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振り返ると、明日香君が車椅子から飛び降り達哉君に殴り掛かっていた。
「きゃあー……! 明日香君!?」
遥が悲鳴を上げた。私は声を発することも出来ないくらい衝撃を受けている。
明日香君は達哉君に馬乗りになり、胸ぐらを掴んでいる。車椅子に乗っている弱々しい印象の明日香君とは、別人のようだった。
「俺は腰抜けじゃない!」
「……涼」
達哉君はそんな明日香君を見上げ、口角を引き上げた。
「やっとお前らしくなったな」
「……亀田」
「希が好きなら、もっと考えてやれよ。感情までなくしたわけじゃねぇだろう」
「お前に何がわかる!」
「俺には、涼の気持ちはわかんねーよ。涼がどれだけ歯を食いしばって努力してるか、そんなことも関係ない。俺は涼の友達だ。だからお前の傍にいる。健常者だろうが、障害者だろうが、そんなことは関係ない。希も同じ気持ちなんだよ」
明日香君の目から涙が溢れ落ちた。
涙の雫はぽたぽたと達哉君の頬を濡らしている。
私は二人の傍に佇み、涙を溢した。
明日香君とどう接したらいいのか、自分自身迷っているところもあった。それはきっと明日香君の友達も同じ気持ちだったはずだ。
友情を同情だと、愛情を同情だと、明日香君が感じていたのなら……それは私達にも責任がある。
「ごめんね……」
明日香君が私を見上げた。
「……希ちゃん。俺こそ……ごめん」
「涼、何やってんだよ。ほら、立てるか? お前、車椅子をぶっ壊す気か?」
田中君が呆れ顔で明日香君の体を支えて、車椅子に座らせた。
「お前、俺達が同情してると思ってたのか? バーカ、俺達はお前に同情なんかしねーよ。お前は今も昔もちっとも変わってねぇ。俺達の大切な仲間だからな」
「……田中」
「いいか、今日のことを忘れんな。記憶が空っぽになっても、心に刻んでろ」
達哉君は立ち上がり、パンパンとジーパンを叩く。砂埃が舞い、田中君が「あっちでやれよな」と、胸を小突く。
「希、じゃあな」
達哉君は爽やかな笑みを浮かべてその場を立ち去る。田中君も遥も、周囲にいた男子学生もその場から立ち去った。
「俺、かっこ悪いな……」
明日香君はバツが悪そうに視線を伏せた。
「うん。かっこ悪いね」
「……希ちゃん」
「私のこと全然わかってないよ。私が明日香君の傍にいるのは、同情でも友情でもない」
「……えっ」
「私がどれだけ明日香君のことを好きかわかってないよ。本当にかっこ悪い」
「……希ちゃん」
「私ね、明日香君のことが好きだよ。明日香君が忘れてしまうなら、毎日告白するからね。交換日記にも毎日『好き』って書き続ける。私のことをストーカーと勘違いしないでね」
明日香君はクツクツと笑った。
「俺、バカだよね。自分に自信がなくて……あんなことを……」
「本当にバカだよ。でも……」
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