第176話 拠点設営



偶に集落に寄って食料を調達しながら俺たちは東進を続けた。

本来十日程で予定の地点まで移動するつもりだったが、十五日程かけて移動してきている。

ファラが心配するといけないので配下のネズミ君に少しゆっくり行くことを伝えてもらったが......ちゃんと連絡は届いているだろうか?

初めて人里に寄った時の街以降は大して大きな集落はなく、村の中でもかなり小さな規模の物しかなかった。

流石のファラも全ての集落に配下は配置できておらず、その内の一か所にだけ配下のネズミ君がいた。

そんな感じでのんびりとしたペースで予定の地点までやってきたのだが......。


「この辺は森が多いですね。」


「そうじゃな......。」


右を見ても左をみても前を見ても森が見えるのだ。

一つの大森林と言う感じではなく、起伏の激しい土地で小さな山を囲むように森があちこちに広がっているようなのだ。


「ここに来るまでは平野って感じだったけど、山が増えてきた感じだね。」


「そうだな。龍王国の山程険しい感じはないが......目的の黒土の森ってのを探すのは骨が折れそうだな。」


「とりあえず、ここを拠点にしてファラが僕たちを見つけてくれるのを待ちましょうか。」


皆で付近の風景を眺めて、若干途方に暮れるような雰囲気になっていたのでとりあえず手を動かすことを提案する。

もしかしたらファラが目的地を見つけてくれているかもしれないというニュアンスも若干込めているけど......いくら何でも期待しすぎかな。


「そうだな。まぁ幸いこれだけ森が多いんだ。食料には困ることはないだろう。水の心配もないことだし、腰を据えて取り掛かっていこうじゃないか。」


俺の提案にレギさんが賛成してくれる。


「では、僕は少し慣れた位置にお風呂を......。」


「いきなりそれかよ。」


俺がお風呂を作ろうとしたらレギさんから呆れたような声がかかる。


「......お風呂いりませんか?」


俺がそう言うと、リィリさんやナレアさんが微妙にソワソワしだした気がする。


「まぁ、俺も嫌いじゃないがな。風呂に関してはケイに任せた方がいいしな。」


「うんうん、お風呂は毎日入るべきだよねー。ケイ君が必死になってた理由も今なら分かるよ!」


「そうじゃな、あの体がしびれると言うか何かがじんわりとしみ込んでくるというか......あれは心地よいのう。」


......リィリさんやナレアさんはすっかりお風呂の虜のようだな。

俺は皆から離れすこしニヤニヤしながら整地を始める。

神獣様の所を一通り回ったらお風呂屋......銭湯か?

その辺りを始めるとか......温泉を掘るか?

応龍様の魔法があれば温泉が出る場所はわかるはずだし......掘るのも楽ちんだ。

温泉って掘ってお湯が出てくればそれでいいのかな?

少し冷まさないといけないだろうけど......普通に掘ったら泥水だったりするんじゃないのかな?

