第8話。転生したので何でも消滅させる無敵チートで以下略

「壱の剣、迅雷」


 剣を真横に振り抜いたスレイさんが呟きました。

 今殺された白黒の方はダルメさん。やっと子供が産まれたと昨日嬉しそうに話していました。


 ◾️から上を切り飛ばされたダルメさんの体が力を失い、へなりと膝から崩れ落ちました。◾️◾️から吹き出した鮮血が空中で霧状となり、赤い剣に不自然に吸い込まれていきます。

 じゅるじゅると、生き血を啜るおぞましい音がしました。


「魔剣ゼノフォビア、か。世界広しといえど、この呪われた魔剣を扱えるのは君くらいだな。恐ろしいものだ」


「恐ろしいって……仕方ないじゃない。並みの剣だとすぐ欠けたり折れたりしちゃうんだから」


「いや、褒めているのさ」


「もう!」


 目の前で突然起こった惨劇に、人狼の皆さんが一斉に悲鳴を上げて逃げ出しました。蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方角に駆け出します。


「一匹も逃さないわよ!」


「逃さないのはいいが、目標まで殺すなよ」


「あ、そうね。じゃあ、峰打ちに持ち替えて、と! タナトスウェイブ!」


 何が起こったのかを理解するより先に、天地がひっくり返りました。リュック越しの背中に強い衝撃が伝わり、頭に響く鈍い痛みがやってきます。そこでようやく私は自分が倒れていることに気づきました。


「うーん。人間に化けた奴を転ばせた程度かぁ……。峰打ちだから切れないのは仕方ないとしても、これだと全然威力出ないわね」


「十分だ。人質は多ければ多いほどいい。万が一ここで逃した時の保険に捕まえておこう。足を切り落としておけ」


「万が一の事態にまで備えているなんて、いったいらあなたはどれだけ先のことを考えているの? もしかして本当に未来が見えているのかしら」


「大したことじゃない。予測と対策を同時行っているだけだ」


「それにその冷酷さ……もしあなたが敵だったらと思うと、ぞっとするわね」


「お前らあっ! いきなり何をするんだあああっ!」


「忠告する。俺に触れない方がいいぞ」


 真っ白い毛並みの人狼さんがアベルさんに掴みかかりました。あの方はブルテさん。昨日最初に私に話しかけてくれた方で、次に独立する群れのリーダーを任されることになっています。


「このク……ッ! ああああああー!?」


「やれやれ、人の忠告は聞くべきだったな」


 アベルさんへ伸ばしたブルテさんの右手首から先が消えていました。

 真っ赤な◾️◾️が心臓のリズムに合わせて噴き出し、アベルさんに降りかかります。

 しかし、降りかかっているはずの血の雨は、アベルさんに一滴も届くことはありませんでした。アベルさんに触れるか触れないかの所で、血の雨が消えていくのです。アベルさんの全身がほのかに白く輝いています。


「絶対不可侵領域。さすがね、こんな魔法なんて今まで見たことも聞いたこともないわ」


「そうなのか? てっきり一番弱い魔法だとばかり思っていた。まだこれしか使えないからな」


「あなたってつくづく規格外ね……この先どこまで強くなるのかしら」


「どんな技でも一度見れば覚える天才剣士に言われると、悪い気はしないな」


「や、やめなさい! なぜこんなことを!」


「なぜも何も、先に冒険者を殺したのはあなたたちじゃない」


「ぎいいいいいっ」

 

 ブルテさんの背中から右手が突き出てきました。噴き出す血にも一切濡れることのない手は、抵抗など何もないようにスーッと上へ上がっていきます。


「心臓はこのあたりか」


 右手はブルテさんの◾️のあたりをかき回すようにグルグルと動きました。ブルテさんの体に空いた穴から、赤い◾️◾️や◾️色の◾️がボトボトと落ちます。

 激しく痙攣して、ブルテさんの体から力が抜けました。前のめりに倒れ、アベルさんに触れた上半身が音もなく消えました。


「いつまでボサッとしてるんだっ! さっさと逃げろこのボンクラッ!」


「ひやぁあああああっ!?」


 茫然としていたシバさんの尻尾を、クレア様が引きちぎるような勢いで引っ張りました。すると、驚き飛び上がったシバさんがすごい勢いで森の中に走り込んでいきます。


 クレア様も倒れていたのでしょうか。顔に土がついています。私の手を引いて起こしてくれました。


「頭は無事か! 平衡感覚は! 足はフラつくか! ダメでも走れ! くそっ! 最後尾だ! あの風め!」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「さっさとリュックを捨てろ! いや捨てるな! 振り落とされないようしっかり握れ!」


 よたよたと走る私は、本当に足手まといです。いっそ私を見捨ててクレア様だけでも……あれ?


