12

 へらへら笑いしながら、田中が俺をからかう。


「お前、俺より運動神経いいと思ってたけど、俺の方が勝ってる? 俺、お前に勝てそう? 俺がお前に勝つなんて、初めてだぜ!」


「うっせぇ! 路上で巻き返してやる」


 俺より先に第二段階に進んだ田中が、先輩風を吹かす。

 でも田中に遅れを取っていることは事実だった。


 ◇


 ――初めての路上コース。


 エンジンをかけ、ハンドルを握る。


 いつものことだが、ズキンと頭の奥が痛み脳裏にハンドルを握る別の手が浮かんだ。


 出来るだけ意識しないように、教官の指示や注意を受けながら公道を直進する。


「交差点では前方、左側注意。左折する時は自転車やバイクを確認すること」


「はい」


 想像していたよりも、路上教習は意外と簡単だった。

 校内教習コースよりも、楽しみながらアクセルを踏むことが出来た。


 今日はなんとかイケそうだ。


 そう思った矢先……

 対向車線を走行中のトラックが、いきなりウィンカーを出し前方を右折した。


 ――その瞬間、目の前が……真っ暗になった……。


 とてつもない恐怖に襲われ、足も手も思うように動かない。


「君、何をしてるんだ! 減速しろ!」


 教官の怒鳴り声が鼓膜に響く。


 ハッと我に返り、ブレーキを踏み込む。

 車体がガクンッと大きく揺れ、間一髪で衝突は免れた。


 トラックはクラクションを鳴らしながらスピードを上げ走り去る。


 ハンドルを握る手が、ぶるぶると震えた。


 ――その時……。


 いままで、闇の中で口元しか見えていなかった女性の顔が、はっきりと脳裏に浮かんだ。


 ――誰なんだ……?


 代官山……?


 代官山の標記が見えた。


 住宅街だ……家並みが見える……。


 庭がある……。


 色鮮やかな薔薇の花……。


『ごめんね……』


 彼女が玄関から飛び出し、謝りながら助手席に乗り込む。


 俺は彼女を笑顔で迎え、車を発進させた……。


 ――頭が……割れるように……痛い……。


「暴走する車はいくらでもいる。後続車がいれば急ブレーキで逆に追突されかねない。運転中にボーッとするな。常に集中しろ。君! 聞いているのか! こんな事では本免は取れないぞ。真剣にやりなさい!」


「……すみません」


 教官の怒鳴り声で、脳裏に浮かんでいた風景が消える。


 ――あれは一体何なんだよ……。


 俺は……どうしてあんな幻覚を……。


 俺はハンドルを握ったまま混乱していた。

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