俺、猫、君〜ウォーキング中に子猫を拾ったのだけど大学一の美少女まで付いてきてパパと呼ばれるようになってしまった件
黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)
プロローグですね……
第1話 子猫ですね……
「にゃ〜!!」
一人暮らしのはずの俺の部屋に似つかわしくない、甲高く弱々しい声で子猫が鳴く。
一般家庭なら猫を飼う事について疑問をもつ人は少ないと思う。知らない人から見れば、猫を飼っているのかな?くらいの認識だろう。
だがそれは実家暮らしであれば……いや、社会人であればの話なのだが、残念ながら俺は違う。
大学生でなおかつ一人暮らしである俺が子猫を飼える訳が無い。それは大学に行きながらバイトをする生活だ。子猫を育てる余裕はない。
それなのに、今こうしてうちには子猫がいる。
その理由はただ一つ、俺の目の前でスマホを片手にパシャパシャと子猫の写真を撮り続ける女のせいだった。
「いや〜。ちょっと先輩、見てくださいよ!!欠伸をしましたよ、欠伸を!!可愛い〜。」
赤く上気した表情で子猫を見つめながら、俺の隣で服の袖を引っ張ってくる女の子の目が輝いている。
その女の子の横顔はとても可愛くて、そして美しい。
俺の通う大学でも絶世の美少女と言われるほど有名人で、笑顔やたたずまいも凛としている、まるでどこかのお姫様のような容姿だった。
そんな美少女が俺の部屋でなぜか今、大学では見ることのできない様な緩んだ顔で子猫を見つめているのだ。
……え?彼女なのかって?いや、それは違う。
俺の経験上で誰かと付き合ったこともなければ、告白をした覚えはない。それどころか彼女と呼ばれる空想上の生き物を持った覚えはすらない。
なら友達かと言うと、そうでもない。
彼女とは最近知り合ったばかりで、仲良くしてもらってはいるのだが自分の部屋にそう易々と呼べるような関係ではなかった。
ならなぜ俺の部屋に美少女がいるのかって?
それはこの子猫が原因なのだ。
つい先日ダイエットのために夜の散歩に行くようになったのだが、その道中で見つけてしまったのだ。
親から見放されて弱りつつある子猫の姿を……だ。それは仕方のない事だ。
死にゆく子猫を一人暮らしの俺が拾う余裕などない。だから心を鬼にして見て見ぬふりをしようと公園を後にしようとした時のことだった。
「ねぇ、先輩……。この子猫、どうにかならないかな?」
と言って何故か一緒に散歩をするようになった美少女、今井アリアが言い出したのだ。
「なんとかしてやりたいけど、難しいな。俺は一人暮らしだし、君も同じだろ?一人暮らしで猫を飼うのは無理だよ。」
俺は彼女に対して心を鬼にして、現実を伝える。
そう言うと、彼女は悲しげな表情を浮かべて子猫を見ていた。
可哀想なのはわかる。
大の猫好きの俺だったが、これだけはどうにも出来ない。まだ掌に乗るくらいのサイズしかない子猫を拾って育てるなんて到底無理だ。
ミルクをやらないといけないだろうし、排泄のお世話もこまめにしてあげないといけない。そして何より現在の生活環境を……ペット不可な物件に住んでいること考えると諦めざるを得ないのだ。
「里親を見つけるしかないんだろうけど、今すぐには無理だろうし……」
「そんな……」
俺が後ろ髪を引かれる思いで公園を立ち去ろうとすると、彼女はしばらくそこに立ち止まったまま動こうとはしなかった。
そして何かを決意した様な目で子猫を拾うと、こちらに向かって歩いて来る。
「お、おい。どうするんだ?」
「この子は……、私が連れて帰ります!!」
慌てている俺を尻目に彼女は足早に公園を去っていく。俺はただその後ろ姿を見て呆然としていたが、はっと我に返り追いかける。
「ちょっと待てよ……」
「止めても無駄ですよ?私はもう決めましたから!!」
まるで我が子を取られまいとする母親の様に子猫を抱きしめる彼女の姿を見て俺はたまらずため息を吐く。
「……おいおい、そのまま帰るのかよ?」
「シャーッて……え?」
「必要なものとかがあるだろう?」
