第160話 襲来



「ありがとうございました。皆様のお陰で遺族の方々に遺品を届けることが出来ます。」


久しぶりに顔を合わせたヘネイさんにお礼を言われる。

俺たちは今、依頼完了報告にヘネイさんのもとを訪ねていた。


「ほほ、礼には及ばぬのじゃ。依頼じゃからな。」


「それでも、龍王国の民の為に働いてくださった皆様にお礼を言いたいのです。」


「そうか、うむ。では素直に受け取っておくのじゃ。」


そう言ってナレアさんは笑みを浮かべ鷹揚に頷く。

ナレアさんは体が小柄で年若い感じだがこういった所作が非常によく似合うな。

もう一度頭を下げたヘネイさんは顔を上げると笑みを浮かべる。


「それで、遺跡はどうでしたか?面白いものは見つかりましたか?」


「そうじゃな、元々地下に作られた施設だったようでな。かなりしっかりと遺跡の形が残っておったのじゃ。まぁ残念ながら魔道具は殆ど無効化されておったし、あまり研究に使えそうなものはなかったのう。ゴーレムはかなりの数がおったが......まぁ倒してしまうと魔道具としての効果も失ってしまうのは言うまでもないことじゃな。」


「そうですか......新しい発見はありませんでしたか......。」


「報告書は纏めてあるから確認しておいて欲しいのじゃ。」


そう言ってナレアさんは羊皮紙をいくつかヘネイさんに渡す。

この報告書は俺たち全員で打ち合わせした内容が記載されている。

ナレアさんが作った概要を基に報告出来る内容と外に出すのはまずいと思った内容に分け、いくつかの魔術式も記載されている。

ナレアさん曰く、今まで見つかったことのない魔術式もあるようだが効果の程は大したことがない物を選んでいるとのこと。


「ありがとうございます。」


ヘネイさんが報告書を受け取ったところで扉がノックされる。


「ヘネイ様。お伝えしなければならないことがありまして......。」


「今は客人が来ているのですが。」


扉の向こうから女性の声が聞こえてくる。

おそらくヘネイさんの侍女をしているいつもの女性だろう。


「申し訳ありません。ですが、最優先伝達事項です。」


「っ......分かりました。ありがとう。下がってください。」


ヘネイさんの顔色が変わり扉の外にいる人に下がるように声をかける。

最優先伝達事項と聞いただけでヘネイさんは全てを理解したようだが......何かの緊急事態だろうか?


「どうしたのじゃ?大丈夫かヘネイ?」


「大丈夫では......ありません。非常に困った事態です。聞いていた情報ではまだ時間があるはずだったのですが......申し訳ありません、皆様。私は急いで応龍様の所へ行く必要が出来ました。」


「そうか、何か手伝えることがあれば言ってくれいいからの?」


ナレアさんがそう言っている間にもヘネイさんは外に出る準備を続けている。

普段のヘネイさんからは想像できないくらい慌てているな、俺たちがいる前で準備を始めるくらいだし。

貴族として教育を受けているヘネイさんはこういった様子を人に見せることはないのだが......それほどの事態ということだろう。


「いえ、この件に関してナレア様達のお手をお借りするには少し難しい問題ですので。皆様、申し訳ありません。お話の途中だというのに手前勝手な理由で辞することをお許しください。」


ヘネイさんが俺たちに向かって頭を下げる。


「いえ、お構いなく。ナレアも言っていましたが何かお手伝い出来ることがあったらお声をかけて下さい。暫くは王都に滞在していますので。」


「ありがとうございます。もしもの時は頼らせていただきたいと思います。」


レギさんの申し出にヘネイさんが応えた瞬間、廊下のほうが俄かに騒がしくなる。


「っ!まさかもうここまで!?」


ヘネイさんの顔が苦々し気に歪み、俺たちは扉に向かって身構える。

次の瞬間扉が開け放たれ......。


「ただいま戻りましたよ!ヘネイ!」


爽やかでありそして晴れやかな、満面の笑みを浮かべたワイアードさんが立っていた。




「長きに渡る任務よりのご帰還、お慶び申し上げます。」


表情を消したヘネイさんが折り目正しくワイアードさんに挨拶をしている。


「えぇ、今回の騒動は龍王国全体を揺るがしかねないものでした。全てを助けられたわけではありませんが、民に大きな混乱が広がる前に収めることが出来たのは嬉しい限りです。」


