第175話 ここは雑貨屋



「何も利権だけが戦争の理由ではないのじゃ。」


俺の顔色から何を考えているか分かったのかナレアさんが言ってくる。


「......なんとなくは分かりますが。」


食料問題や怨恨、面子とかもあるだろうか?

食糧問題はともかく......ほかの理由で理由で戦わされる兵士はたまったものじゃないと思うけど......。


「どんな理由があっても戦争は良くないと思うのは西方に住む妾達にとっては普通じゃな。国は極力戦争を避けようとするし、最後の最後......最終手段じゃと考えておる。しかしこちらは違う。そんな悠長なことを言っておっては攻め入られるからのう。つまるところ戦争が収まらぬ最大の理由は、隣人への不信じゃな。」


「不信ですか......。」


「土地を開墾すれば奪われる、ダンジョンを攻略すれば奪われる。食料が、水が......それでも生きていくためには必要で、開墾して、攻略して......守らなければならない。奪われ、奪い、裏切り、裏切られる。一から作るより元からあるものを奪った方が早いと考えるのは......短絡的ではあると思うが、それは余裕があるからこそ言えることじゃな。」


「ですが......皆がそうするわけでは無いですよね?現にこの街は経済活動が行われていて、活気もあります。」


俺は辺りに視線を向ける。

お客さんを呼び込む声に値切り交渉をしているであろうお客の声。

雑多なざわめきの中に悲壮な感じは見受けられない。


「当然じゃ。生産者がいなければ奪う物すらなくなってしまうからのう。しかし彼らだって奪われるために作っているわけでは無いのじゃ。ならばどうするかの?」


「守るために戦うってことですか?」


「奪うために戦い、守るために戦う。一度始まってしまった戦争は終わらせることの方が難しいのう。」


「それがこの地方で戦乱が収まらない理由というわけですか......。」


「恐らくのう。まぁそういうわけで、これが彼らにとっての日常じゃ。活気があるのも公然と奴隷取引が行われているのも、な。」


戦争が日常だからと言って常に殺伐としているわけじゃない......か。

当たり前の事なのだろうけど......実際に見るまでは理解しがたいというか納得できないというか、そんな感じだ。


「これがここの日常なのですね。」


「外から見たら歪だとしても中に入れば普通なのじゃよ。」


「......慣れたいとは思い難いです。特に、その奴隷とか......。」


俺はとおりの向こうへゆっくりと移動していく荷車を見つめる。


「全てに慣れる必要はないと思うのじゃ。ここにはここの、妾達には妾達の常識がある。永住するつもりは無かろう?」


「......それはそうですね。用事が終われば西方に戻ります。」


「ならば、ここではこういう物だと思って、あまり深く関わらない様にすればすればよいのじゃ。それにしても奴隷を随分と忌避しておるようじゃが、何か思い入れでもあるのかの?」


「そういうわけでは無いですが......あまり気持ちのいい物とは思えないですね。」


「ふむ......まぁきつめの労働者と大して違いはないがのう。給金は発生せぬが、衣食住は保証されておる。犯罪者を牢屋に入れて国庫を使って生活させるよりは生産的じゃろ。」


