第197話 新たなる世界



俺とレギさんは街の様子を調べカザン君に頼まれた手紙を届けた後、皆が待っている丘へと戻ってきた。

拠点にする宿の確保や今後の動きの為の仕込みも終わらせているので明日は予定通り動くことが出来るだろう。

まぁ、相手次第の部分もあるけどね。

とりあえず、それはいいのだけど......。


「......?」


どういうことだろうか?

俺達が仮の拠点にしている丘に見知らぬ黒髪の女の人がいる。

相当な美人さんだ。

レギさんもやはり知らない相手の様で困惑が見て取れた。


「......えっと、こちらの方は?」


女性の傍にいたリィリさんに聞いてみるのだが、何故かニヤニヤしながら紹介してくれない。

何か違和感を覚えてまじまじと女性の顔を見るのだが......軽く目が合った瞬間顔を逸らされてしまった。

......顔をまじまじと見るのは失礼だったな。

しかし......どことなく見覚えがあるような......。

俺がもう一度その美人さんの方を見ると......耳まで真っ赤になっている。

あがり症?


「リィリさん。ナレアさんとノーラちゃん、カザン君はどうしたのですか?」


「ノーラちゃん達は向こうに天幕を張ったからそっちで色々片付けてるよ。すぐ戻ってくると思うけど。」


今度の問いには答えてくれるリィリさん。

そして、俺が皆の名前を出した時に何故かびくりと大げさに反応を見せた謎の美人さん。

って言うか皆の名前と言うか......カザン君の名前を出した時だ。

視線を向けると今度は体ごと向こうを向いて背を向けられた。


「......カザン君?」


俺が声を掛けるとしゃがみ込んで肩を震わせる謎の美人さん......と言うかカザン君。


「......一体何があったの?」


「......み、見ないでください......ケイさん。」


うずくまったまま蚊の鳴くような声で言うカザン君だが......本当に何があった?


「戻ってきておったのか。街の様子はどうじゃった?」


「ケイ兄様、レギ兄様!おかえりなさいませ!」


「うん、ただいま。ノーラちゃん、ナレアさん。ところで......あの、街の様子以上に気になることがあるのですが......。」


天幕から出てきたノーラちゃんとナレアさんが戻ってきた俺達に気づく。

一人を除いて、皆普段通りの様子だ。

除かれた一人は......えらいことになっているのだけど......何故か女性陣はまったく気にしていない。

というかこの状況、間違いなく犯人は女性陣だ。


「一体何がどうしてカザン君がこんなことになったんですか?」


「ほほ、カザンは街に行く必要があるじゃろ?ならば変装しておいた方がいいと思うのじゃ。」


「あぁ、そう言うことですか......確かにこれはすぐには気づかないでしょうね。」


性別が違うし......元々華奢な体格だったし女装姿に違和感はない。

というか違和感所かはまり過ぎていてなんかやばい。

イケメンさんから美人さんになっているのも......かなり怖い。

まさかリアルに男の娘を見ることになるとは......恐るべし、カザン君。


「いいんじゃねぇか?」


......レギさんはもう少し色々と気にした方がいいと思いますが。


「......で、ですが......。」


「兄様、とっても綺麗なのです!」


「うむ、化粧のノリも良かったのじゃ。」


「そうだね。どこに出しても恥ずかしくない美人さんだよ!」


「うぅ......。」


女性陣の大絶賛を受けるも......カザン君はちょっと泣きそうな感じだ。

センザに行くにあたって変装をするのは分かる......分かるのだが......。


「......今日はもうセンザにはいかないですけど......変装するのは明日で良かったんじゃないですか?」


「......。」


カザン君は顔を覆って肩を震わせてしまっている。

いや、ごめんカザン君。

追い込むつもりはなかったんだ。


「いやいや、ケイ君。そんなことはないよ。今日の間に試して、仕上げておけば明日はすぐに準備できるでしょう?時間は有効に使わないとね。」


......確かに明日いざ街に行こうって段階になってから、不自然にならないような変装を作っているのでは遅すぎるか......。


「確かにそうですね。すみません。」


「分かればいーのいーの。」


ニコニコしながらリィリさんが手をパタパタと振り、その横でノーラちゃんもリィリさんの真似をしている......。

しかし......もっともらしいことを言って全力で楽しみましたって感じが凄くするな......。


「まぁ、否定はせんがのう。それより街の様子をそろそろ聞かせてくれぬかのう?」


軽い感じで俺の心の声に返事をしながらナレアさんが話を先に促す。

まぁ今更驚きませんけどね?