 フッと体が浮きました。地面から離れた足がぷらぷらと揺れます。


「すまん! 助かる!」


 頭上を見ると、レトリバさんが私ごとリュックを咥えていました。クレア様の声はレトリバさんの背中の方から聞こえます。

 レトリバさんが四足で走り出すと地面がものすごい勢いで流れ去っていき、体が上下左右に揺さぶられ始めました。速すぎてすごく怖いです。


「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ! 逃げられちゃうじゃない! 例の子もいたわよ!?」


「少し待ってくれ。レベルが上がったからポイントを振り分けている」


「ポイント!? レベルって!? あとそれ今やらないといけないこと!?」


「そうだ。このタイミングでしかできない。焦る気持ちは分かるが、俺から離れるなよ。……よし、今回はMP無限化を取得しておこう。ステータスは……俺の場合、防御力も攻撃力も必要ないから速度に振るか。これでスレイと並ぶはずだ。残りはどうするかな」


「俺から離れるなって……ま、まぁ、いいけど?ところでMPって何?」


「魔法を使うと減る体力のようなものだ」


 あの二人の声がみるみる遠ざかっていきます。レトリバさんは広場を抜け、森の中へ突っ込みました。


「やめて! やめてよ!」


「手間取らせやがってこのクソ犬どもが!」


「ふざけるな! 俺たちが何をしたっていうんだ!」


「人間サマに手出しして無事でいられると思ってんじゃねえぞ害獣どもが!」


「人間め! 人間め! 人間めえええ!」


「一匹も逃がさねえからな! 自分たちの立場を思い知らせてやる!」


 森の中はたくさんの人狼と冒険者が入り乱れて戦う乱戦場となっていました。

 いえ、狩り場と表現した方が的確かもしれません。統率の取れた連携を見せる冒険者たちに対して人狼側の動きはバラバラで、とても戦いと呼べるものではありませんでした。

 戦おうとしている人狼はたった数名で、他の大多数は逃げる背中を刺されたり射られたりしています。戦っている人狼もまた、鉄の武器と鎧で武装した複数の冒険者に前後左右から攻撃されて、たくさんの血を流していました。

 すでに何名かの人狼が力尽き、血まみれになって地面に倒れています。


 その騒乱の中心部にレトリバさんは飛び込みました。

 圧倒的な膂力で次々と冒険者を弾き飛ばし、戦況をたった一人でひっくり返していきます。


「じいちゃん! じいちゃあん!」


 ハスキさんの声が聞こえました。レトリバさんが密集している冒険者たちを蹴散らすと、網で捕らえられたハスキさんとドーベルさんが……。


「はい、そこまで」


 雷のような音と共に赤い閃光が煌き、私の体は宙に浮きました。何が起こったかを理解する前に、体に衝撃と痛みが走ります。口の中いっぱいに広がる土の味が、私が地面に投げ出されたことを教えてくれました。


「ふうん。距離があったとはいえ、九蓮宝刀で細切れにならないなんて、そこそこ強いわね。さすがはボスかしら」


 痛みに呻きながら上げた顔の先で、レトリバさんが二人の追手と向かい合っていました。その背中は幾重にも大きく切り裂かれ、流れ出す真っ赤な血が金色の毛を赤く染めていきます。


