第2話 ある日、森の中、金髪に出会った
意識がはっきりしてきてから3日ほどが経過した。
この洞窟、夜も寒くなく中々快適である。
体の調子も良くなってきた、左腕はまだ動かすと痛いが、歩いたり軽く体を動かす程度なら問題はなさそうだ。
というわけで、今日は洞窟を出てみようと思う。
外に出るにあたって実は心配事がある......やっぱり俺死んでいるんじゃないかって疑問だ。
体の痛みなどは回復しつつあり、痛みもかなり消えた。
しかしこの三日間、空腹を感じなかった......。
水すら飲んでない......。
やっぱり死んでいた線が濃厚......。
まぁ、それを確かめるためにも少し外に出てみましょう。
ここにいても何もわからないしね。
というわけで洞窟から出ようとしたわけだけど......思いのほか歩くのしんどいわ......。
壁を頼りに洞窟の出口に向かって歩を進める......。
ゆっくりと時間をかけて出口まで到達した俺の目に映ったのは、落ち葉積もる森と清流だった。
中々引き込まれる風景だけど、まったく見覚えのない場所だった。
もう少し辺りを歩きたいけどちょっと難しそうだな......。
洞窟の脇は木が茂る坂のようになっていて寄りかかりながら歩けるような感じではない。
とりあえず洞窟の外が現実離れした風景というわけでもなく、死後の世界かどうかは保留って感じだね。
どうしたものか考えていると、いつも傍にいた狼が長めの木の棒を咥えながら近づいてきた。
使えといわんばかりに俺の目の前に棒を置いて見上げてくる。
なるほど......とても助かります......。
「......あ......がと......。」
声がうまく出なかったが狼はお礼が伝わったのか気にするなと言わんばかりに鼻を鳴らす。
前から思っていたけどこの子の賢さ半端ない......。
折角杖を用意してもらったのだしもう少し辺りを歩いてみるとしよう。
杖を頼りに辺りを歩いてみると坂が多く今の状態であまり広範囲は動けないことが分かった。
それに体力が無さすぎる......。
穏やかな気候だったが汗だくだ。
一先ず下り坂から少し離れたところに腰を下ろす。
坂にはあまり近づかない、今の体だと滑ったらえらいことになりそうだ......。
木々にさえぎられて陽光が地面に届くことはなさそうだが、空気はカラっとしていて火照った体に風が心地よい。
俺の横をゆっくりついてきていた狼は横に伏せている。
体はぼろぼろで疲れ切っていたがなんとも穏やかな時間だ。
ゆったりと体を休めながら風景を愛でていると横に伏せていた狼の耳がピクリと動き体を起こす。
後方を見ているようなので同じく顔を向けてみるが特に気になるものは見えなかった。
体のほてりも落ち着いて来たことだしそろそろ戻ろうかと考えた時だった、立ち上がった狼が俺の後ろに回り込み後方に向けて身構えた。
これは、間違いなく後ろを警戒しているよね......。
急いで立ち上がろうと力を込めたとき、後ろから落ち葉を踏みしめる音と共に声が聞こえてきた。
「_________!___________!」
......知らない言語ですね。
英語であれば、英語で喋っていることくらいは分かるのだけど......。
狼がいたり真冬とは思えない気温だったりでうすうす感じてはいたのだけど......やはり、日本じゃない線が濃厚ですかね......。
失望しつつも全身全霊を込めて立ち上がり、声がしたほうに向きなおすとそこには山登りには適してなさそうな、マント......いやローブ?を着た金髪のにーちゃんが立っていた。
顔中を喜色に染めた金髪にーちゃんは興奮したように俺ではなく、狼に向かって捲し立てているようだった。
大興奮している所非常に申し訳ないけど、折角出会えた人間だ。
助けを求めてみるのは悪くない選択肢だろう。
「す......ませ、ん。......ここ、が、どこ......のか、お......えて、も......えま......か?」
まだ声がちゃんと出ないのでここがどこなのか聞きつつ頭をぺこりとさげる。
そこで初めて俺の存在に気づいたように金髪にーちゃんは訝しげな表情を浮かべる。
「_____?_______、________?」
「わた、しは......は......ま、けい......と、もうしま......にほん......です。」
いや、にほんではないです、日本人です。
なんとなく誰何されているような気がしたのでとりあえず胸に手を当てて自己紹介をしてみるが、やはり声は出ていない。
「______?_____。________、_________。」
俺に興味を失くしたのか、金髪にーちゃんは狼に向かって話を再開する。
狼の方は体勢を低くし、いつでも飛び掛かれるようにしているようだった。
さっきから凄い語り掛けているけど、言葉通じているのかしら......?
