第199話 セラン家の様子



ドアを開けて入った俺に警戒の色をあらわにする二人。

一人は、よっぱらっていたおじさん。

もう一人はおじさんよりも若い女性。

若いと言ってもレギさんよりも年上だろうけど、三十代後半って感じかな?

因みに俺はマフラーのようなものを顔に巻いて顔を完全に隠している。

さらに成犬サイズのシャルを連れて、腰にナイフを刺している俺は......どう考えても怪しさ百パーセント越えだろう。

確実に目立つ格好だ、隣の部屋から移動してくるだけじゃなければとてもじゃないが出来ない格好だと思う。


「誰に呼び出されたかは理解しているな?」


顔が隠れているのをいいことにそんな心の葛藤をおくびも出さずに俺は二人に問いかける。

声に心の葛藤出てなければいいけど......。

そんな俺の思いをよそに、頷いてから声を出そうとする二人を手で制する。


「一応この辺りは我々の手の者が見張っていて安全は確保出来ているが......聞きたいのはセラン家の様子だ。」


「その前にお聞きしたい。本当にあなたはあの方の使いの者ですか?」


「......これを預かっている。確認してくれ。」


俺は懐からカザン君に書いてもらった手紙を取り出しおじさんに渡す。

羊皮紙に書かれた内容を確認したおじさんは手紙を俺へと返す。

内容は俺の身元を保証するという内容......黒い犬を連れていて黒ずくめの怪しい恰好をしているということが書かれている。


「疑ってしまい申し訳ありません。」


「いや、こちらも信じてもらえないと思ったからこそこうして手紙を用意してもらっていたのだ。気にすることはない。」


綺麗な所作で頭を下げる二人に俺も柄ではない口調で話す。

まぁ......演技は大事だよね


「ありがとうございます。それで......あの方々は......?」


「二人とも安全な場所にいる。詳細は明かせないがな。」


「そうですね......承知いたしました。」


不満と言った様子はなく、本当に安心した様子を見せるおじさんと女の人。

少なくとも俺が見た限りではこの人達はカザン君の味方だと思う。

というか、このおじさん、酔っぱらっていた時とは別人だな。

服装もパリっとしていて、所作も非常に丁寧でかくしゃくとしている。

千鳥足で今にも歌いだしそうなほどご機嫌だった人と同一人物とは思えない。


「まず最初に、途中で受け取った魔道具を見せて欲しい。」


「はい、こちらです。」


そう言って懐から取り出した魔道具を俺に渡してくる。

ナレアさんが言うには、監視用の魔道具を感知したら魔道具が赤く光るらしい。

渡された魔道具は......青い光をほのかに灯している。

問題、監視はなさそうだ。


「問題なさそうだ。話を聞かせてくれるか?」


「かしこまりました。ご存じだとは思いますが、現在私達は貴族区に入ることが出来ません。」


「その件についてだが、何故貴族区への出入りに制限が掛かっているのか分かるか?」


「はい。私共がお仕えしているセラン家の封鎖、監視の為です。」


「セラン家の......。」

やっぱりセラン家が原因だったか。

俺ははやる心を抑えるように質問を続ける。


「では、出入りが制限されるまでのセラン家の事は分かるのだな?」


「はい。皆様ご心労はあるものの、ご健勝でいらっしゃいました。」


「そうか。」


俺は思わずガッツポーズを取りそうになったが、今のキャラじゃないよね。

だがこれは朗報と考えていいんじゃないか?

いや、まだ早計か?


「封鎖されたのはいつ頃からだ?」


「三日程になります。」


後少し早くここに来ていれば普通に入ることが出来たのか......でも、その時点でカザン君の家族は無事だったのか。

っていうかこのおじさん仕事が出来なくなって二日であんなにべろんべろんになるまで呑んでいたの?

やさぐれるの速くない......?

それとも休みの日は完全にハメを外すタイプかな?

今のパリっとした立ち居振る舞いからは想像もできないへべれけっぷりだったけどなぁ。

兄弟か双子でもいるんじゃないかって感じだ。

まぁ、それはともかくとして......。


「なるほど......すまないがここから先の話をする前に一人、人を呼びたいのだがいいだろうか?信頼できる相手であることは保証しよう。」


二人は顔を見合わせたが、真剣な表情でこちらに頷いた。


「すぐに来るのでしばし待たれよ。」


......自分で喋っておいてなんだけど、俺は一体どういうキャラなのだろうか?