「そこにいるのがハスキって娘ね」


「このっ!」


「やれやれ、無駄な労力だ」


 レトリバさんの隣からクレア様が石を投げつけましたが、アベルさんは避けようともしません。わずかな抵抗さえ許さず、白い輝きが石を消し去りました。


「もう諦めろ。俺が解除しない限りはどんな攻撃も絶対に通用しないし、触れただけで何でも消滅させることができる。下手に逃げ回ると苦しむ時間が増えるぞ」


「チェックメイトね」


 私は未だ痛みの引かない頭でぼんやりと周りを見渡しました。

 私の前に立つクレア様。目の前には無敵の英雄。私たちを取り囲みつつある無数の冒険者。深傷を負いながらも周囲の冒険者と戦う人狼。唸り声を上げるレトリバさん。泣き腫らした顔でその背中を見つめるハスキさん。近くで怯えて丸くなっていたシバさん。自力で網から抜け出したドーベルさん。その隣で頭を振って立ち上がった冒険者。触れただけで何でも消せる魔法……。


「ドーベルさん! あの人を盾にしてください!」


「なるほどね! 考えるじゃないか!」


 ドーベルさんは咄嗟の私の声に即座に反応してくれました。足元をフラつかせながら立ち上がった冒険者を狙って飛びかかります。


「うわわわわっ!?」


「あっ、ちょっと、ダメ! アベル!」


 ドーベルさんが冒険者に体当たりを仕掛け、アベルさんとスレイさん目掛けて冒険者を押し出しました。

 そしてアベルさんを庇うように横から飛び出したスレイさんと冒険者がぶつかります。さらにその後ろからドーベルさんが飛びかかり、三人はもつれて倒れ込みました。


「やれやれ、何を遊んでいるのやら」


「だって今私が庇わなければ、領域にぶつかってこの人死んでたじゃない!」


「それもそうだな。手伝おうか?」


「いい! これくらい一人でできるから!」


「長! ハスキを頼んだよ!」


 再び私の体が浮きました。レトリバさんが私を拾ってくれたのです。でも……!


「待って! 待ってください! まだドーベルさんが!」


「無理だ! あいつらには絶対に勝てない! 稼いでもらった時間を無駄にするな!」


「ぐ、ぐううううう……!」


 低いうなり声を漏らしながら、レトリバさんは後ろを振り返ることなく走り続けました。ハスキさんが嗚咽を漏らしながら追従し、シバさんや他の人狼の方々も後ろに続きます。

 人狼たちは一丸となって、信じられないほどのスピードで山を駆け抜けました。


「レトリバ……は喋るな! ミサキが落ちる! シェパ、奴らの匂いはまだ追って来るか!?」


「へ、へい姉さん! あいつら人間のくせに、速いのなん、の、って……フーッ、フーッ……」


「おい、ペースが落ちてるぞ! お前ら走るのは得意なんじゃないのか!」


「す、すんません。なんか、気分が、ハァ、悪く……って、ハァ、うっ!」


「おい、どうした!」


「うぶぶっ、うぶぇえぇえええええ!」


 並走していたシェパさんが吐瀉物を吐き出しました。足が鈍り、あっと言う間に最後尾に流れていきます。


「ああ! 毒だ、毒だ! クソッタレ! あいつら武器に毒を塗ってやがった! 本当に根絶やしにする気だ!」


 クレア様の悲痛な声が響きました。

 シェパさんの口から溢れる吐瀉物は止まらず、赤いものが混ざり始めました。

 お尻からも同様に真っ赤な糞便を垂れ流し始め、ついには動けなくなって群れについていけなくなり……そのまま草木の影に消えていきました。


「うわああああ! うわああああああ!」


「いやだ! 死にたくない! いやだあ!」


「長! お母さんを助けてよ、長ぁあああ!」


「うぇっ、うえええええええっ!」


 周りの人狼たちも次々に血を吐き出し始めました。男性女性大人子供を問わず、少しでも怪我をした方は皆同じように苦しみながら血を吐いて群れから脱落していきます。


「クレア様! 何か、何かないんですか!? 薬とかは!?」


「あるわけないだろ! 私は医者じゃない!」


「そんな! じゃあどうすればいいんですか!?」


「今は無事な奴らだけで逃げるしかない!」


「でもそんなの! そんなの!」


「言うな! 誰よりも一番辛いレトリバが私達を逃がそうとしてくれてるんだぞ!」


 それっきり、私は口を開けませんでした。

 誰が倒れても、人狼の皆さんは決して足を止めませんでした。血を吐き助けを求める仲間を無視して、無事な者だけで逃げました。そうでなければ、きっと追っ手に捕まって全滅していたでしょう。

