第37話
「よくあんな糞女と組もうと思ったわね。呆れを通り越して尊敬に値するわ」
前を歩くファルズを見て、ヴィオラが吐き捨てるように言った。
聴覚にも優れるファルズの耳にも届いているのだろうが、ヴィオラは気にした様子もない。
それどころか、あえてファルズに聞こえる様に言った節さえある。
ふたりの間にある緊張感は、格上の魔物と対峙した時にさえ迫る。
小さなため息と共に、隣を歩くヴィオラをたしなめた。
「そこまで他人を嫌えるのは珍しいな。俺からは何も言えないが」
「あの女の所業を聞いてないの?」
「好奇心は猫を殺すとも言うからな。恐ろしくて聞く気にもなれない」
事実、今だに俺はファルズの過去に踏み込めていない。
その準備も出来ていなければ、安易に踏み込んだ事で生ずる問題に対する覚悟さえできていない。
仲間と呼んだ相手であるなら、過去の出来事や復讐の理由を受け止めるべきなのだろう。
しかし復讐の重さと苛烈さを知るからこそ、安易な覚悟で問いかけることはすべきではないという自分もいる。
そんな中途半端な俺とファルズの関係を理解したのか。
ヴィオラは小さく鼻を鳴らして、俺を見上げた。
「じゃあ私とファルズの関係も聞いていないのね。そんな涼しい顔をしてるのも納得だわ。あの糞女のしたことを聞けば、貴方も私と同じようになるわ」
「別にファルズを庇うつもりは無いが、アイツは――」
「故郷を滅ぼした連中の敵討ちに燃えている。心の全てを復讐に捧げているのよ」
ヴィオラはいともたやすく、俺の言葉を断ち切った。
俺の知らない、ファルズの一面を暴露することで。
本人にさえ聞いていない過去に、言葉を詰まらせる。
その数舜から、ヴィオラは容易に俺の動揺を見抜いていた。
「なに、その顔は。まさか自分だけがファルズの特別な存在だとでも思っていたの? それは残念だったわね」
「そんなつもりはない。だが事情を知っているなら、なぜそこまで嫌うんだ」
俺も、ファルズに関して知らない事が多い。
自分から聞くことをしない上に、彼女を理解する覚悟がないからだ。
しかしヴィオラは違う。彼女の過去を知っている、数少ない人物だ。
それがなぜ、ここまファルズを嫌えるのか、疑問だった。
小さな喧噪が聞こえる夜闇の中で、ヴィオラは消え入りそうな声でつぶやいた。
「あの糞女は、私を誑(たぶら)かして、利用したのよ」
「誑かした?」
「愛してるなんて囁いて、私しかいないなんて囁いて、その実は私が必要なんじゃなくて、この能力が復讐の為に必要だったってだけなの」
過去の自分を笑っているのだろうか。
ヴィオラは嘲笑を浮かべ、そして前を歩くファルズへ視線を向けた。
「だから私の方から捨ててやったの。決別したのよ。二度と会わないよう、考えないようにしていたのに、なんで今さら……。」
◆
レンダール商会。
この商会はリーヴァスバレーが出来上がった当初から、この地に根を下ろして商売をする最古参の商会なのだという。
そしてヴィオラの立てた推理の全てが当てはまる、唯一の商会でもある。
ファルズの能力で内部へ侵入し、そのまま事務所まで押し入る。
やっていることは完全に犯罪だが、ディオラに貸しを作るため、ひいてはヴィオラに恩を着せるためだ。
なるべく時間をかけずに室内を物色していると、見覚えのあるショールが見つかった。
「ろ、ローナの物だ! ここにいたんだ! この場所に!」
記憶の中にあるショールと同じものを手にしたディオラは、感極まって泣きそうになっていた。
まだ本人を見つけた訳ではないのだが。
「落ち着け、ディオラ。ファルズ、周囲に人影はあるか?」
「少なくとも建物内部には誰もいないよ」
「なら移動した後か。だが争った形跡がないってことは、なにかで脅されたか」
「もしくは眠らされたかだね。きっと最初からおびき出して、どこかへ連れていく手はずだったんだと思う」
意識があれば、抵抗手段が無くとも無抵抗のまま連れ去られるとは思えない。
少なからず室内に争った形跡があってもいいはずだが、それすらないとなると、ファルズの予想が当たっているのだろう。
ただ、見かけだけの商談に使った部屋からは、以上の情報は得られなかった。
つまりここでローナの痕跡が途絶えてしまったことになる。
「ローナが連れていかれた場所に、心当たりは?」
「心当たりと言っても……。」
「しっかりして、兄さん。ローナを助け出すんでしょ? なんでもいいの。思い出して」
ヴィオラが兄を奮い立たせている間に、俺達も室内の物色を再開する。
とは言え来客用の部屋だと思われる一室にあるのは、テーブルとソファ、そしていくつかの書類だけだ。
テーブルの上に置かれた何枚かの書類を眺めていると、隣から一枚の書類が差し出された。
「アクト、これを」
「これは、見取り図か?」
ファルズが差し出したそれは、この事務所と店舗を含めた見取り図だった。
「この事務所でローナを眠らせたなら、移動させる道は二つだね。表の店舗側か、この事務所の裏側の道か」
「表側から運び出すには、流石に目立つか。いや、ローナを木箱にでも入れれば大丈夫なのか?」
「さあね、それは何とも言えないな。どこへ運ぶかで、手段は変わってくるだろうし」
そもそもローナを誘拐した理由さえ分かっていないのだ。
どこへ運ぶのかと言う推測を立てるにしても、困難を極める。
ただ首をひねっていると、ふと見取り図に違和感を覚える。
このレンダール商会は、冒険者向けの商品を大量に仕入れて売りさばく店だと聞いている。
それも最古参であり、ここまで残っているという事は一定以上の固定客もついている事だろう。
コンスタントに商品を売りさばくことにも成功しているはずだ。
しかし、この見取り図には大きな倉庫も無ければ、大量の品物を置いておける店の面積もない。
「このレンダールの店は、商品をどこに保管してるんだ?」
そんな湧き出た疑問を聞いて、視界の端でうなだれていたディオラが立ち上がった。
「そ、そうだ! レンダール商会は大きな倉庫をいくつも持ってるんだ! その殆どが他の大きな商会の貸倉庫だったりするんだけど、でも唯一、この近くにレンダール商会が土地も建物も所有する倉庫があるんだよ!」
見ればヴィオラも納得した様子で頷いている。
「向かう価値はありそうだな」
ローナを攫った相手と、その目的も不明なままだ。
しかしこの問題を解決できれば、ヴィオラやディオラは俺達に大きな借りを作る事になる。
そうなればヴィオラの能力を使って、復讐相手の居場所を突き止めてもらうこともできるだろう。
結果的に言えば、俺達は目の前の問題を解決するだけで、復讐のための手がかりを得る事ができるのだ。
流れは完全に俺達に方へと向いている。
不気味なほど、俺達に都合がいいように。
そして幸か不幸か。
劇的な再開が待ち受けているとは、露ほどにも思っていなかった。
死ぬほどに再開を焦がれた、あの人物と。
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