④
大城は良くも悪くもクールな顔に似合わず強引だった。キスもコンパの帰りに突然され、その後のデートも濃密な夜も、全部大城にリードされた。今まで全部自分が主導で考えて家事や作業の諸々をしなければならなかった崇には大城の強引さが心地よかった。何を考えなくても、感情に身を任せても誰も困らない。誰も泣いたりしない。泣きたい時は泣いて、眠りたい時に眠れる。大城のわがままに付き合う事も多かったが、それはそれで彼を満たして上げれているようで嬉しかった。
頭が良く専門分野以外についてもよく勉強していた大城は原子の話やよく分からない量子力学を楽しそうに良く話した。本を見せられてもチンプンカンプンだが大城が話すと非現実的なものが具体性を持って身近に感じられて面白かった。雄弁に色々と語る大城の横顔を見るのが崇は好きで、大城に大好きという言葉以上の何かを感じてもいつもどう表現すればうまく伝わるのか分からなくてヤキモキする程ぞっこんだった。何せ生まれて初めてできた恋人。しかも秀才で美形でとても大事にされて幸せで頭がクラクラしそうだった。きっとこれまでの苦労は全部大城に出会うために必要だったのだと思えるほど崇は満たされた大学生活を送っていた。
だがそんな日は延々とは続いてくれなかった。寮の中で土日の人が出払う時間帯に二人でイチャイチャしているところを寮内の先輩に見つかった。
「お前ら、なにしてんの」
「べ、別にじゃれ合って遊んでただけです」
崇はすぐに繕ったが大城は冷たい顔で言い放った。
「俺たちが何をしてようと先輩には関係ないでしょ」
「ここは寮だぞ。お前ら前々から妖しかったけどさ、もしそういう類なら他のやつに迷惑掛かるから寮出て行けよ」
「何の類ですか? 俺たちがいつ誰に迷惑を掛けたっていうんですか。教えてください」
「いるだけで迷惑だって言ってんの」
「どうして迷惑なんですか」
「うつんだろ。今まで一緒に風呂入ってたと思うとぞっとするわ」
「男だからって誰彼構わず好きになるわけじゃないし、うつりません。デリカシーなさすぎ。無知すぎ。頭悪すぎ。いつの時代の人なんですか。時代錯誤もいいとこだ。それにこの俺があなたみたいな人に興味持つと思ってるんですか? その性格にそのルックスで?」
「お前!」
「先輩!」
馬鹿にされた先輩は大城を殴ろうと腕を伸ばし、止めに入った崇は大城の代わりに殴られたが、今度は大城がそれにキレて先輩を思いっきり殴った。先輩は口の中を切り、数針縫う事になって事が大きくなった。
先輩は希望していた就職先に受かる事ができずモヤモヤしていたと突っかかった理由を話したが大城は度が過ぎる暴力を振るったとして停学処分を受けた。数週間の停学だったが大城は実家に帰るようにと言われた。三人とも寮生であったので停学中の大城を隔離するのがいいと大学側に判断されたからだ。
停学中の大城に毎日電話をしていたが、大城はマイノリティに対する理不尽さに憤りを膨らませていた。
「どうして俺たちは恋人同士なのにイチャイチャしてるだけで文句言われるんだ。納得いかない。大体向こうが俺たちを迷惑だとか言ってきた事が間違いなのに」
「そうだね、でもこの国はまだそういうの容認する傾向が薄いし」
「欧米はもっと進んでる」
「だね。でも俺たちまだ大学生だし、海外に行けないし、ね……」
「俺ずっと考えてたんだけど、大学辞めようかと思ってる」
「え? なんで!」
寝耳に水の話だ。どうしてそんなところにまで話が飛んでいったのか崇は狼狽えた。
「どうして辞めるだなんてことになったん。後二年で卒業なのに勿体ないじゃろ。学部は違うけど俺は大城と一緒に大学卒業したい。辞めるなんて言わんで……」
恋人同士と思われないからデートしている時に大城がナンパされるのが嫌だ。表で大っぴらに手を繋げないことも悲しいし、キスしたい時は誰も見ていない所じゃないとできないのも残念に思う。
それでも大城と一緒に過ごせる時間はとても幸せで、楽しくてずっと続いて欲しくてつらい事も多いけど、自分が今の自分だからこそ大城の恋人になれたと思う。つらいことも含めて全部一緒に分かち合って生きていきたい。そう思っていた。目の前に広げてくれた青春の風呂敷をはいこれで終わりと勝手に包んで終止符を打たれたようで鳩尾がぎゅうっと締め付けられた。
「人と違う事って罪かな。皆同じような原子で出来ているただの人間なのに」
「そんなことない」
「なんで俺たちは苦しまないといけないのかな」
「それは……」
差別はなくならない。男女間だって差別がある。アメリカに行けば移民が。インドに行けば階級差が。母親がいない事でさえ差別視された。見た目の差別、セクシャリティの差別、貧富の差別。言い出せばきりがないし公平な世の中なんてどこにもないような気がする。だから一緒に乗り越えていこうと思った。それほど大城がくれたものは崇の中では大きかった。
「大城……俺、」
「ごめん、色々当たっちゃって。少しの間、連絡しないで。一人で考えたい」
「でも、俺大城の事、好きだよ、だから」
「分かってる。また」
終わらしたくないのに通話は切れてしまった。大城の苦しみに寄り添えるはずなのに寄り添えない。同じ方向に向かっている筈なのに本当は同じじゃない気がして崇は涙が零れた。苦しんでいる恋人に何をしてあげたらいいのか分からなかった。感情論でしか答えてあげられない。この時ほど自分の頭が大城と同じくらい良ければいいのにと願ったことはない。
停学処分が明けた後も大城は学校には戻らなかった。
「大城君、休学するんだって~」
「うそぉ。イケメンがまた一人いなくなるなんて耐えられない」
「あれだけルックスいいならもしかして芸能界からスカウトされたりして」
学食で女子たちが噂話をしているのを聴いてまさかと思いSNSをチェックした。大城は顔のアップの写真数枚と風景を上げているだけでフォロワーが一万人近い。普段から街に出かけるとすぐにナンパされるのでもしかしたらスカウトもありうる。そう思った矢先に大城からメッセージが届いた。
『夜話せる?』
『うん』
『じゃぁ八時頃に連絡する』
『OK』
何気ない返事をしたが心臓はバクバクしていた。もしかして学校を辞める話は本格化したのだろうか。八時まで気が気ではなかった。
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