忘却の楽園
雨宮るる
第1話 街中の本屋
12月。
街は、クリスマスイルミネーションで一杯だった。
赤や緑や金色でデコレーションされたクリスマスツリーが、ところ狭しと街中にきらびやかに並んでいる。
浮かれたような甘ったるい音楽。
そんな中、12月の風の冷たさが、ユナの体中にしみわたった。
『クリスマス? そうか。世間ではね…。』
『全然楽しくない日常。
何をどうすれば、また何をすれば人は自分の心に充実を感じて生きられるのだろう?』
ユナは、そんな葛藤に満ちた疑問を心に抱えながらも、何となく今日まで生きてきた。
目にするもの全てが、うざったかった。
楽しそうに話しながら歩く家族。
手を繋ぎ肩を寄せ合うように歩く恋人たち。
そのどれを見ても何も心には響かなかった。
全て他人事。
けだるさを一層感じるだけだった。
『一体、人間は何のために生きるのか?』
そんな漠然とした疑問がユナの心を占領していた。
というよりも、いつからか、生まれてきたことを心から後悔するもう一人の自分がいた。
何だろう?この虚無感と倦怠感は?
会社がいやだからか?
仕事がつまらなかったからか?
人間関係に疲れたからか?
答えは、全てが当てはまった。
そう。全てがイヤだった。
そして、世間の明るさが、どういう訳か、ユナの心に暗さを投影した。
光と影。
この世で目に映るものは、全てが「灰色」だった。
「虚無」という言葉がそのままあてはまった。
そんなことを考えながら、ユナは日曜日の街中を一人、さまよい歩いていた。
ユナは、どこをどう歩いたか覚えていなかった。
何をどう思ったのか、ふいに路地を曲がった。
すると、どういう訳か、見たこともないような暗い暗い道に出た。
ふと、前を見ると、一軒の古ぼけた建物が見えた。
ユナは吸い付けられるように、その建物に近づいて行った。
建物の前に着いてみると、ユナは、くまなく全体を大きく見渡した。
一体、この建物は、何だろう?
家?いや、違う。
お店?
建物は、木造の古い西洋風の建物で、木製の木戸に古ぼけた窓が一つついていた。
一見、喫茶店のようにも見えたが、中からは人の気配が全くしなかった。
ユナは、吸い寄せられるかうに、その建物の木戸を開けた。
『ギィーっ』という音をたてながらその木戸は開いた。
ユナは、あまりにも簡単に木戸が開いたことに驚いた。
そして、吸い寄せられるかのように、中に一歩、足を踏み入れた。
すると、その途端に、建物の中に一瞬にして灯りが付いた。そして、はっとするように、一瞬で世界が変わった。
ユナの目の前に、明るく、暖かい空間が一面広がった。
まず、目に入ったのは、たくさんの本棚だった。
そして、その本棚には、たくさんの本がずらりと並べられていた。
ユナは、恐る恐るゆっくりと一歩一歩中に入って行った。
突然、外の寒さとは違い、どこからか暖かな風がユナの頬に伝わった。
建物の古ぼけた外観とは、全く違う様子であった。
どうやらここは、「本屋」のようだ。
辺りを見渡すと、いろいろな本があった。
ユナは、一歩一歩前に進みながら、並んでいる本に目をやった。
すると、ひとつのことに気づいた。
本棚に並んでいる本は、全て「絵本」ばかりであるのだ。
世界中の絵本が、この店に集められているかのようであった。
外国のものと思われる、きらびやらかなデザインの表紙の絵本。
題名は読めないが、絵の様子からユナがなんとなくわかるような絵本。
たくさんの種類の絵本が本棚に並び、本棚の出前に並んでいた。
店の寂しい外見とは全く異なり、とても暖かく、モダンな店中の様子に、ユナは、心が踊るようであった。
ユナの心から、虚しさが消え、明るさが投影された瞬間だった。
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