「そういうものなのですか?」


「うむ。先ほども言うたが、人という資源は貴重じゃからな。精々、生かさず殺さず......酷使すると言った感じじゃな。」


「......キツそうですよ。」


「人が避けたがるような仕事をさせられるわけじゃからな......っとケイ。そこの店で買うのじゃ。」


そう言ってナレアさんは店に近づいていく。

店と言っても露店と言った感じだが細かい生活雑貨を売っているようだ。

それにしても奴隷やこの辺りの状況について随分とナレアさんがさばさばとしているというか......あぁ、深く関わらないようにするなってそういうことか。

ナレアさんだってここが心地よいわけでは無いからこそ、距離を取っているんだ。


「ケイは何か欲しい物はないのかの?」


雑貨を見ながらこちらに問いかけてくるナレアさんは普段通りの様子だ。


「......お茶が欲しいですね。」


「ケイよ。この店で茶を所望しても絶対に出てこないのじゃ。」


「すまねぇなぁ、にーちゃん。折角来てくれた客に茶の一つも用意できなくて。」


「あ......すみません。いや、お茶を飲みたいとかいう話ではなくてですね?」


余計なことを考えていたせいか間抜けなことを......いや、みんなから言わせれば普段通りの俺か。


「はっはっは。茶を飲むならもう少し進んだら食事処があるからその辺の店に入ると良いぜ?」


「ほほ、ではケイよ。この辺の店を回ったら行ってみるのじゃ。」


「はっはっは。にーちゃん、女性の買い物に付き合うのはきついよなぁ!休みたくなる気持ちはよく分かるぜ!」


快活に笑う店の親父さんは、俺の知る都市国家等でよく見かけた気のいい親父さん達と何ら違いはなかった。


「あーそうではなく、持ち帰って自分で淹れるお茶の葉が欲しいのですよ。」


「どちらにせよここには置いていないのじゃ。」


「品揃えが悪くてすまねぇなぁ。」


本当にこの世界の人達は隙を見せたら全力で揶揄ってくる人達ばかりな気がする......。


「まぁ、茶葉が欲しいなら三件隣の店で扱っているから見ていくといいぞ。」


「すまぬのじゃ、店主。連れがつまらぬことを言った。」


「はっはっは。勿論茶だけじゃなく色々買って行ってくれるんだろう?」


「当然、全部こやつが払うのじゃ。」


そう言ってナレアさんは商品を手に取り物色を始める。


「色気のねぇ贈り物だな。装飾品関係は......ちっと入手が難しいと思うが、もう少しいい贈り物を考えた方がいいぜ?」


「あはは、まぁ......考えておきます。」


「こんな美人の嬢ちゃんだ。人攫いに連れていかれないようにしっかり守ってやれよ!」


「うむ、妾は美少女じゃからな。しっかり守るとよいのじゃ。」


「......注意しておきます。」


ナレアさんと店の親父さんが揃って機嫌良さそうに笑う。

まぁナレアさんに手を出した相手は大変なことになるかもしれないけど......念の為注意はしておこう。

少し余計な事を考えたのをしっかり察知されたようで、ナレアさんから笑顔で睨まれている気もするが俺が大変なことになる前に別の事を考えよう。

しかし......人攫いか......攫った後はやっぱり奴隷として売るとかなのかな......。




必要な物を買い込んだ俺達はレギさんたちと合流して昼食をとっていた。

言うまでもなくリィリさんが見つけたお店ではあるのだが......あまり味はいいとは言えない。

間違いなく今までリィリさんに連れられて入ったお店の中では一番微妙な味わいだろう。


「まぁ......仕方ないよ。調味料の類を購入しようと思ったけど殆ど手に入らなかったもんね。香辛料なんかは全滅。」


少し残念そうな表情をしたリィリさんが街の食事状況を教えてくれる。

そうか......香辛料や塩の類が貴重なんだな......。

しかし、そう考えると......スープは薄味ではあるものの色々な野菜の味が溶け込んでいて味わい深い気がする。

他の料理は......ちょっと味が感じられないけど......素材の味を引き出すためにもう少し塩が欲しいな。


「ハーブの類はこの先見かけたら採取した方がいいかもなぁ。後は......。」


リィリさんが声を潜めて俺とナレアさんに聞いてくる。


「二人の魔法で岩塩って採れないかな?」


「元々この辺が海だったら探して掘り出すことは出来ると思いますけど......どうでしょうね。」


「塩であれば......海水を作ることが出来ればそこから取れるかもしれぬが。」


俺とナレアさんは揃って頭を悩ませる。


「塩はまだ備蓄はあるが......確かに得られる手段があるなら助かるな。」


「海に行けば採る自信はありますけど......作れるかどうかは......。」


恐らく水は空気中とか地中とか......その辺りから集めている感じで作っているのだと思う。

でも塩って......空気中に含まれてないよね?


「一緒に試してみようではないか。これも面白そうな研究じゃ。」


ナレアさんが目をキラキラさせながら誘ってくる。

本当にナレアさんは研究とか実験とか調査とかが好きだな。


「えぇ、試してみましょう。おいしいご飯、豊かな食卓の為に。」


俺がそう言うとナレアさんが満面の笑みを浮かべる。

更にその横でナレアさん以上に嬉しそうな笑顔でサムズアップするリィリさんがいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る