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結局、午後八時半近くまで希ちゃんは弟達と遊び、家まで車で送ることになった。
「カレー御馳走様でした。とても楽しかったです。お邪魔しました」
希ちゃんが玄関で挨拶をする。みんな名残惜しそうに見つめている。
「こんなとこでよければ、またいらっしゃいね」
「お姉ちゃーん、また来てね」
弟達が口々に叫んだ。
「もう、連れてこないよ」
俺は苦笑いする。
希ちゃんはクスクス笑いながら「また遊びに来るね」と、手を振った。
「涼、気をつけて運転するんだぞ」
「親父、わかってるよ」
玄関ドアを閉め、やっと二人きりになる。
希ちゃんを助手席に乗せ、エンジンをかけてゆっくりと発進させた。
「ごめんね。俺んち煩くて疲れなかった?」
「ううん。すごく楽しくて、あっと言う間に時間が経って、羨ましかった」
「羨ましい? えっ? 何が?」
「兄弟が沢山いていいなぁって」
「そうかな? 煩いだけだよ」
「弟君可愛いし、楽しかったよ。また遊びに行ってもいい?」
「……ま、じ、で?」
正直、もう勘弁してよ。と、思ったけど、嬉しそうに笑ってる希ちゃんを見ていたら、断ることが出来なくて……。
「あんな家でよかったら、いつでも来ていいよ」
「本当? 嬉しい! 今度行ったら何して遊ぼうかな」
希ちゃんは嬉しそうに俺を見つめた。
「これ、明日香君に……」
希ちゃんは小さな箱を俺に渡した。
「俺に?」
「うん。チョコレートなんだ。今日のカレーの隠し味は、おばさんにプレゼントしたビターチョコを入れたのよ」
ビターチョコレートが隠し味だったのか。
家族みんなにお土産をくれていたなんて知らなかった。
「……そうだったんだ。今日のカレーは凄く美味しかった。チョコレートもありがとう」
希ちゃんが恥ずかしそうに微笑んだ。
―代官山―
希ちゃんの家の前に車を停める。助手席のドアに手を掛けた希ちゃんに声を掛けた。
「希ちゃん……待って……」
「えっ?」
「キス……してもいい?」
振り向いた希ちゃんが小さく頷いた。
初めてのキス……。
どうしたらいいのかわからず、ぎこちなく希ちゃんの唇に軽く触れる。
希ちゃんが俺を見上げて頬を真っ赤に染めた。
「俺、希ちゃんのことが好きだから……」
「……私も……明日香君が好き」
希ちゃんが助手席から降りると、家の玄関に明かりが点いた。
きっと舞さんが……
希ちゃんを出迎えているんだ。
そう思うと、まだ何も伝えられない自分の不甲斐なさに、胸が締め付けられた。
◇
希ちゃんを家まで送り届け、真っ直ぐ自宅に戻った。帰宅すると、煩い怪獣どもはもう寝ていた。
親父も晩酌を済ませ、座敷に大の字で寝ている。お袋が親父のお腹にタオルケットを掛け、キッチンで珈琲を入れてくれた。
「お帰り。いい子だね、希ちゃん。可愛くて優しくて、やっぱり女の子はいいね。一人いるだけで華やかになる。好きになっちゃったよ」
好きって、なんだよ。
俺の方が、何倍も好きだっつーの。
「何、勝手に好きになってんだよ」
「あはは、母ちゃんと希ちゃんが仲良くなって妬いてんでしょう。希ちゃんはお父さんも早く亡くなられたのに、お母さんまで目が見えないなんて。子供ながらに苦労したでしょうに、全然苦労したようには見えない。お母さんが、しっかり育てられたんだね」
お袋がしみじみ語った。
「お袋……」
「何?」
「あのさ、希ちゃんのお母さんは、お袋が切迫流産で入院していた時に、事故で搬送された女性なんだよ」
「えっ……? 嘘……でしょ? そんな……まさか……。そんな偶然って……」
お袋は絶句し、ペタンと椅子に腰を落とした。
「……本当なんだ」
「そう……。そんな偶然が……この世の中にはあるのね。希ちゃんのお母さんもあんなことがあったのに、それを乗り越えて希ちゃんのお父さんと結婚されたのね。幸せになられて、よかった。本当に……よかった……」
お袋は感極まったのか、エプロンで涙を拭った。
「……お袋」
「ずっと……気になっていたのよ……。ずっと……ずっと……耳に残っていたから。十九年前に聞いた彼女の悲痛な声がずっと……。希ちゃんから聞いたの?」
「……お母さんが失明した原因を聞いたら、偶然十九年前に事故をしたって言ったから。それに希ちゃんのお父さんは中間総合病院の眼科医だったんだ。でも……お母さんから詳しい話は聞いてないらしい。だから……その……翔吾って人のことも、知らないはずだよ」
「まぁ……そうだったの。でも、知らなくていいことも世の中には沢山あるから。涼、希ちゃんを大切にしなさいよ。特に車の運転は慎重にしてね。希ちゃんに何かあったら、お母さんに申しわけがたたないもの」
「……わかってるよ」
そんなことは、言われなくても十分わかっている。
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