「______!_______!」
何かを叫んだ金髪にーちゃんはローブの胸元から何か、透明な水晶玉のようなものを取り出した。
左手に水晶を持ったまま右の手のひらをこちらに突きつけながら金髪にーちゃんは何かしゃべり続けている。
何が起きているかわからず目を白黒させていると突然飛び上がった狼が飛来物を弾いた。
「く!......な......ん......!?」
飛来物は矢だった。
狼と、そして俺を狙って放たれた矢を狼が全て弾いてくれたのだ。
矢は金髪にーちゃんとは別の方向から放たれたようだった。
つまり俺たちは誰かに狙われていて、まぁ間違いなく金髪にーちゃんもその仲間だろう。
なんだこれ?意味が分からない。
狩りってわけじゃなさそうだし、なんかついでみたいな感じで俺も殺されそうだし......。
逃げようにも体は動かない......ここ最近絶望感がとめどないなぁ......。
って駄目だ、今は現実逃避している場合じゃない......けど、どうしたら......、弓で狙われていて、真正面には金髪にーちゃん、後ろは下り坂......山中の下り坂......下手したら大怪我じゃすまないだろうし......そもそも体はあまり自由に動かない......やばい、どうしたらいいか全然わからなないぞ......。
混乱した俺は完全に立ち尽くしてしまった......後で思い返せば分かる、こういう時にとっさに動けない人間は死んでいくのだと......。
もはや顔面崩壊と呼べるほどの喜びを全力で浮かべた金髪にーちゃんから何かが放たれる。
放たれた不可視の何かは落ち葉を巻き上げながらすごい勢いでこちらに向かってくる......俺は何もすることが出来ずに立ち尽くす、頭の中は疑問符でいっぱいだったが、どこか冷静な部分で数瞬後に訪れるであろう死を覚悟していた。
ただ、俺が覚悟した形とは少し違った形で死神は現れる。
金髪にーちゃんの放った何かは俺を守るようにいた狼の咆哮で吹き散らされた。
そこまでは良かった、ありがとうございます、狼さん。
ただ、折角防いでもらったのに驚いた俺の体はほんの少しだけ、後ろに逃げようとしていた。
体が十全であったのなら問題はなかったのだろうが、今の俺はなかなかの満身創痍、そのまま後ろ向きに倒れ......下り坂を転げ落ちる。
下り坂を勢いよく転がり、上下も体勢もどうなっているのか全く分からない、必死に体を止めようとするが全く効果はなさそうだ、焦りと混乱だけが心を占めた次の瞬間、俺は空中に放り出された。
......マジ?
見えるのは空、飛びだしてしまった崖、坂の上で高笑いをする金髪にーちゃん、俺を追いかけて坂を駆け下りてくる狼......って来てくれるのは嬉しいけどこれはいくらなんでも......。
「とま......って、こな......て......い!」
とっさに声を上げるが、狼は止まることなく空中に身を投げ出した。
追いかけてきてくれた狼には悪いけど、数秒もしないうちに俺たちは地面に叩きつけられて死んでしまうだろう。
来てくれた狼に申し訳なさが募るが、どうすることもできない。
「あ......りが......と......ごめ......。」
『いえ、こちらこそ、助けに来るのが遅くなってごめんなさい』
......んん?頭の中で声が響いた。
まだ落下中で死んでないと思っていたけど、既に死んでいたのかしら......?
