【6】約束
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希ちゃんを自宅に招待するのは、敢えて土曜日の午後にした。土曜日の午後は弟達も遊びに出かけ殆どいないし、夕方からは少年野球の練習もあるから。
「涼、土曜日は美味しいクッキーやケーキを作って、待ってるからね」
お袋が腕捲りをして、俺に笑顔を向ける。
「クッキーやケーキ? 作れないだろ。一度も作ったことねーじゃん。試作品を彼女に食べさせるのはやめてくんない?」
「そーだった、そーだった。クッキーやケーキなんて一度も作ったことなかったわ。あははっ、無駄な努力はやめて、駅前の美味しいケーキ用意しとくね」
「別に適当でいーよ。ちょっと顔を出したら、すぐに出掛けるから」
「すぐに出掛けるの? なんだ、つまんない」
何を期待してるんだよ。
この家を希ちゃんが見たらびっくりするに決まってる。
弟達が喧嘩して穴を開けた襖や障子。
野球のバットやグローブは散乱してるし、蝉の抜け殻みたいに部屋のあちらこちらに脱いだ制服や靴下が散らばっている。
綺麗に整理整頓された希ちゃんの家とは大違いだから。
希ちゃんはきっと、未確認生物を目撃するくらいの気持ちなんだ。医師の家庭に育ったセレブなお嬢さんが、四人兄弟の家庭がどれだけ悲惨なのか覗いて見たいだけ。
すぐに怖じ気づいて、逃げ出すに違いない。
◇
―金曜日―
いつものように光鈴大学のフェンスに背を凭れパンを齧る。
俺は希ちゃんだけを家に招待するのが照れ臭くて、田中に声を掛ける。ムードメーカーの田中と遥ちゃんも一緒に招待すれば、場が誤魔化せると思ったからだ。
「田中、土曜日は暇?」
「なんで?」
「いや、その……。土曜日に希ちゃんを家に呼んだんだ。お袋が逢わせろって煩くて……。彼女だと思ってるんだよ」
「ほほうー、それはそれは……。希ちゃんはお前の彼女だろ」
「……それはそうだけど」
田中がヘラヘラ笑ってる。
女子の声が微かに聞こえた。
もしかしたら、希ちゃん!?
希ちゃんと遥ちゃんが来たなら好都合だ。
「俺さ、急用を思いだした。怪獣見物よりも重要案件だ。遥ちゃんとラブラブデートするんだった」
「それなら、俺んちでダブルデートしない?」
「アホかお前。ラブラブデートは二人でするもんだろう。お前んちは怪獣が煩いし。俺達は二人でラブラブするんだから邪魔すんなよな」
「田中君、誰がラブラブ? 希と明日香君のこと? やだ? いつの間に?」
希ちゃんは頬を真っ赤に染めて、ブルブルと首を左右に振った。
「じゃあな涼。そういうことだから」
肝心な時に、全く役に立たないヤツだ。親友なら、こんな時、救世主になってくれるのに。
期待した俺がバカだったよ。
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