第2話

「ごめんね…せっかく王子にスカウトされたのに、力になれなくて…」











「ううん、お母様は何も悪くないわ。むしろありがとうね。こんな私を、今まで女でひとつで育ててくれて」











「う、うぅ……」











フランソワが感謝の意を述べると、ナタリーは再び泣き出した。

フランソワには父親がいない。父親は、フランソワが生まれてすぐに、他に女を作って家を出ていったのだが、そんな事実をフランソワに伝えるわけにもいかず、母親のナタリーは父親は死んだと、嘘をついている。もっとも、賢いフランソワがその嘘を見破っていないとはとても言い切れない。












「お母さん、あなたが泥棒なんてしてないって、信じてるからね」









「ありがとう、お母様!」










そう言ってフランソワは笑って見せた。

フランソワ自身も精神的に辛くない訳はないが、やはり、母親の前では明るく振る舞うことにしていた。

家に着くと、フランソワは、先ほどまで自分が住んでいた宮殿と実家との違いに少し落胆したが、贅沢は言っていられない。なんて言っても、母子家庭であるため、自分も暮らしのため、熱心に働かなければならない事は、分かっていたからだ。











その頃、宮殿では、アリアス家の親戚一同を招き、食事会が開かれていた。

食卓に並ぶのは、世界有数のシェフによる一流料理、アリアス家に相応しい高級感溢れる立派な料理だった。











「ドリス兄さん。婚約破棄して、本当に良いのかい?」











寡黙な食事会において、口火を切ったのはドリスの弟、ロイドだった。ドリスはう、うんと濁った返事をしているが、すぐにアリアス夫人が口を挟む。












「あ〜らやだわ、ロイド。あの女の話をするのはもうおやめなさい。せっかの料理が台無しになりますわ」









アリアス夫人の憎まれ口に、親戚一同からは笑いが起こる。それに応じてドリス王子も笑顔を見せるが、弟のロイドはただひとり、納得がいかなかった。



この日、フランソワは市場で野菜を売っていた。朝は道で石炭を売り、昼はここで野菜を売る。そして夜は遅くまで工場で働き、くたくたになりながら帰宅する。

フランソワが野菜を売っている姿を目にするやいなや、民たちはフランソワの元へいちいち立ち寄り、婚約破棄の話題をふる。

この間の集会場において婚約破棄の発表はなされたものの、理由は話されていなかったからだ。しかしながら、フランソワはその理由をアリアス家以外の人間に口外する事を、固く禁じられていたので、丁重に断るしかなかった。













「おまえさん、なんで婚約破棄したんだい?」











「すいません、言えないんです」










「あっ、奥さま。あなたどうして婚約破棄されたのかしら?」









「すいません、言えないんです」











中には失礼な言葉を浴びせる者もいた。それでもフランソワは、すいません、言えないんですと、ロボットのように対応するしかなかった。












「あっフランソワさん、なんで婚約破棄されたの?」









「すいません、言えないんです」









「あぁ?言えないだぁ?ふざけんのか!」









「すいません……」










「野菜なんか、誰が買うんだよバーカ!」











そういうや否や、この男性はフランソワを突き飛ばした。すると、手に持っていた野菜の入れ物はひっくり返る。これでは売り物にならない。なぜ、王子の妻ではなくなっただけで、このように扱いに差が出るのか、フランソワには理解出来なかった。同じ人間ではないのか、と。

まったく、モラルの無い人間もいるものだ。

しかし、少なくはなかった。その後、何度も何度もフランソワは心ない人間に妨害を受けた。








夜になり野菜売りの仕事が終わると、店の主人に呼び出された。











「フランソワ。お前に乱暴するやつらのせいで、うちの売り物が大分無駄になっちまった。

これじゃ利益が出ねえ。すまねえが、明日からはヨソで働いてくれ」










「わ、分かりました。申し訳ありませんでした。お世話になりました」











ひとつ、職を失ってしまった。こんな状態で家計を賄えるのかと不安になったが、店主が悪い訳では勿論ないので、責めることは出来ない。

あまりのやるせなさに、帰り道、自然と涙が出て来た。

これから自分はどうしたらいいのだろうか。

宮殿に残っていたら、こんな思いはせずに済んだのだろうか………。

考えれば考えるほど涙がじわじわと流れでてくるが、家に着くまでには顔を乾かさないと、母親を心配することになる。

泣きやまないと。泣きやまないと。

楽しいことでも考えたら良いのだろうか。

そんなことを考えていると、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

振り返ると、それは見覚えのある顔だった。

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