 私にできることは何もありません。何も、できませんでした。

 ただひたすら、悔しいです。

 どうしてあんなに優しくて親切だった人たちが、こんな酷い目に合わないといけないのでしょうか。


 悔しいです。すごく、悔しいです……。




 山をいくつか越えて大きな川の近くに着いた頃には、群れの数は大きく減ってしまっていました。

 クレア様と私を除き、全部で8名。40名以上もいたのに、たった8名しか残りませんでした。子供は一人もいません。群れのほとんどの方が殺されてしまったのでしょう。

 生き残った方々も、お互いの無事を喜ぶ方は一人もいませんでした。


「なあ、じいちゃん。オレのせいだよな……? オレが、あいつらを、殺したから……」

 

 ハスキさんは気の毒なくらい憔悴していました。目は真っ赤に泣き腫らし、土と涙で頰は汚れきっています。新品同然だったワンピースは擦り切れてボロボロになり、乾いた血や草の汁が染みになっていました。


「オレ、やっぱり災いの子なんだよぉ……。オレのせいで、オレが災いを呼ぶせいで、父ちゃんも母ちゃんも、群れのみんなだってみんなみんな……!」


「ハスキ、それは違います」


 レトリバさんがハスキさんの肩に手を置きました。


「誰もあなたのせいだとは思っていません」


「じいちゃん?」


「誇り高き人狼は、自分の身に降りかかった不幸を誰かのせいにしません」


「でも、オレがもっと強ければ、父ちゃんも母ちゃんも死ななかったし、群れのみんなだって!」


「あなたの体は、生まれつきのものです。あなたの努力でどうにもできないことを責めることは誰にもできません。もちろんあなたもです。自分を責めることはやめなさい」


「オ、オレ、どうすればよかったのかな。大人しくあいつらについていけばよかったのかな……」


「誇り高き人狼は仲間を決して見捨てません。誰か一人を犠牲にして他の者が助かる道を選び続ければ、いずれ誰もいなくなるでしょう」


「仲間を見捨てないなら、これからどうするんだ」


 クレア様が割り込みました。


「全て見たわけじゃないが、降参し投降した人狼達も見かけた。網で捕まえられた者もいたな」


「そのようですね。匂いによればドーベルもまだ生きているようです。すぐに殺すつもりはなさそうでしたが」


「奴らが一番嫌がるのは、ハスキがこのままどこか遠くへ逃げていくことだ。それを防ぐためにハスキと捕まえた人狼の交換を申し出てくる可能性が高い。そうでもなければ、わざわざ捕まえたりはしないからな」


「なるほど、確かにクレアさんの仰る通りですね」


「その上で忠告する。人質は諦めてどこか遠くへ逃げろ」


「それはできません」


「誇り高き人狼は仲間を見捨てないからか。誇りのために全員で死ぬつもりか」


「それが我々の群れの掟です。日が沈むまでここで他の仲間を待ち、その後全員で助けに行きます」


「ハスキはどうなる。延々と子供を孕まされ続ける人生を歩ませるつもりか」


「もしその時が来れば、私自らハスキに終わりを与えるつもりです」


「ハスキ、お前はそれでいいのか。自分の祖父に孫を殺させるつもりか」


「いい。誇り高き人狼は死を恐れない」


「いいわけないじゃないですか」


 今度は私が割り込みました。

 言葉に出してしまうことで、絶望で冷え込んでいた感情に火が点っていきます。


「殺されるってことが、どんなに苦しくて残酷なことかわかっているんですか」


「ミサキ」


「一瞬で楽になんてなれませんよ。何時間も、何日も、痛めつけられて苦しまされて、それを見て笑う人たちがいるんです。誇りなんて簡単に踏みにじられますよ。見世物にされたり、剥製にされたり、死んだあとも体の一部を切り売りされて、ずっとずっと辱められるんです」