猫が威嚇をする仕草をしながら子猫を隠す彼女に呆れながらもその姿についつい口を挟みたくなった俺は必要物品なしで自宅に連れて帰ろうとする彼女に助言を入れる。
「えっ?えっ?」
俺の言葉に梯子を外された彼女はポカンとして俺の顔をみる。
「えっ?じゃないよ。猫グッズとかあるのか?」
「……ないです」
「じゃあ、買ってくるから待ってな!!」
そう言って、彼女を置いて公園近くのスーパーに走って行くと、段ボールやら猫用のミルクやらを調達する。
店の外に出ると、彼女は壁にもたれながら猫を撫でていた。その姿はまるで聖母の様で、俺はその姿を見て立ち尽くしてしまった。
「あっ、先輩……。お手数をおかけしてすいません」
俺が店から出てきたことに気がついた彼女はこちらに近づいて来る。
「あっ、いや……いいんだ。それより、とりあえず送っていくよ。家はどっちだ?」
「え、あ、はい。こっちです……。」
荷物を抱えた俺を案内する彼女の隣を歩く。
知り合って数日しか経っていない彼女の家を俺は知らないのだ。
しばらく歩くと、見覚えのあるマンションに差し掛かる。俺の住むマンションだ。
そこに慣れた足取りで入っていく彼女をみて足を止めるが、「先輩、早く〜」と言う声に反応して慌てて後を追う。
彼女は子猫が他の住人に見つからないようにエレベーターに乗る。そして5階建のマンションの最上階のボタンを押した彼女を見てこれまた驚く。俺の住んでいる階だったからだ。
ここまで偶然が重なると恐ろしくなる。
そして、最後にたどり着くのは部屋の前なのだが、3部屋しかない部屋は隣同士。
驚きを忘れて呆れてしまう俺をよそに彼女は部屋の鍵を開ける。
「ど、どうぞ……、入ってください。」
子猫を抱えたまま、恥ずかしそうにドアを開けた彼女を見て俺まで恥ずかしくなってしまう。
「いや俺の家、ここだからこっちで話さない?さすがにまだ出会って間もない女の子の部屋に入るわけにはいかないよ……。」
そう言って俺は自分の部屋のドアの鍵を開ける。
すると彼女は最初、驚きの表情を浮かべたがすぐに表情を和らげた。
「……やっぱりあなたは運命の人だったんだ。」
「ん、なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないです!!」
家の中に入る俺の耳に彼女の呟きは聞こえてこず、聞き返すと、彼女は慌てて後を追って家の中に入ってきた。
その日の話し合いで里親が見つかるまでの間、猫を飼った事がない彼女の代わりにうちで子猫を飼う様になった。そして、俺が不在の時は彼女が面倒を見る事が決まった。
それから子猫を拾って1週間が経ったが、まだ里親は見つからなかった。そして、元気になった子猫が次第に俺たちに懐いて来る。
ただ、そうなると俺も彼女も愛着が湧き始める。
彼女も連絡なしでうちに来ては子猫を可愛がっていく。それは今日も変わらない。
「ミミちゃん、おいで〜。」
座布団の上で毛繕いをしていたミミちゃんと名付けられた子猫を彼女が猫撫で声呼ぶ。
するとミミはよたよたと歩き始めると、彼女を無視して俺の膝にあがりこてんと横になる。
その様子を見た彼女は頬を膨らませる。
「ちょっと〜!!ミミちゃんはママよりパパのところのほうがいいの?」
「ぶっ!!」
嫉妬を含んだ可愛らしさ声で俺の事をパパと呼ぶ彼女に動揺して吹き出してしまい、それに驚いたミミは飛び起きて俺から離れていく。
「ど、どうしたんですか、先輩?大丈夫ですか?」
「げっふ、ごふっ……。い、いや……なんでもない。」
独身で童貞で彼女もいた事もない俺は「パパ」というパワーワードに衝撃を受ける。それを悟られまいと必死に取り繕うも、鼓動は早くなる一方だった。
どうみても美女と野獣……いや、豚という不釣り合いの俺と彼女。
だが子猫に導かれたその出会いは、まるで敷かれたレールの上を走る電車の様に、初めて出会った日その日から決まっていた様に感じてしまった。
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