第148話 そんなものです



「......そういうことだったのじゃな。そうなると......マナスよ、この位置にあった魔術式を見せてもらえるかの?」


ナレアさんがマナスを抱え込んで離さない。

地図とマナスを抱えて遺跡のあちこちを飛び回りながら羊皮紙に色々と書き込んでいる。

全然関係ないけど、メモ帳とか手帳って偉大だなって思う。

こういう作業の時は片手に持ってさらさらっとかけるもんな......ボールペンとかもか。

ナレアさんは何かに気づいたら紙とインクを用意してそこに書き込んだらインクが乾くまでその場に紙を放置、たまにうっかり擦って書いたことを派手に失っている。

その度にナイフで削って書き直しているけど、かなり使い勝手が悪そうだ。

紙か......小学生の頃に牛乳パックから作った事あるけど......木からも同じ感じに作れたっけ?

確か牛乳パックを細かくちぎって水に溶かす感じににして......ノリを混ぜて......梳いて、乾かして完成だっけ?

物凄くでこぼこした、俺の知っている紙とはかけ離れた物体だったけど......。

そんなことを考えている間にナレアさんは別の場所へと向かおうとしている、目を離すのは危険だな......しっかりと護衛をしよう。


「やはりそうか......。」


「何かわかったのですか?」


「うむ、この施設には離れた位置を見たり聞いたりする魔術式があるようじゃ。以前ケイが指令室からゴーレムに指示を出すと言っておったろ?どうやらそれも不可能ではなさそうじゃな。」


「神殿の襲撃犯が視界を共有するような魔道具を使っていましたが、そんな感じですか?」


「似たようなものじゃが......少し違うのじゃ。あれは対となっている魔道具を持っている人間が相手と同じ視界を得ることが出来る魔道具、こちらはその魔道具がある周囲の風景を別の場所に映し出すと言った感じじゃろうか?」


監視カメラってことか。


「なるほど......僕が元居た場所にも似たようなものはありました。防犯用ですね。」


「防犯?この魔道具は景色を見たり聞いたりするだけじゃぞ?どうやって防ぐのじゃ?」


「あーえっと、お前の悪事は全部見ているぞって脅しつける......抑止力のようなもので。」


「見ているだけで攻撃はしないのかの?それでどうやって防ぐのじゃ?」


「その場で取り押さえることもありますが......基本的には後から捕まえたりとする時に使われますね。」


「常に風景を見ておくという事か......それなら見張りを立てておいた方が即応出来るのではないかの?」


「ん?」


「なにか違うのじゃ?」


「あぁ!えっと僕達の世界の場合、その風景を保存しておけるのですよ。後からいくらでも見直すことが出来ます。」


「なるほど......その場でなくても見ることが出来るということか。何か問題が起こった時に後から確認して下手人を見つけると......それであれば確かに盗み等には効果がありそうじゃが、殺人やこのような研究施設を守るという意味ではあまり意味を成さないのではないのか?」


「確かに見るだけではそういったものを防ぐのには向いていませんね。現に殺人は記録されながらも起こりえますし......でも施設の防衛と言う意味で言えば記録としてよりも一か所にいながらで複数の場所を確認出来ることが利点ですね。この遺跡で言えば、遺跡全体を少ない人数で見張りつつ侵入者を見つけたらゴーレムに指示を出せば良いってことです。」


「ふむ......それで指令室ということか。確かに複数の風景を同時に確認しながら指示を出すというのは理想的じゃな。これを屋外に設置したら......戦争の形が変わりそうじゃな。」


「......遺跡は怖い所ですね。」


過去の技術を見つけたことで時代が一気に加速することもあるんだな......。

主兵装が剣や槍、弓であるこの世界で情報処理の技術だけが何世代も先に行く......恐らく情報戦からの罠による軍の壊滅を狙うようになるのかな?

