第12話

「今、イベルタと言ったな。本当にお前が殺したのか?」


 静まり返った酒場の中、眼前の冒険者達へと疑問と視線を向けるが、俺の望む返事はない。

 レリアンは困惑した様子で、ファルズは表情が読めない笑みを浮かべている。

 考えてみれば名前も知らない相手が話に割り込んでくれば、そうなる事は想像できた。

 

 だが、イベルタという名前を聞いた瞬間から、肩口の傷が酷く疼くのだ。

 それはあの亡霊に刻まれた、復讐と怒りの証にして誓い。

 受けた裏切りを忘れぬためにあえて残し、傷に熱が戻るたびに実態を持った死に直面した瞬間が脳裏に浮かぶ。


 そして、あの絶望を思い返しては、煮えたぎるような怒りが正常な思考を食い荒らす。


 今さら相手の考えなど、思案している余裕などない。

 正気などという面倒な物は、あの朽ち果てた戦乙女達の霊廟に捨ててきていた。

 なんの策も弄さずに銀色の獣に問いかけるが、彼女はニヒルな笑みを浮かべたままだ。


「どこの誰かは知らないけど、随分と無礼だね。ひとにものを尋ねる時は、もっと丁寧にお願いした方がいい。これは僕からの些細な忠告だよ」


「そうだ、しゃしゃり出てくるな! これは、この悪魔と俺達の問題だ!」


「いいや、そうはいかない。そのイベルタという女は、俺が殺すはずだった相手だ」


「なっ!?」


「へぇ……? 面白いね、君」


「教えろ。イベルタは、本当にお前が始末したのか?」


 三度、問いかける。いや、相手が答えるまでこの問答を繰り返す。

 俺が知りたいのはイベルタの情報であって、誰が殺したかではない。 

 そもそも目の前の獣人がイベルタとどういった関係だったかさえ知るところではない。


 だがファルズという冒険者ならば、俺の知らない情報を持っている可能性が十二分にあった。


 なんせ相手は、自分がイベルタを殺したと公言しているにも等しいのだ。

 であれば少なからず、イベルタと関りがあったと言えるだろう。

 殺した理由が私怨であれ、偶然であれ、イベルタの死に際をみとったのだ。

 

 なんら情報が引き出せなくとも、イベルタが死に際に見せた表情だけでも聞いておかなければ。

 俺が冗談で言っている訳ではないと悟ったのか、ファルズは短くない沈黙の後に、口を開いた。


「それは――」


「これは何の騒ぎだ! 誰か説明しろ!」


 ただ、銀色の獣人の言葉は、酒場に響いた声にかき消された。

 声の主を見れば、ゴールズホローのギルド支部長であるディランと同じバッジを付けていた。

 つまり彼がゴールズホロー冒険者ギルドの支部長ということになる。

 俺の手紙の精査が終わったからか、それともここでの問題を聞きつけてか。

 登場のタイミングとしては、最悪だった。

 彼は視線を走らせた後、ファルズへと視線を向けた。


「またお前か、銀狼。次に問題を起こしたら、ゴールズホローから追放すると言ったはずだが?」


 また、という事はファルズが問題を起こしたのが初めてではないと分かる。

 そして周囲の反応を見ても彼女が問題事の常習犯だと推測できた。

 彼女もまた慣れた様子で肩をすくめた。


「なら、僕を毛嫌いしている冒険者に襲われたらどうすればいいのかな」


「そんなことまで私の知るところではない。それにお前が襲われたという証拠がどこにある」


「目撃者ならここにたくさんいるけど……誰も名乗りでないよね」


 周囲には、耳が痛いほどの沈黙が下りていた。

 どうやらファルズはゴールズホローの冒険者に毛嫌いされている節がある。

 支部長の下した罰で追放されるなら、願ったりかなったりと言ったところか。

 だが、リベルタの話を聞く前に追放されては、俺が困る。


「いいや、俺が見ていた。この獣人は確かに、あそこで伸びてる冒険者に襲われた」


 思わぬ援護に驚いたのか、ファルズは弾かれたように俺の方へ視線を向けた。

 支部長も横から口出しをしてきた俺を、忌々し気に眺めている。 


 ファルズは、ここで逃せば二度と捕まえられないかもしれない情報源だ。

 俺への支部長の印象が悪くなることなど、それに比べれば安いものだった。


「ほう、貴様が手紙に書いてあった冒険者だな。たったひとりで戦乙女の霊廟を踏破し、ゴールド級へと昇格したスレイバーグの新たなエースか。天狗になるのも無理はないな」


 その瞬間、酒場に喧噪とどよめきが溢れかえった。

 ただ、それも無理からぬことだろう。

 戦乙女の霊廟が何人もの高位冒険者を飲み込んできたのは周知の事実だ。

 そのお陰でゴールドやプラチナ級の冒険者でさえ、あのダンジョンの前では足踏みする。

 そんなダンジョンを自分の実力ではないにしても、ひとりで踏破したともなれば噂が広まるのも当然だ。

 

 あのダンジョンをクリアできたのは、偶然にも手に入ったスキル『破壊者』のお陰だ。

 このスキルの力を自分の力だとはき違えるほど、俺は自惚れてはいない。


「そう名乗った覚えも、呼ばれた覚えもない。それにこの階級も、偶然の産物だ。俺の本当の実力じゃない」


「謙遜が過ぎると敵を増やすぞ」


「自分の敵なら、もう知ってる」


 復讐という二文字は、口には出さず心の中に押しとどめておく。

 こんな男にかまけている暇はない。

 早く問題を収めて、ファルズから話を聞きださなければ。


「ふん、目撃者がいるのであれば銀狼の追放は取りやめだ。だが次はないぞ」


「もちろんさ。僕は約束はしっかり守るからね、安心していい」


 そう言うと、なぜかファルズは俺の方へと片目を瞑って目配せをした。

 それを見ていた支部長は不快そうに鼻を鳴らすと、俺へと視線を向けて顎でギルドの受付の方角を指示した。


「貴様はついてこい、裏で話がある。あの、手紙のことだ」

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