俺は、ときめいてなどいない


 ……いつも俺が先に目が覚めるんだよな。


 この間がやだな、と朝の光が差し込む寝室で倫太郎は思っていた。


 甘い夜を過ごしたわけでもない女と、毎朝いっしょに目を覚ましても、どうしていいのかわからない。


 今も、壱花は色気も素っ気もなく爆睡している。


 なんとなくその寝顔を眺めていると、胸許にいた壱花が、クチュッとくしゃみをした。


 猫が踏みつぶされたようなそのくしゃみに、思わず、びくりとしたとき、壱花が目を開けた。


「ああ、社長……。

 おはようございます」

と言う壱花はまだ寝ぼけているようだった。


「風邪でもひいたのか。

 アイス食べ過ぎたんだろう」


 そうなんですかね~、と言いながら、壱花は布団を抱き込むようにして丸くなる。


 体勢が変わったせいで、壱花の前髪がふわりと倫太郎の胸を撫でた。


 うっかり、どきりとしてしまった倫太郎は、

「に、二度寝するなっ。

 さっさと起きろーっ」

と叫んで、壱花から布団を引きはがす。




 昼前、壱花は職場で、くしゃみをしていた。


「……大丈夫か、風花かざはな

とちょうど通りかかった冨樫が振り向き、言ってくる。


 一応、大丈夫かと口では訊いているが、その目は、


 莫迦ばかめ。

 アイスの食べすぎた、とさげすんでいた。


「だ、大丈夫です~っ」

と苦笑いしながら、壱花は目をそらす。


 パソコンを打ちながら、


 でも、手作りアイスって独特の濃い味で、癖になるよなーと思っていた。


 お店で買ったものはもちろん美味しいけど。


 手作りの味ってあなどれない。


 そういえば、友だちんちのおばあちゃんのケーキも美味しかったな。


 撲殺できそうなくらい固かったけど、と思ったとき、ぐじゅっ、と無理やり抑えたせいか、なにかが踏みつぶされたような妙な音のくしゃみをしてしまう。


 ……なんか女子にあるまじき、くしゃみだったな。


 せめて可愛く、くしゅんとかしたかった、と思って目を上げたとき、冨樫がまた冷ややかに自分を見下していた。


 倫太郎がいても、きっと同じ感じだろう。


 だから、ダブルでドSっておかしくないですかね……?

と思いながらパソコンの画面を見た壱花は叫んでいた。


「あーっ!」


 社長室にお茶を運ぼうとしていた木村が、えー、なになに? という顔でこちらを見、冨樫も振り向く。


「デ、データの上にデータをっ!」


 くしゃみをした弾みでクリックしてしまったようだ。


 名前を変えて保存しようとしていたデータを元データに上書きしてしまっていた。


「どうした、風花」


 どうしたと言いながら、すでに呆れ気味な口調の冨樫が壱花の様子を見ようと近づいてきた、その瞬間、


「そうだ、タイムマシン!」

と叫んで、壱花が立ち上がっていた。


 冨樫の顎に頭突きを食らわす。





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