第134話 かみはしんだ



ナレアさんに言われて、自分の台詞を反芻してみる。

......確かに!?


「あ!いやっ!ちがっ!」


「吐いた唾は吞めぬのじゃ。さてどうしようかのう。ここまで情熱的に求められてしまってはのう。」


ほほほと実に楽しそうに笑うナレアさん。


「待った!待ってください!そうじゃないです!」


「んー?どうしたのじゃ?いつもとは随分と様子が違うではないか?」


「そうだねぇ、どうしたんだろうねぇ。随分余裕がないみたいだねぇ。」


「ぐ......。」


落ち着こう。

そういうつもりはなかったが、最近色々と考えることがあったせいで妙に熱の入った言い回しになっただけだ。

決してそんなつもりはなかったはずだ。


「ふぅ。いえ、確かに誤解を招くような言い回しでした。ですが、僕の偽らざる想いです。ナレアさん僕達と一緒に来てくれませんか?」


「......う、うむ。分かったのじゃ。」


ナレアさんが俺から視線を逸らしつつ返事をくれた。


「ナレアちゃんそれでいいの?」


「ま、まぁ今日の所はこのくらいでよかろう......。」


ナレアさんとリィリさんが謎の会話をしているが......了承してくれたので良しとしよう。


「ありがとうございます。ナレアさん。改めてよろしくお願いします。」


「......うむ。よろしく頼むじゃ。」


「まぁ、いっか......ナレアちゃんこれからもよろしくね。」


「よろしくな。」


リィリさんとレギさんがナレアさんに挨拶をする。

さらに肩に掴まっていたシャルが飛び降りてナレアさんと視線を合わせる。

シャルも挨拶しているみたいだね。

マナスは俺の肩に残ってリズミカルに揺れている、ナレアさんと一緒に旅が出来ることが嬉しいのか機嫌が良さそうだね。


「ところでレギさん。」


「ん?なんだ?」


「レギさん達は応龍様の加護をもらわなくていいのですか?応龍様に話をすればきっと受けてくれると思いますが。」


「俺は魔力が少ないからな。普通の魔道具を使うので精一杯だ。それとリィリはな......。」


「あはは、ケイ君。私は加護を貰わないほうがいいみたいなんだ。」


ナレアさんの傍にいたリィリさんがいつの間にか場所を変えてレギさんの傍にいた。


「加護を貰わないほうが良いっていうのはどういうことですか?」


「実はね、この体になってからシャルちゃんに色々と相談に乗ってもらっていたんだ。それで魔物としての進化についても話を聞いていたんだけど、加護を貰うと高確率で進化が起こる可能性があるんだって。特に加護を貰った場合種族がその加護をくれた神獣に近くなることが多いみたいで......さすがに今の姿から変わっちゃうのはねぇ。」


なるほど......それは絶対に加護を受けるわけにはいかないね......。


「ってわけだから私達の事は気にしなくていいよ。」


「......分かりました。」


リィリさんの事も母さんや応龍様に聞いてみよう......ナレアさんもいれば俺よりも詳しく話をしてくれるはずだ。


「そう言えばケイよ。一緒に来て欲しいとは言っておったが、妾の方の用事にも付き合ってくれるのかの?」


シャルと話をしていたナレアさんがこちらを見ながら問いかけてくる。


「えぇ、それは勿論ですよ。」


「それは良かった。実はヘネイから一つ頼まれておってのう。」


「ヘネイさんからですか?」


「うむ。以前魔導士ギルドの件について相談したいと言っておったのを覚えておるかの?」


「えぇ、魔導士ギルドが現在の人手不足に陥ったことについて、依頼が終わった後に相談をしたいと言っていましたね。」


「うむ、あの時のあやつ、妙に怪しい雰囲気をしておると思ったら......魔術師ギルドの人手不足は遺跡が関係しておったようでな。道理で言いにくそうにしておった訳じゃ。」


そういえばヘネイさんの様子がこの話題の時に少し妙だったっけ。


「なんで遺跡が関係していると言いにくいのですか?確かナレアさんは遺跡専門の冒険者って言っていましたよね?相談するには打って付けだと思いますが......。」


いや、一応相談はしているから問題はないのか?

でも言いにくそうにしていたのはなんでだろう?


