【7】願い

53

 ◇◇


 ―夜、翔吾の夢を見たー


 沢山の花が見える。


 映像のように、その情景は一階から二階へと移る。


 翔吾の手には小さな箱。リボンが結ばれた包みを机の抽斗の奥にしまいこんでいる。


『お袋の誕生日は、明後日か……』


 翔吾はカレンダーを見て呟く。


 ――お母さんの誕生日……?


 あの包みは、母親への誕生日プレゼントなんだ……。


 翔吾が机の抽斗を閉める。


『こら、翔吾! さっさと学校に行きなさい。いつまで、テレビ観てるの!』


 威勢のいい大きな声が……鼓膜に響く……。


『はい、はい、わかってるよ。テレビなんか観てないってば』


 バタバタと二階から駆け降り、店の駐車場に停めていた白いスカイラインに急いで乗り込む。


 車のエンジンを掛けて、アクセルを踏み込んだ。


 あの日、家を出るのがいつもより遅くなり、翔吾は少し苛だっていた。それに加え、迎えに行った先で、いつもなら直ぐに出て来る舞も支度に手間取った。


 オープンキャンパスの実行委員だった翔吾は、遅刻してはいけないという気持ちで焦っていた。


 ―そして、あの事故が起きた―


 強烈な光が……

 迫ってくる……。


 激しい衝撃と痛みが……

 体を貫く……。


 人のざわめき……。


 闇を切り裂くような悲鳴と……

 泣きながら俺の名前を叫ぶ、女性の声……。


 ――『涼……涼……』


 ◇◇


「うわぁっ!」


 俺は恐怖から飛び起きた。

 額には汗……。


 夢なのか……?


 あれは夢……?


 ◇


 ―日曜日ー


 俺は希ちゃんを誘い、二人で立花生花店を探す。特別な理由なんてない。花屋に男一人で行くのが照れ臭かったからだ。


「明日香君って優しいね。私もママにプレゼントしようかな」


 車の中で希ちゃんはご機嫌だった。

 希ちゃんの家から車で十五分。お洒落なカフェやブティックが並ぶ一角に小さな花屋はあった。カントリー調の店内には、沢山の花々、花びらが気持ちよさそうに風に揺れている。


 店の前で白髪のおばあさんが花の手入れをしていた。俺は店の駐車場スペースに車を停め、希ちゃんと店を訪れる。


「こんにちわ」


 希ちゃんが笑顔でおばあさんに声を掛ける。


「いらっしゃいませ」


 おばあさんは少し曲がった腰を伸ばして微笑んだ。


 この人は、もしかしたら……翔吾のお母さん?


 俺はおばあさんに声を掛ける。


「母に花束をプレゼントしたいのですが……」


「まぁ、なんて素敵なんでしょう。お母様のお誕生日ですか? お母様の好きな花はありますか?」


「……いえ、誕生日ではありません。好きな花は……」


「お母様はどんな色がお好きかしら?」


 おばあさんは一緒に花を選んでくれた。

 俺は希ちゃんを名前ではなく、おばあさんの前でわざと苗字で呼んだ。


「朝倉さん、おばさんにこの花はどうかな?」


 俺はピンクのガーベラや優しい花色のブルーレースフラワーを指差す。


「朝……倉さん?」


 おばあさんの視線が、希ちゃんを捉える。


「あなたは……朝倉さんですか?」


「はい。朝倉ですが……」


 希ちゃんは花のように愛らしい笑顔でにっこり笑った。

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