第14話

 冒険者となったからには、どんな仕事でも受ける覚悟が必要になる。

 普通の人間では手に負えない問題事を解決して報酬を貰うという冒険者の性質上、考えてみれば当然のことだが。

 だが今回ばかりは、思わず疑念の言葉が口を突いてしまう程には、肩透かしな依頼内容だった。


「特定鉱石の採取? 冒険者ギルドがわざわざ公式に発行した依頼の内容が、これか?」


 物資の調達は確かに、冒険者向けの仕事には間違いない。

 だがゴールド級冒険者に頼む内容ではない。

 なぜ冒険者ギルドが階級制度を設けているかと言えば、冒険者の実力に見合った依頼を斡旋するためだ。

 

 魔物との戦闘を想定しないような依頼は、比較的低級の冒険者に回される。

 駆け出しの冒険者の仕事を奪ってしまわないよう、配慮されているともいえるのだ。

 そのため、シルバー級だったときでさえ、こういった納品系の依頼は殆ど回ってこなかった。


 ただ、要求された依頼内容が簡単であることに、不満はない。

 しかし、あの支部長が脅迫まがいの事をしておいて、依頼した内容がこれだ。

 こちらとしては簡単な依頼を済ませて、裏切者共の情報がもらえるのであれば文句はない。

 だがなぜ俺にこの依頼を受けさせたのか。

 ゴールズホローで活動している冒険者に頼んだ方が、成功率も効率も良いのは目に見えているはずだ。


 疑問だらけの依頼書に目を通して黙り込んだ俺を見て、受付嬢も苦笑いを浮かべていた。

 

「あはは、そうですよね。確かに疑問に思われるのも無理はありません。ですがしっかりとした理由のある依頼ですので、安心してください。成功した暁には、きっとアクトさんも納得してくださいるはずです」


「そう、だな。ここで文句を言っても依頼内容が変わるわけじゃない。詳細を教えてくれるか?」


「はい。この依頼は、指定された坑道を進んでいただき、下層にある場所から鉱石を持ち帰ってもらう、という内容になっています。くれぐれも最下層まで降りていかないよう、気を付けてくださいね」


 受付嬢は改めて念を押すように言った。

 ふと手元の依頼書に視線を落とせば、そこにも最下層へは降りていくなと記載されている。

 だがなぜ降りてはいけないかは、記載されていなかった。


「これは興味本位なんだが、最下層に降りるとどうなるんだ?」


「話によれば強力な魔物が生息しているとされています。何度か調査隊を向かわせたのですが、生きて戻った者がいないため、詳細は不明のままです」


「なるほど、だから冒険者を向かわせるわけか。一般の採掘者が迷い込めば、まず命はないだろうからな」 


「かつては、そうでしたね。ですがいまは、ギルドが依頼の時にだけ開放する特別な坑道なんですよ」


「特別な坑道?」


「金脈が発見された場所とは、また別の場所にあるんです。隣接していても内部の構造上、繋がってはいません。ですがその規模はけた違いで、地下深くまで続いていることから――」


「いつしか、『深淵』と呼ばれるようになっていた」


 耳に残る中性的な声音が、背中から飛んできた。

 振り返れば予想通り、さきほど他の冒険者と揉めていた獣人の冒険者――ファルズがそこにいた。

 彼女はまるで友人の様な気軽さで隣へと歩み寄ると、見上げるように俺を顔をまじまじと見つめてきた。


「お前は……。」


「あらためまして、よそ者君。僕はファルズ。この辺では銀狼という方が通りがいいかもしれないね」


 張り付いたような笑みを浮かべたまま、ファルズは頭を下げた。

 最初に見たのが他の冒険者を殴り飛ばしている姿ということもあり、粗暴な冒険者という印象を持っていたが、実際はそうでもないらしい。

 ただ周囲の反応を見る限り、彼女が警戒するに足りる危険人物であることは明白だったが。


「ファルズさん、今は依頼の説明中ですよ」


「みればわかるさ。でも、深淵に挑むならパーティを組むべきだと僕からは助言させてもらうよ。なんせこのゴールズホローで最も危険とされる坑道にしてダンジョンだからね。いくら単独でゴールド級に上がった冒険者とは言え、ひとりで入るには危険すぎる」


 たしなめる受付嬢を気にも留めず、ファルズは言った

 事前に聞いている彼女の評判をすれば、安易にその言葉を信じる気にはなれない。

 結果、ファルズの対応に困っている受付嬢へと問いかける。


「この女の言ってることは正しいのか?」


「極端な表現ですが、間違ってはいません。坑道内にはダンジョンと遜色のない規模の魔物が生息しており、一定数の冒険者が命を落とすことも事実です。そしてダンジョンを手堅く攻略するにはどうすればいいか、冒険者のアクトさんがよくご存じでしょう」


 冒険者がパーティを組むのは、ひとえに対応できる状況を増やすためだ。

 例えば物理攻撃しか出来ない冒険者が、実態を持たない霊体系の魔物と戦えば、明確な死が待っている。

 しかし魔法が使える魔導士が仲間にいれば十分に対処できるだろう。

 そして神聖属性の魔法が使える神官がいれば、霊体系の魔物と戦うのに苦労はなくなる。

 そうやって自分にはない部分を仲間で補う為に冒険者はパーティを組むことになる。

 

 未知の、それも危険なダンジョンに潜るのであれば、パーティを組むのが最適解だ。

 つまり受付嬢も、深淵と呼ばれるダンジョンに向かうのであれば、パーティを組めと言っているのだ。

 ファルズの助言に従うようで気が引けるが、それがダンジョンを踏破するのに必要な事ならば迷う必要もない。


「また後日来る。装備と道具を揃えたいんでな」


「わかりました。では、また」


 そう受付嬢に言い残すと、窓口から離れる。

 ただ当然のように後を付いてくるファルズをしり目に、酒場の方を指し示す。


「話がある」


「奇遇だね。僕も君に話があるんだ」


 そんな白々しいやり取りを交わしあう。

 彼女の立ち振る舞いから、信用できない相手だとはわかっている。

 それでも、聞いておかなければならないことがあった。

 もちろん、彼女が殺したという、イベルタの事である。

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