第13話
通された部屋は、はっきり言えば趣味の悪い成金趣味がむき出しの部屋だった。
調度品のバランスなど考えておらず、高価な品々を見せつけることだけを考えられている。
ギルド自体が儲かっていることは、特に悪いことではない。むしろ冒険者としては喜ばしいことだ。
しかしこうして露骨に見せつけられると、良い印象を抱けという方が難しいだろう。
そして当然ながら、ギルド内部の部屋にこれだけの改装を施せる人物は限られる。
目の前にいるゴールズホロー冒険者支部長でもある、ガドックと名乗った人物の趣味であることは、疑いの余地もなかったが。
ガドックはこめかみに青筋を浮きだたせて、俺を睨みつけていた。
「やってくれたな。この街に来て早々に問題を起こしやがって」
「それは済まないと思っている。だが事の発端はあの連中だ。それなのに小言を食らうのは俺だけか?」
「当然だろ。ここじゃあ、あのふたりはギルドに多大な利益をもたらしてる。多少の問題は目をつぶるのが道理ってもんだ」
飛び出てきた言葉に、一瞬だけ瞠目する。
つまりファルズを追い出すといったのも、周囲へのアピールに過ぎなかったという訳だ。
「なるほど、わかりやすい。それでこの街になんの貢献もしてない俺には、相応の対応をするってわけか」
「そうなるはずだったんだがな。だがここに呼んだのは、貴様に罰則を与えるためじゃない。この手紙について、聞いておくべきことがある」
そう言ってガドックは胸元から見覚えのある手紙を取り出した。
だが、重要事項だと伝えられていたため、手紙の中身は見ていない。
そもそもギルドの情報を抜き取って得することなど、俺には何もない。
厄介ごとの種になりそうなことには首を突っ込まず、さっさと手紙を渡して仕事を終わらせるべきだ。
結局のところ、俺は憲兵団との協力関係と裏切者共の情報がもらえればそれでいいのだから。
「悪いが、スレイバーグの支部長から手紙の中身は見るなと言われていた。詳しい内容を聞かれても答えられないと思うが」
だがガドックは首を横に振った。
「聞きたいのは貴様のスキルのことだ。貴様が死の淵で獲得したというスキルは、間違いなくエクストラユニークスキルなんだな?」
「スレイバーグの冒険者ギルドではその判定だった」
「そんなことは聞いとらん。貴様が証明できるのかと聞いているんだ」
苛立ちを隠さないカドックは、怒りをそのままにテーブルを叩きつける。
控えていたギルドの職員がびくりと肩を揺らすが、それを気にした様子もなかった。
常にこういう性格なのか。それとも俺のスキルの話だから苛立っているのか。
ただ黙って相手の機嫌をさらに損ねるのは、話がこじれるだけだろう。
「まぁ、そうだな。証明とは少し違うが、獲得した時に頭の中で声が響いた。そして気が付いてみれば、元々持っていたスキルは消えて、この破壊者のスキルだけが残っていた」
「その声はどんな声だった。女の声だったか?」
「そんなことを聞いてどうするんだよ」
「良いから、答えろ。これはゴールズホロー冒険者ギルド支部長としての命令だ」
「はっきりとは覚えてない。今にも殺されそうになってたんだ。そんな時に頭に響いた声の主がどっちの性別かなんて、考えてる余裕なんてあると思うか。まず自分が正気かどうかを確かめるのに精いっぱいだ」
「使えん奴だ」
そう吐き捨てる目の前の肥え太った男が、魔物を目の前にしたことがあるのかは不明だ。
だが冒険者として強力な魔物を前にした者なら、この感覚も理解してもらえるだろう。
殺すか殺されるか。
その一点にのみ神経が研ぎ澄まされ、ほかの情報の一切が遮断される。
そんな状況で頭の中に響いた声を、それも混乱している状況で聞いた声を覚えている方がおかしい。
「しかし少なくとも、嘘を付いている様子はないな。ゴールド級冒険者を打ち負かす実力があるのであれば、嘘を付いていようとどちらでも構わんが」
「そりゃどうも。それで、話はそれで終わりか?」
「いいや、ここからが本題だ」
「なんだって?」
すでに趣味の悪いソファから腰を上げていた俺は、思わずガドックを見返していた。
ガドックは俺の反応がよほど気に入ったのか、上機嫌な様子で手紙とは別の羊皮紙を取り出した。
冒険者ならば一目見ればわかる。その羊皮紙は冒険者へ向けた依頼書だ。
それも、通常の依頼書とは異なる印――冒険者ギルドが用いる公印が押されている。
「貴様にはある依頼を受けてもらう。ギルドから発行された公式の依頼だ」
「待て。俺はあくまで手紙を届けるように言われただけだぞ。その依頼を受けるとは一言もいってないが」
「当然だ。この依頼を発行するのはゴールズホローの冒険者ギルドをまとめる俺だからな。そして貴様はこの依頼を受けるほかない」
その自信が何処から出てくるのかと考え、ガドックの手元にある俺が持ってきた手紙が目に入る。
俺がこの街に来る原因となった手紙であり、その手紙の主はスレイバーグのギルド支部長だ。
彼が何を手紙に記したのかは不明だが、ガドックの話を聞くに俺に関する情報は間違いなく記されている。
なぜ手紙運びなどという依頼を俺が受けたのかという事情も書いてある可能性は、大いにあった。
そしてその懸念は、ガドックの表情を見ればすぐに理解できた。
「つまり、その依頼を受けなければ」
「特例条項は認められない。ギルドは信頼できる冒険者にのみ、憲兵団との合同作戦を認めている。目の前で正式な依頼を蹴り飛ばす奴を推薦できるわけがないだろう」
下卑た笑みを浮かべるガドックは、羊皮紙をテーブルの上を滑らせて、俺の方へと寄越した。
そこにはすでに俺の名前が記載されており、拒否権などない事は明白だった。
「くそったれ」
断ることも、この場を立ち去ることもできない。
弱点を握られた今、俺に出来ることは悪態をつくことぐらいだ。
「あぁ、良い返事が聞けて満足だ」
そんな状況で初めて見るガドックの笑みは、酷く醜悪な物だった。
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