涼side

58

「ごめん、希ちゃん。お母さんが泣くなんて思わなくて、気を悪くしたかな……」


 希ちゃんは俺に視線を向けて、優しく微笑む。


「大丈夫だよ。私が中学生の頃にね、ママが話してくれたことがあるの。パパと知り合う前に、大好きな人がいたって……。

 もしかしたら……その人のことを思い出したのかも……。だって、パパはミュージシャンのCDなんて聴かない人だったから。でも……私は複雑なんだけどね。ママの一番好きな人はパパであって欲しいから……」


 希ちゃんはお父さんのことが、本当に好きなんだな。


「でも……どうしてあのCDを持ってきたの? とても古い曲だし、私達が生まれる前でしょう?」


「いや、お袋が好きだから、もしかしたら希ちゃんのお母さんも好きかなって……」


 俺は希ちゃんに苦しい言い訳をするが、希ちゃんは納得できなかったのかCDをケースに収め、現在ヒットしているアイドルユニットの曲をかけた。


 明るいメロディーを聴きながら、閉じてしまった舞さんの部屋のドアを見つめた。


 ◇


 その後も夏休みを利用して、俺は連日希ちゃんの家へ通った。


 CDの件で舞さんに悲しい思いをさせてしまったという後悔から、少しでも舞さんの気持ちに寄り添いたいと思ったからだ。


 でもそんなことを希ちゃんに言えるはずもなく、後ろめたい気持ちだった。


「いらっしゃい」


 いつものように舞さんが玄関先まで出迎えてくれる。


「こんにちは。おじゃまします」


「明日香君、いらっしゃい」


 希ちゃんが元気よく飛び出す。


「もう希ったら、子供みたいね」


「子供じゃないよ。明日香君とは学年は一年違うけど、誕生日は一日しか違わないんだから。明日香君は四月一日生まれで、私は四月二日なんだよ」


「まぁ、そうなの? 四月一日は早生まれになるのね。一日しか変わらないのに、希はいつまで経っても子供みたいで困っちゃうわね」


 舞さんがクスリと笑ってくれた。

 舞さんの笑顔を見るのは久しぶりだった。


 誕生日が一日違いの俺達。

 それだけで不思議な縁を感じてしまうのは俺だけなのかな。


「エイプリルフール生まれなんて最悪ですよ。友達にはいつもからかわれていましたから。その分、精神的に強くなれたかな。今日は花火を持ってきました。みんなで一緒にやりましょう」


 俺はさり気なく舞さんも誘う。


「でも見えないから……。花火は二人でやりなさい」


 舞さんは俺の誘いをやんわりと断った。

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