そういえばさっきまであった浮遊感が無くなっている。
『まだ大丈夫ですよ。体感時間で7分弱くらいはあると思います。』
......地面に叩きつけられるまで7分......?高さ何万キロ......?
月より高いんじゃない......?
『......あなたはこんな状況でも余裕がありますね。』
あ、これ考えていること伝わっているやつですか?
......恥ずかしい。
『ふふ、やはり面白いです、あなたは。』
うーん、これは、あれだよね。助けに来てくれた狼さんが語り掛けてきているってことだよね?
『えぇ、あっていますよ。私は天狼と呼ばれています。緊急事態でしたので念話を繋げさせていただきました。』
念話って俺の頭の中に直接聞こえてくるこれのことですよね......?
っと失礼しました。天狼さん、色々と助けて頂きありがとうございます。
俺は狭間圭祐です......いや、自己紹介している場合なのですかね......?
『そうですね。精神を加速させているとはいえ、魔力が心もとないのであまり引き延ばせませんしね。では本題に入らせていただきますね。』
色々と気になる単語があるけど、それよりも......助けに来てくれたのは嬉しいのですがこの状況だと、その、天狼さんも死んじゃいませんか......?
『私は平気です。このくらいの高さであれば問題はありません。ですが、勢いよく飛び込んでおいてとても恥ずかしいのですが、今のままだと圭祐を助けることが出来ないのです。』
なるほど、俺はともかく天狼さんは大丈夫なのですね、それならよかっ......いや全然よくないな......。
『はい、よくないので圭祐を助けるためにお願いしたいことがあるのです。』
助かる手があるのですか......?
『えぇ、時間もあまりないので手短に説明させていただきます。今、私は魔力が枯渇寸前なのです。ですので圭祐の持っている魔力を使わせて頂きたいのです。』
俺の魔力......?
『それを使わせていただければ、魔法を発動させられるので......』
......魔法、さっき魔力って聞こえた時にもしかしてって思ったけど。魔法かぁ......いいなぁ、燃えるなぁ......。
っと、どんどん聞きたいことが増えていくけど今はダメだ、天狼さんに魔力を使ってもらうにはどうしたらいいのですか?
『私と神子の契約を交わして欲しいのです。』
神子......ですか?それはどういった......?
『特に何かの強制や支配力が及ぶようなことはありません。問題としては......寿命がなくなってしまいます。』
え......?それって死んじゃうってこと......?
『あ、すみません。そうではなく、寿命という概念が......老いて死ぬことが無くなるという意味です。』
あ、なるほど。
って不老不死になっちゃうってことかな?それはそれで困るな......。
『不死というわけではありません。今よりも死ににくくはなり、病気等にも強くなりますが......。』
死ぬ手段があるのなら......まぁいいかな?
『死にたかったのですか?』
あ~、いえ、完全に死ねなくなるのは嫌だなぁと思っただけで......助けてもらえるのはとても嬉しいです。
『それはよかった。それで契約方法ですが......色々あって条件はほとんど満たしてしまっているのです。後は形式美といいますか......これから契約、誓いを交わしていただきます。それが済めば後は任せてください。』
何から何までお任せしていると思いますが、宜しくお願いします。
限りなく停止した時間の中、頭の中で返答をすると、天狼さんの目が慈しむような色を浮かべたような気がする。
『我、天狼。汝、狭間圭祐を我が子とし、久遠の絆を共に、悠久の流れを我と共に、誓いは一つ、紡ぎは永遠に。』
俺は、天狼さんの子となり、共にあることを誓います。
『ここに契約は成された。天狼が子、狭間圭祐。これから宜しくお願いしますね。』
こちらこそ、宜しくお願いします。天狼さん。
こうして俺は、天狼の子となり日本とは違うであろうこの世界の住人となった。
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