「ミサキ!」


「言わせてください! 殺されることがどんなに怖いことなのか! 一番知っているのは私です! 逃げることがそんなに悪いことなんですか!? 誇りがそんなに大切なんですか!? いいじゃないですか逃げたって!」


「やめろと言っているんだ! この人の気持ちを考えろ! 彼らの家族がそんな目に会っているかもしれないんだぞ!」


「で、でも、でもっ! このままじゃ誰も……!」


「君のせいじゃない。いいか、もう一度言う。君のせいじゃない。私達が何をしようとしまいと、結末はきっと変わらなかった。嵐を止めることは誰にもできないんだ」


「でも、でも! 私がクレア様の言う通りにしなかったから……!」


「まあまあ、落ち着いてください」


 今度は逆にレトリバさんが割り込みました。


「どう思いますか、ハスキ。彼女たちがやったことが、我々に悪い結果をもたらしたと思いますか」


「こいつらは人間のくせに、なぜかオレたちに肩入れしてくれた。恨みなんてない」


「そういうことです。ですからあなたも自分を責めないでください」


「なんで、なんでそんなに冷静なんですか……。逃げなきゃ何もかも奪われて、殺されちゃうんですよ……!」


「実のところ、自分でも意外なのですが……いずれこういう日が来るかもしれないとは思っていました。今まで多くの人狼の群れが、こうやって滅んでいったのでしょう。誰よりも臆病だった私の群れがたまたま長く残っただけで、この群れから独立した者たちも、すでにこの世にはいないかもしれません」


 レトリバさんの周りに他の人狼さんたちが集まり始めました。


「これが人狼という種族に定められた運命なのでしょう。弱者は強者の血肉になるために産まれてきたという価値観を持つ我々です。ならば更なる強者に我々が食われることも当然のことなのでしょう」


 初めて会った時のように、レトリバさんが右手を優しく差し出してきました。

 私はありったけの力を込めて、その手を握ります。


「ミサキさん、あなたはとても勇気のある方です」


「……違います」


「いいえ、違いません。もし私があなたと同じ大きさだったら、自分より何倍も大きく強い相手には怯えて何も言えなかったでしょう。あなたがハスキと友人になってくれようとした時、私は本当に嬉しかった。人と人狼の共存が実現できる気がしたんです」


「やめてください。今からでも遅くないじゃないですか。そんなこと、言わないでください」


 私がレトリバさんの右手を離さないので、レトリバさんはクレア様に左手を差し出しました。

 クレア様がそっとその手を握りました。


「クレアさん、あなたは顔に似合わず、とても優しい人です」


「一言多いし、お前に顔と中身のことは言われたくないんだよ……」


「この場を借りて謝罪します。私は最初、あなた方を疑っていました。今思えば大変失礼なことだったと思います」


「疑うも何も、実際私達はお前らの討伐を請け負った一員だって昨日ミサキから聞いただろうが」


「ははは、そうでしたね。ですが、そんなことは些細なことです。本当は私の毛なんて大した価値もないのでしょう? あなた達は種族の異なる私たちのことを理解しようとしてくれた。助けようとしてくれた。そんなあなた方を無事に逃がすことができて、本当によかった」


 もう私は、何も言えませんでした。

 私の手から力が抜けると、金色の手がそっと引き抜かれました。


「さよなら。どうか願わくば、私たちのような人狼の群れがこの森にあったということを、時々でよいので思い出してください」


「さよなら、クレア姉ちゃん、ミサキ姉ちゃん。ちょっとだけ怖いけど……僕たちは大丈夫だよ」


「ハスキ、あなたもあの時のことを謝りなさい」


「うん……あの時はその、突き飛ばして悪かった。でも、もしオレみたいなヤツをどこかで見かけたら、懲りずにまた……また突き飛ばされろ。さよなら」


「……」


「ミサキ、最後に別れの言葉くらい言っておけ。後悔するぞ」


「さよならなんて、言いたくありません。でも、私、皆さんのこと、絶対忘れません」


「私もだ。じゃあ……さよなら」


 クレア様に手を引かれるままに、私は人狼の群れを後にしました。


 何度も何度も振り返りました。


 あの人たちは、私たちが見えなくなるまでずっと、見送りを続けていました。

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