる材料がないのが苦しい。

ギルドがあれば信用の保証とかしてくれるとは思うんだけど......東方のギルドじゃ頼りには出来なさそうだし......龍王国のギルドに確認を取っていたら一体どのくらい時間が掛かるだろうって感じだろうしね。

膠着状態に陥ってしまったセラン卿とレギさん。

二人の想いは同じところにあるはずだけど、そこにたどり着く為の何かが決定的に足りていないのだ。


「お爺様、よろしいでしょうか?」


セラン卿の傍に控えていたカザン君が声を上げる。

それを聞いたセラン卿が許可を出すとセラン君が言葉を続ける。


「お爺様、レギ様とケイ様にはある程度私達の状況を伝えているのは先ほどお話しさせていただきましたので、細かい話は省かせていただきます。」


「うむ、続けなさい。」


「領都の上層部の正常化、領地外勢力への牽制。この二つは今の所順調に進んでいます。そして現在地方軍の大半に影響力を持つアザル兵士長の排斥。こちらについてはお爺様とエルファン卿が対策を講じておられると聞いています。ですが今回グラニダに仕掛けられた陰謀の黒幕を暴くこと......このことについては現状芳しいとは言えません。トールキン衛士長を筆頭として調査をされているのは存じていますが。」


「そうだな。今回の件の黒幕、および真の目的は現在に至るまで尻尾すら掴めていない。」


「この件の調査、および黒幕の確保をレギ様達に依頼してはどうでしょうか?」


「ほう......。」


「この件は......私達にとっては大切な事ではありますが......領地の正常化と言う意味では優先度は高くありません。勿論放置しても良いと言う話ではありませんが。」


なるほど、確かにカザン君の言う様に今の所黒幕の調査は領地の為と言うくくりで考えるのなら少し優先度を落としてもいいのかもしれないね。

いや、狙いが分からない以上優先して調べたいけれど、相手の姿が影も形も見えないので優先度を下げざるを得ないってところか。

将来的には絶対に調べる必要はあっても、まずは政権を取り戻さないことには話にならないだろう。


「優先度は低いが決して放置しておいていいわけでは無い問題か......。」


「ある程度の情報共有は必要でしょうが、こちらの細かい作戦や動きについては知らせる必要はないでしょう。」


「......こちらの作戦に支障を出さない程度の情報は渡す必要があるが......ふむ、悪くない案だ。レギ殿、グラニダに陰謀を仕掛けた黒幕の調査に協力してもらってもいいだろうか?」


「承知いたしました。幸い私達には情報収集の得意な仲間がいますので、お力になれると思います。」


「それは心強い。それと報酬の件だが......。」


「いえ、セラン卿。私共は既にカザン様と契約をしています。同じ内容で重複して契約を結ぶことは出来ません。」


「そうでしたな。では、レギ殿、ケイ殿。よろしくお願いいたす。」


そう言ってセラン卿は右手を差し出しレギさんがその手を取る。

こうして俺達は正式に上層部の意向を受け、グラニダの為に動き出すことになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る