ここにナレアさんやリィリさんがいなくて良かった。

確実に爆笑されるだろうな。

そんな風に俺がしょうもないことを考えていると部屋の扉が開かれる。

......よく考えてみたら女装したまま使用人さんの前に引っ張り出すのは......いいのだろうか?

俺の心配をよそにカザン君は堂々とした様子で部屋に入ってくる。

勿論カルナさんスタイルで。


「ネネア、また会えて嬉しく思う。早速で悪いとは思うが母や祖父達の様子を教えてはくれぬか?」


「......はい。あ、その......。」


先程までしゃきっとしていたおじさんが急にしどろもどろになる。

これは......何やら見覚えはあるんだけど、この人誰?って感じだと思うが。

あ、女の人の方は目を丸くしていたけどすぐに正体に気づいたようでカザン君に頭を下げた後、おじさんに耳打ちをしている。

ネネアさんって呼ばれていたし、この人がカザン君のお母さんの侍女の方なのだろうね。

長く見てきたからカザン君の事に気づいたのだと思う。


「っ!?失礼いたしました。」


その様子で気づいたのかカザン君が少し笑い言葉を続ける。


「あぁ、済まない。自己紹介が遅れたな。私の名はカルナだ。よろしく頼む。」


「かしこまりました、カルナ様。私が知る限りのセラン家の様子をお話しさせていただきます。」


元のしゃきっとした様子に戻ったおじさんがセラン家の話をしてくれる。

カザン君は普段よりも堂々とした様子ではあるが、やはり家族の無事を聞いて安堵の色が見える。

まだ現在の状況は分からないけれど......希望はあるのかもしれない。

カザン君に自分の知る限りの情報を話すおじさん達の姿を見ながら俺は祈ることを止められなかった。




「そうか、三日前の時点では母も祖父母も無事だったのか。」


「はい、間違いなく。ですが三日前、領都から兵が派遣されてきまして館を封鎖しました。手荒な真似はしておりませんでしたが......私達のような使用人は全て館より退去を命じられて......貴族区へ近づくことも出来なくなってしまいました。」


「そうだったのか......しかし三日前とは言え無事だったことが分かったのは嬉しかった。感謝する。」


「教悦でございます。ですが本来であればどのような時であってもお館様のお傍を離れるべきでは......いえ、こういう時だからこそ離れるべきではなかったと言うのに......。」


「いや、祖父もそこまで尽くそうとしてくれる其方だからこそ、その身を案じ大人しく従ったのだろう。其方の忠節を受ける祖父の事を私は羨ましく思う。」


「勿体ないお言葉です。」


「それはネネア、其方も同じだ。誰よりも其方の事を信じているからこそ母は今のような事態に巻き込みたくなかったのだろう。その母の想いに逆らうような形になってしまい、母にも其方にも申し訳なく思う。」


カザン君がネネアさんに頭を下げる。

それを見た二人が慌てる。


「頭をお上げください!カザ、カルナ様!そのお気持ちだけで十分でございます。」


慌ててカザン君の名前を呼びそうになったネネアさんだったがぎりぎりの所で踏みとどまる。

やはり偉い人が頭を下げる言うのは下の者にとっては特別なものなのだろうな......頭を上げて欲しいと言ったことは今までも何度かあったが、この二人の言うそれとはちょっと違う感じがするな。


「派遣された兵の責任者の名前は分かるか?」


「トールキン衛士長と名乗っていたと思います。」


「......衛士長?何故領都を守る衛士が街を離れて......?」


「申し訳ありません、私には分かりかねます。」


確かに衛兵が送り込まれるのはおかし過ぎる......衛兵は街の治安を守る組織、警備や警察と言った役割が大きい。

そんな部隊を送り込まなければいけない程、領都には兵力が無いのか......それとも何か理由があるのか......。


「お館様やお嬢様はトールキン衛士長は奥様と面識がある様でした。それに対応もとても丁寧な方だったと思います。」


「私もそのように感じました。衛士が別の街に派遣されていると言うことに疑問は覚えましたが、けして無体をするような人物には感じられませんでした。」


「そのような人物と母に面識が......私はその者の名を聞いた覚えはないが......それほどの人物であれば、顔を見れば分かるかもしれないな。」


カザン君が顎に手を添えて小首をかしげるように考え込む。

......カザン君は本当は女の人なんじゃないかと錯覚してしまうような......いや、そう思ったのは俺だけじゃないようだ。

だってネネアさんもおじさんもカザン君のその表情に見惚れているみたいだしね。


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