もしくは暗殺合戦か......。

どちらにせよ情報をより正確に、より早く入手したほうが勝つような戦争になるわけだ。

まぁ......この世界の戦争がどんな感じに行われているのかは知らないのだけどね......案外、ものすごい魔道具とかを駆使して銃撃戦とかしているかもしれない。

冒険者の装備を見る限りそれはないか......。


「うむ、生活の質が向上するのは言うまでもないが......兵器としても簡単に転用できてしまうからな......ゴーレムなんかわかりやすい兵力じゃろ。まぁ解析に成功した例は殆どないがのう。」


「そういうものですか......。」


「とは言え......この遺跡の魔道具は、あまり世に出さないほうが良いかもしれぬのう。」


「それが良いかもしれませんが......ここに成功例がある以上、遅かれ早かれ自分たちで辿り着くのではないですか?」


「そうじゃな。だがそれには長い年月がかかるじゃろう。今この時に一気に技術を加速させるよりは安全じゃと思いたいな。」


「難しい話です......。」


「まぁどれを報告してどれを秘匿するかは妾が考えるのじゃ。勿論相談はさせてもらうがの?」


そういってナレアさんは羊皮紙から顔を上げ、こちらを向いて笑った。


「どのくらい力になれるか分かりませんが。」


「ほほ、ケイには異なる世界の知識があるじゃろ?それを参考に聞かせてもらえるだけでもありがたいのじゃ。」


「僕はあまり勉強をしてこなかったので色々と中途半端ですよ?」


「勿体ないのう。確か学生とか言っておらんかったか?」


「えぇ。一応後四年半くらいは学生の予定でした。」


「それなのに勉強をしていないとはどういう事じゃ?」


ナレアさんが訝し気に問いかけてくる。


「あー僕たちの世界というか、国では誰でも一定期間学生でいることが義務付けられているんですよ。」


「それは......全ての人間がかの?」


「そうですね。国によって定められています。国がお金を出すので個人の負担はある程度って感じですね。」


「随分と気前のいい話じゃな。そもそも知識は秘匿する物と思うのじゃが。」


「僕達の世界の場合。ある程度の知識は誰でも閲覧することが出来ますから。それに人が物凄く多いんですよ。人が多いと管理する側も人数が必要になりますよね?だから広く人材を育成しないといけなかったんじゃないですかね?」


「ふむ......貴族や一部の有識達では処理しきることが出来ないということか。」


「まぁ、億はいますからね。」


「おく?」


「えぇ、人口が、僕の国だけで億、世界全体なら八十億近くいますね。」


「おくって億!?人口が......はちじゅうおくじゃと!?」


「えぇ、ここ百年くらいで激増したのですよ。」


「百年で何があったのじゃ?」


「各種技術革新ですかね?僕も詳しくは知りませんが......工業、農業、医療、経済、通信。今までの積み重ねがこの百年で一気に加速したのが原因じゃないでしょうか?」


「想像も出来ぬような世界なんじゃろうな......。」


「そうだと思います。もしこの先僕が元の世界に帰るようなことがあったら......全然見知らぬ世界になっている可能性がありますね。」


浦島太郎とまでは行かなくても、五年もあれば色々なものが変わってそうだ。


「......ケイは元の世界に帰りたいのじゃろ?」


「え?別にそうでもないですけど?」


「......は?」


「こっちはこっちで楽しいですからね。両親に連絡さえ出来れば、僕はずっとこっちにいていいと思っています。」


「それでいいのじゃ?残してきたものだってあるじゃろ?」


「両親以外は特に......その両親も好きに生きろってタイプですしね。連絡が取れれば問題らしい問題は特にないですね。それを叶える為のこの旅ですし。」


「なんともあっけらかんとしたものじゃな。」


「ナレアさんも、レギさんもリィリさんも生まれ故郷から離れて生活をしているじゃないですか。似たようなものですよ。」


「いつでも帰ることが出来る妾達とは流石に同じとは言えぬじゃろ。」


「そうですかね?」


「そうじゃよ。」


そんなものかな?


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