「どうせ遺跡の話を妾にしたら応龍の依頼をそっちのけにして遺跡に向かうとか邪推したのじゃろう。まったく失礼な奴じゃ。」


「そうですね......いくらなんでも依頼を放り出してまで遺跡を優先したりしないですよね?」


「う......うむ。全くじゃ。全くもってそのとーりじゃ!」


何か突然口調が怪しくなったような......。

目線を逸らしたナレアさんはなかなかどうして遺跡を優先しないとは言い切れなさそうだ。


「おい、ケイ。」


レギさんが肩を叩いて耳に口を寄せてくる。


「こんな話をギルドで仕入れた。」


「ギルドで?」


「上級冒険者ナレアの二つ名は遺跡狂いだ。」


......いせきぐるい?


「遺跡狂いですか?」


思わず大きめの声が出てしまった。

当然ナレアさんにも聞こえていたようで逸らしていた顔をこちらに向ける。

その顔は何とも言い難い笑みを浮かべていた。


「ほう、遺跡狂いとな?中々面白そうな話をしておるではないか。」


「いや、レギさんが言いだしたことで僕には一体何のことやら?」


全力で保身を図ることにした。

あの笑顔はどこからどう見ても良くない笑顔だ。


「あ、おい!ケイ!てめぇ!」


「レギどのぉ、面白そうな話じゃ......是非妾にも聞かせてくれんかのう?何、時間は取らせぬのじゃ。少しあちらで話そうか......。」


レギさんが俺を捕まえようと腕を伸ばした瞬間、その腕を取って引きずってドアから出て行くナレアさん。

ありがとうレギさん。

後レギさんから助けてくれてありがとう、ナレアさん。


「いや、ケイ君。全然助かってないからね?」


物凄く楽しそうな笑顔でこちらを見ながらリィリさんが言う。


「どう考えても戻ってきた二人にぼこぼこにされる未来しか見えないよ。」


......よし、逃げよう。


「......用事を思い出しました。ちょっと出かけてきますね。」


「あまり遅くならないようにねって言いたいところだけど......。」


そう言ってドアの方に目を向けるリィリさん。

ドアから出るのは厳しいな......。

となると窓か......幸いここは二階だし大した高さではない。

下に誰も歩いていないことを確認してから飛び降りれば問題は何もないだろう。

ここから離れて何処に行くかって問題もあるが......まぁ久しぶりにグルフに会いに行こう。

ずっとほったらかしで寂しがっているだろうしね。

うん、これは大事な事だ。

グルフの為にも急いで行動に移そう。


「それではリィリさん。何となく窓から飛び出したい気分なので失礼しますね。もし誰かが僕の事を探していたら......やむを得ない事情で旅に出たので探さないでください、とお伝えください。」


「まぁ伝えておいてあげるのは問題ないけど......。」


何やら含みのあるリィリさんの台詞だが、今は聞き返している暇はない。

すぐにこのデッドゾーンから離脱しなくては......!

窓を開け放ち下を覗き込む、慌てていたとしても安全確認は大事だ。

しかしそこにあったのは絶望。

俺の目に映ったのは満面の笑みでこちらに手を振る禿の姿。

表情に絶望を浮かべる俺に青筋を浮かべる角も髪もない鬼。

とりあえず窓は駄目だ!

今が夜なら窓から一気に隣の建物に飛び移るというアクロバットな動きも出来るが......残念ながら今は真っ昼間。

そんな目立つことは出来ない。

すぐに踵を返してドアへと向かう。

しかしここまでくれば流石の俺でも分かる、このドアを開けた向こうにどんな光景が広がっているか。

だが、考えてみて欲しい。

このドアの向こうで待っている人に対して俺は何かしただろうか?

レギさんから不意に聞かされた二つ名を呟いただけだ。

何故そう呼ばれているのかすら知らないのだ。

今俺に落ち度があるだろうか?

いや、ない!

俺の特に信じていない神も言っている、汝の全てを許すと。

よし堂々とドアを開けて外に出よう。

深呼吸を一つして、ゆっくりと扉を開いたそこには......。

笑みを浮かべ腕を組んで仁王立ちをする、遺跡狂いと最強の下級冒険者がいた。

いや、想像以上の光景でした、全然分かっていませんでしたね。

......かみはしんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る