「そうですね......カザン君は......その恰好で動くのに慣れるためにもそのままでいようか。」


「ケイさん!?」


顔を隠して肩を震わせていたカザン君が裏切られたみたいな表情でこちらを見上げてくる。

......目が潤んでいることもあって......かなりの美女......。


「ふむ、ケイが何やら新しい嗜好に目覚めそうじゃな。」


「「わー。」」


ナレアさんの呟きに何故か顔を赤らめて俺とカザン君を見るリィリさんとノーラちゃん。

いやいやいや!

少し見惚れたのは否定しませんけど!

それはないですから!


「......ないですよ。それより、街の様子とかカザン君に伝えた方がいいことがあるので打ち合わせをしましょう。」


「そうですね。お願いしますケイさん。」


俺が話題を変えるとカザン君が一転して真面目な表情になり立ち上がる。

こういう動作は......男の人だな。


「んーカザン君その動き方はちょっと......しっかりと女性らしさを意識しないと駄目だよー違和感は消していかないとね!」


「兄様!がんばりましょう!」


「......うぅ。」


凛々しく立ち上がったカザン君が再び崩れ落ちる。

カザン君は明日まで女性陣から厳しいチェックを受けそうだね......。


「話が進まねぇよ。とりあえず演技指導は後でしてやれ。まずは街の様子だが......。」


こうしてやや強引に打ち合わせが始まる。

とりあえず街の平和な様子や貴族区への移動が厳重になっている事、手紙を家の前に置いたこと、その家のおじさんが呑んだくれていたこと、そして拠点に出来そうな宿を確保出来た事等を伝えた。


「手紙の件は......監視していただいているのですよね?」


「あぁ、今もしっかり見張ってくれているはずだ。」


「では、明日までそこはしっかり見張ってもらうとして......問題は貴族区ですね。中の様子自体は自分の目では確認できなくても調べてもらうことは出来るでしょうが......ネランとの接触が難しくなりますね。」


「そのネランさんだけど......まだセンザの街までついてないみたいだね。」


街にいたネズミ君に聞いてみたところネラン=エルファンという人物はセンザの街に来ていないとのことだった。


「ファラさんからの連絡の方が先に届いたと言うことですかね......。」


「道中何もなければ、今向かってきている最中だと思うけど......多分貴族だよね?ネランさんって人は。」


「はい、そうです。」


「だったら貴族区に入る前に......出来れば街の外で会えないかな?」


街の外で会うことが可能であればその方がいいだろう。

しかし、移動中であっても見張りがいたりした場合、カザン君がそこに出て行けばそれこそ飛んで火にいる......といった所だろう。

かといっていきなり俺達が馬車を止めてもな......。


「そうですね......私が接触できれば早いのですが......。」


「いや、まだ味方とは限らねぇからな......それに追手や監視がいた場合かなりまずいことになる。」


「それは......確かにそうですね。」


カザン君が考え込んでしまう。

ここは今日使った手段がいいんじゃないかな?


「カザン君に手紙を書いてもらってマナスに届けてもらったらどうかな?多分幌馬車じゃなくって箱馬車だよね?」


「絶対ではありませんが、恐らく箱馬車だと思います。」


幌馬車ならこそっと手紙を置くことは可能だと思うけど、密室になっている箱馬車の場合はそう簡単には手紙を置くことは出来ないだろう。

でも、マナスなら何とかしてくれるよね?


「マナス。箱馬車の中に手紙を気づかれない様に届けられる?」


俺は肩に乗っているマナスに問いかける。

無茶を言っているのは十分承知しているけど、マナスなら何とかしてくれるっていう信頼がある。

俺に無茶ぶりをされたマナスは、悩む素振りを見せることもなくあっさりと弾んでみせた。

カザン君もマナスが肯定したのが分かったのだろう......なんとも言えない微妙な表情をしてみせる。

ちょっと美人さんが台無しですね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る