【7】願い
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◇◇
―夜、翔吾の夢を見たー
沢山の花が見える。
映像のように、その情景は一階から二階へと移る。
翔吾の手には小さな箱。リボンが結ばれた包みを机の抽斗の奥にしまいこんでいる。
『お袋の誕生日は、明後日か……』
翔吾はカレンダーを見て呟く。
――お母さんの誕生日……?
あの包みは、母親への誕生日プレゼントなんだ……。
翔吾が机の抽斗を閉める。
『こら、翔吾! さっさと学校に行きなさい。いつまで、テレビ観てるの!』
威勢のいい大きな声が……鼓膜に響く……。
『はい、はい、わかってるよ。テレビなんか観てないってば』
バタバタと二階から駆け降り、店の駐車場に停めていた白いスカイラインに急いで乗り込む。
車のエンジンを掛けて、アクセルを踏み込んだ。
あの日、家を出るのがいつもより遅くなり、翔吾は少し苛だっていた。それに加え、迎えに行った先で、いつもなら直ぐに出て来る舞も支度に手間取った。
オープンキャンパスの実行委員だった翔吾は、遅刻してはいけないという気持ちで焦っていた。
―そして、あの事故が起きた―
強烈な光が……
迫ってくる……。
激しい衝撃と痛みが……
体を貫く……。
人のざわめき……。
闇を切り裂くような悲鳴と……
泣きながら俺の名前を叫ぶ、女性の声……。
――『涼……涼……』
◇◇
「うわぁっ!」
俺は恐怖から飛び起きた。
額には汗……。
夢なのか……?
あれは夢……?
◇
―日曜日ー
俺は希ちゃんを誘い、二人で立花生花店を探す。特別な理由なんてない。花屋に男一人で行くのが照れ臭かったからだ。
「明日香君って優しいね。私もママにプレゼントしようかな」
車の中で希ちゃんはご機嫌だった。
希ちゃんの家から車で十五分。お洒落なカフェやブティックが並ぶ一角に小さな花屋はあった。カントリー調の店内には、沢山の花々、花びらが気持ちよさそうに風に揺れている。
店の前で白髪のおばあさんが花の手入れをしていた。俺は店の駐車場スペースに車を停め、希ちゃんと店を訪れる。
「こんにちわ」
希ちゃんが笑顔でおばあさんに声を掛ける。
「いらっしゃいませ」
おばあさんは少し曲がった腰を伸ばして微笑んだ。
この人は、もしかしたら……翔吾のお母さん?
俺はおばあさんに声を掛ける。
「母に花束をプレゼントしたいのですが……」
「まぁ、なんて素敵なんでしょう。お母様のお誕生日ですか? お母様の好きな花はありますか?」
「……いえ、誕生日ではありません。好きな花は……」
「お母様はどんな色がお好きかしら?」
おばあさんは一緒に花を選んでくれた。
俺は希ちゃんを名前ではなく、おばあさんの前でわざと苗字で呼んだ。
「朝倉さん、おばさんにこの花はどうかな?」
俺はピンクのガーベラや優しい花色のブルーレースフラワーを指差す。
「朝……倉さん?」
おばあさんの視線が、希ちゃんを捉える。
「あなたは……朝倉さんですか?」
「はい。朝倉ですが……」
希ちゃんは花のように愛らしい笑顔でにっこり笑った。
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