まぁそれはそうと......入浴剤は無理だと思うけど......今度柑橘系のフルーツでも浮かべてみたいな。

そんなことに思いを馳せながらお風呂を作る。

水は潤沢に使えるし、魔道具のお陰でお湯を沸かすのも手間がかからない。

ナレアさんとリィリさんは一緒に入るだろうから結構大きめの物を作っておいた。

満足できるものが出来上がったので皆の所に戻ってきたら、レギさんとリィリさんがいなくなっていた。


「......あれ?レギさんたちは何処に?」


辺りを見渡すがどこにも姿が見えない。


「ん?なんじゃ聞いておらなかったのかの?リィリと二人で森に食料を取りに行ったのじゃ。」


ナレアさんが鍋に水を入れながら答えてくれる。

しかし、俺自身同じことをよくやるけど......何もない空中から水が出てくるのは不思議な光景だな。

空中から注ぐ感じで鍋に貯める必要はないけど......俺もナレアさんも鍋に水を注ぎ入れるというイメージのほうが魔法を使いやすいのだ。


「あれ?そうだったんですか。ちょっとお風呂の事を考えていたかもしれません......。」


「風呂の事を?」


「えぇ、柑橘系の果物をお風呂に浮かべて入りたいなぁとかですね。」


「果物を湯に浮かべるのかの?何故そのようなことをするのじゃ?」


「えっと......香りがいいのでお風呂でより落ち着けたり......病気に強くなったり......あ、肌がきれいになる効果もあったかと思います。」


「ほう!それは実に興味深い効果じゃな!なぜそのようなことに?」


「......僕もよく知りませんが......果物に含まれる栄養がお湯に溶け出すとかですかね?」


「ふむ......べたべたしたりはせんかのう?」


「そこはお風呂の中なので大丈夫ですよ。」


「なるほどのう......しかし、ケイは肌を綺麗にしたいのかの?」


「......僕はその効果を望んでいると言うより......純粋に香りが好きなんですよ。」


「ほほ、別にケイが美肌に力を入れてもいいと思うのじゃ。まぁ果物を浮かべるのは......東方では難しいかもしれぬが、そのうち試してみたいものじゃな。」


「気に入ってもらえると思いますよ。」


「楽しみじゃな。」


柑橘系の果物は龍王国や都市国家の方でも見たことがあるから実現は出来るはずだ。

そこそこ量が必要だし......食糧事情の厳しい東方でやるのは流石に気が引けるね。


『ケイ様。何者かがこちらに近づいて来ています。』


なんか東方にきてすぐシャルから同じセリフを聞いた覚えがあるな......。

あの時はなんとも微妙な人たちの襲撃......のようなものがあったが。


「また野盗みたいなのかな?」


『分かりかねますが......ただこちらを目指している様ではないです。前方に二人、後方に五人......おそらく前方の二人は後ろにいる者から逃げていると思われます。』


「なるほど......ナレアさん。誰かが追いかけられているみたいです。」


「追いかけられておるじゃと?こっちを目指して逃げてきておるということかの?」


『このまままっすぐ逃げてくるようならある程度近くと通ると思います。あちらの森から出てきます。』


シャルが前足で森を指す。

......言っている場合じゃないとは思うけど、可愛い。


「あちらの森から出てくるということかの?」


シャルの動きをみたナレアさんが森へと向き直る。


「そのようです。ここを目指しているわけではなく、偶々近くを通ると言った感じのようですが。」


「ふむ......それでどうするのじゃ?」


「......関わらないほうがいいですよね?」


「まぁ、お勧めはせぬのう。どう考えても厄介ごとじゃからな。」


「......様子を見てもいいですか?」


「......仕方のない奴じゃな。」


眉をハの字にしながらナレアさんは苦笑している。


「すみません。」


「気にしなくていいのじゃ。ケイの旅に付き合うと言ったのは妾じゃからな。レギ殿もリィリも......まぁ多少怒るくらいで許してくれるじゃろう。」


ですよねー怒られますよねー。

いや、様子を見た結果関わらなければいいだけだ、うん。

もしかしたら世紀末覇者に追われるモヒカンという可能性もあるしね。

追われる方が常に善人とは限らない。

寧ろ盗賊が兵士に追われている可能性も十二分にあり得る。


「ここで野営の準備をしているのはまずいですよね?」


「この付近を通るのであればそうじゃな。」


「片付けますか?」


「いや、こうするのじゃ。」


そう言ったナレアさんが地面に手を置いて魔法を行使する。

すると準備していたテントや竈等を覆うように土や岩が盛り上がりドームのようになっていく。

更に草が石と土で出来たドームに生えて年月を感じさせる雰囲気へと変わった。

植物の成長促進か......なるほど、こんなことも出来るのか。


「......竈に火をつけていたから煙が出てきますね。」


「完全に塞ぐと火が消えてしまうからのう......。」


「火を消しておきましょう。天幕とかが燃えてしまうと悲惨ですし。」


「それもそうじゃな。多少の手間を惜しんで大惨事になってしまっては元も子もないのじゃ。」


ナレアさんはドームに入口を作ると中に入っていく。

......そんなに長いことドームの中で燃えていたわけじゃないけど......一酸化炭素とか大丈夫かな?


「......ナレアさん。大丈夫ですか?」


「問題ないのじゃ。」


ナレアさんがドームから顔をひょっこりだして返事をする。


『ケイ様、もう間もなく前方の二人が森から出てきます。』


「ナレアさんそろそろの様です。」


俺とナレアさんはドームの陰に隠れるようにしながら森の方を警戒する。

一体何が出てくるのか......。

やがて森から飛び出してきたのは......。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る