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「何がそーいうことなの? 田中君、説明してよ」
田中はチョイチョイと手招きをし、遥ちゃんを呼ぶ。遥ちゃんは首を傾げながら、田中の元に行く。
光鈴女子高と光鈴大学のフェンス越しにナイショ話をしている二人。遥ちゃんはチラッとこちらを見てコクンと頷いた。
「涼、俺達二人でデートの約束があるから、涼は希ちゃんと明日の打ち合わせでもしろ」
「は? 田中?」
「……えっ? 遥?」
目を丸くしている俺達を残し、田中と遥ちゃんは仲良くフェンス沿いに歩く。遥ちゃんは田中に『これ以上近づくな』と言わんばかりに、拾った木の枝で田中を突いている。
ラブラブのカレカノというよりは、まるでゴリラと飼育員だな。
ふと視線を戻すと希ちゃんと視線が重なり、俺達はフェンス越しに見つめ合う。
「どうしたの……? 明日香君?」
希ちゃんが心配そうに俺を見つめる。
「なんでもない。俺の家は希ちゃんの家みたいに綺麗じゃないし、築年数も古いし、弟達のせいで家の中はグチャグチャだから。それにお袋も洒落たデザートなんて作れないし、だから期待外れだと思うんだ」
「そんなことを気にしていたの? 期待外れとか、思わないよ。私ね、明日香君の弟さんに逢うのが楽しみなんだ」
希ちゃんは俺を気遣って笑ったけど、俺は気が気じゃない。明日は親父が仕事で、弟達がいないことだけが唯一の救いだった。
「……明日、家まで迎えに行くよ。クラクション二回鳴らすから」
「うん。待ってるね。指切り」
フェンス越しに絡めた小指と小指……。
希ちゃんの澄んだ瞳が、太陽の陽射しよりも眩しかった。
◇
―土曜日―
希ちゃんを迎えに行き、自宅に戻る。
カーポートに車を入れると、何故か親父のワゴン車が停まっていた。親父は今日は仕事のはずだ。
なんでだよ……!?
嫌な予感……!?
玄関のドアを開けると、嫌な予感は的中した。史上最悪だ。
親父、お袋、三人の弟達が一列に並び、俺達を出迎える。
親父は何故かグレーのスーツに普段は絶対に絞めない水玉のネクタイ。いつもジーパンかスウェットパンツしか穿かないお袋がヒラヒラした紺色のスカートを穿いている。弟達も色褪せていない、真新しいTシャツだ。
「はじめまして、朝倉希です。今日はお招きありがとうございます。これ、つまらないものですが、母から皆さんで召し上がって下さいって……」
希ちゃんがにっこり微笑み紙袋を手渡して、お辞儀をした。まるで玄関に咲いた一輪の花のようだ。
「はっ、はっ、初めまして、涼の
躾には厳しい親父が、緊張した面持ちで希ちゃんに挨拶をする。
「親父、『初めましてお、や、じ、です』はないだろう。『父です』だろ」
なに、ド緊張してるんだよ。
俺の方が恥ずかしいだろう。
「あははっ、本当だよ、父ちゃんたら。あははっ」
お袋がいつものように大口を開け豪快に笑った。いや、いつも以上だ。
緊張を、笑って誤魔化す作戦だな。
「あははっ、あははっ、あははっ」
壊れた笑い袋みたいに、恵がお袋の真似をする。俺は思わずその場を逃げ出したくなった。
俺は玄関ドアを開き、希ちゃんの背中を押す。
「……それじゃ、俺らドライブ行ってくるわ! さよなら」
家を出ようとしたら、希ちゃんが俺を見上げた。
「えっ……? ドライブには行かないよ。私、今日は明日香君の家で過ごしたいの」
えぇー!?
なんでだよ!
飛んで火に入る夏の虫じゃん。
俺達、丸焦げになっちゃうぞ。
「そうよね。折角いらして下さったのだから、こんな息子はほっといてどうぞ上がって下さい。捌けてるし煩いけれど、たまにはこんな所も賑やかで楽しいわよ」
何がこんな所だ。
捌け過ぎだし、煩さ過ぎだし、家族全員勢揃いだなんて、想定外なんだよ。
「楽しかねぇよ」
みんなも希ちゃんも上機嫌で、俺だけが不機嫌。
「兄ちゃーん、超美人じゃん。兄ちゃんには勿体ないぞ。月とすっぽんぽんだ!」
「アホ。瞬、裸になってどーすんだよ」
「兄ちゃん、いい匂いすんぞぉー! 玄関の消臭剤よりいい匂い」
「アホ。悠、玄関の消臭剤と希ちゃんを一緒にするな」
「おんなだぁ! おんなだぁ! ウッホ、ウッホ」
恵は雄叫びを上げ、上半身裸となり胸を叩きながら踊っている。
お前は裸族か。
「恵! な、何してんの。あははっ、行儀悪くてごめんなさいね」
お袋は 『バシッ』っと恵の頭を平手で叩いた。
どっちが行儀悪いんだよ。
希ちゃんの前で暴力振るうなんて。
落ち込む俺とは正反対に、希ちゃんは楽しそうに笑っている。
どうやら、希ちゃんの笑いのツボにはハマったらしく、掴みはオーケーだったらしい。
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