そう言って部屋に飛び込んできたワイアードさんは俺たちに向かって勢いよく頭を下げる。


「本当にありがとうございました。皆様のお陰で今回の事態を収めることが出来ました。ナレア様にご提供いただいた魔道具や対策のお陰で騎士団の被害も最小限に......本当に感謝の念に堪えません。」


ヘネイさんの様子は気になるが......。


「ほほ、妾は大したことはしておらぬよ。騎士団であるそなた達が身命を賭して成し遂げたこと、妾は少し知恵を貸しただけに過ぎぬのじゃ。」


「そう言っていただけると部下たちも報われます。」


爽やかな笑みを浮かべるワイアードさん。

とりあえず腰を上げていた俺たちだったが脅威はないようなので腰を下ろす。

しかし先ほどからヘネイさんの表情が消えている。

ナレアさんと言い合っていた時とは別の方向で......かなり怖い。


「ところでヘネイ。今日は話があってきました。」


ヘネイさんの方に向き直り真剣な表情をするワイアードさん。

先ほど言っていた最優先伝達事項とかいうやつの事だろうか?


「私たちは席を外したほうが良さそうですね。ヘネイ様、ワイアード様。失礼いたします。」


何故かナレアさんが複雑な表情をして黙っているのでレギさんが代わってこの場を辞する事を伝える。

ヘネイさんの表情を見る限りかなりの厄介ごとのようだし、俺たちがここで聞いていい話ではないだろう。

ワイアードさんはいつも通り爽やかな笑みを浮かべているように見えるが、やはり真剣というか緊張しているようにも感じられる。


「いえ、巻き込んでしまうようで申し訳ありませんが、皆様にも立ち会っていただきたく思います。」


よく分からないがワイアードさんがここに居て欲しいと言うので、立ち上がろうとした俺たちは再度椅子に座りなおす。

しかしそれを見たヘネイさんは一瞬だけ表情を変えた。

気のせいか物凄く嫌そうな表情に見えたけど......。

ヘネイさんのその表情にワイアードさんは気づかなかったのか、居ずまいを正しヘネイさんを真正面に見据えて言葉を告げる。


「ヘネイ。もう一度ワイアードの姓を名乗ってくれませんか?」


「ワイアード様、私は巫女となり家を出た身。どうして今一度ワイアードの姓を名乗れましょうか?」


あぁ、なるほど。

ワイアードさんはヘネイさんに家に戻ってもらいたいのか、そしてそれをヘネイさんは煩わしく思っているってことか。

妹を心配する兄と干渉されたくない妹......ってことかな?


「ヘネイ、そのような他人行儀な物言いは......。」


ワイアードさんが少し悲しそうに告げるがヘネイさんの態度は変わらず......。


「王国の重鎮であらせられるワイアード家の長子であり、騎士団でも若手の頃より類稀なるご活躍をされてこられたワイアード様に対して敬意をもって接するのは当然のことです。」


ヘネイさんが感情を感じさせない目でありながら口元だけ笑みの形になっているという、ちょっと夜に見たら悲鳴を上げてしまいそうな表情でワイアードさんに応じる。

一体どうしたらヘネイさんがこんな表情で対応するようなことになるのだろうか?

ワイアードさんは物凄く親しみを込めて接しているように見えるのだけど......。


「......分かりました。遠回しに言うのはやめましょう。ヘネイ結婚しましょう。」


......ん?

理解の追いつかない俺を他所に、ワイアードさんは片膝を付きヘネイさんに手を差し伸べている。


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